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第10巻「神の都の戦い」

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第2章 旅路

4.別れ

 「それでは、そろそろまいりましょう」

 と白の魔法使いが、馬の上から呼びかけました。神に仕える女神官は白い長衣を着込んでいますが、その裾の両脇には切れ目が入っているので、馬に乗るのにも不都合はありません。衣の下には裾を絞った白いズボンをはいています。

 たくましい大男の青の魔法使いも、同じような形の青い服を着ていました。やはり馬にまたがり、勇者の少年少女たちに向かって言います。

「聖地ミコンへ向かう道はいくつもありますが、この時期は雪が深くて、馬にもつらい箇所がいくつもあります。できるだけ安全なルートをまいりますぞ」

「具体的にはどの道を行くのだ?」

 一緒について行くことができない皇太子が尋ねました。占者のユギルと二人、見送る側に立っています。

 青の魔法使いが答えました。

「いったんロムドから東のエスタへ出て、エスタ国の西側の街道を通って南の山脈に入ります。そのルートならば山道も比較的なだらかですし、雪もロムド側ほど深くは積もらんのです。……そういえば、勇者の皆様方は、エスタの入国許可証はお持ちですかな? なければ急ぎロムド城を通じて取り付けなけばなりませんが」

「あります。風の犬の戦いの時にエスタ国王からいただきました」

 とフルートが言って、馬の鞍につけた荷袋から銀のブローチのようなものを取り出しました。百合の花をあしらったエスタ国の紋章です。おお、と青の魔法使いが感心しました。

「エスタの永久入国許可証ですか。なるほど、勇者の皆様方は、いつでもどこからでもエスタへ入国して良い、とエスタ王から認められておいでなのですな」

「ワン、実際にはぼくが風の犬になってエスタを飛び越えていったりするから、あんまり使うことはないんですけどね」

 とポチが笑って答えると、ゼンが言いました。

「おんなじようなもんは、ザカラスのアイル王やロムド王からももらってるぞ。そういや、謎の海の戦いの時には、海王からも青いメダルみたいなのをもらったよな。荷物にしまいっぱなしだけどよ」

「あれは海の王が最高の勇者に贈ってくれるメダルだよ。まあ、あれを見せれば海のどんなヤツだって敬意を払ってくれるから、確かに許可証みたいなもんだけどね」

 とメールが答えます。

「ちぇ、数ばっかりたくさんあって、めんどくせえよなぁ。いっそ顔パスにしてくれりゃいいんだ。金の石の勇者の一行ならどこへでもどうぞ、ってな」

 王たちから永久許可証をもらうというのは非常に名誉なことなのですが、ゼンはちっともありがたがっていません。フルートは苦笑いしました。

「ゼンったら。それこそ無理な話じゃないか。ぼくたちを初めて見て金の石の勇者の一行だと信じてくれた人なんて、今まで誰もいないんだぞ」

 金の石の勇者の噂はロムド国内だけでなく、周囲の国々にも広く伝わっています。ところが、実際の彼らはその噂よりずっと幼く子どもっぽく見えるので、実際に面と向かったとき、本当に誰一人として、それが噂の勇者たちだとは思いつかないのでした。

 ふん、とゼンは口を尖らせると、銀髪の青年に向かって尋ねました。

「なあ、ユギルさん、どうなんだ? 俺たちはいつか、顔を見せただけでどこの国からも『どうぞお通りください』って言ってもらえるようになるのか?」

「さあ。それはなんとも……。皆様方の将来は占盤には決して現れてまいりませんので」

 占者は穏やかに微笑しながら答えました。それは本当のことなのです。金の石の勇者たちは、占いの場に鮮やかな象徴となって映りますが、その行く手で何が起きるのかは、ほんの少し先のことが読み取れるだけで、その先まで見通すことはできないのでした。

 ゼンはますますつまらなそうな顔になりましたが、フルートが言いました。

「さあ、本当にもう出発しようよ。天気がいいうちに、できるだけ進んでおかなくちゃ」

 

 ここまで一緒だったオリバンとユギルに名残(なごり)は尽きません。けれども、一行は二人に別れを告げ、手を振って出発していきました。馬に乗った四人の少年少女の姿が、同じく馬にまたがった二人の魔法使いと共に遠ざかっていきます。彼らが進んでいくのは、王都ディーラの郊外を通ってエスタへ向かう道です。

 オリバンは大きな溜息をつきました。かたわらに立つユギルへ言います。

「私は今まで、自分が皇太子であることを嫌だと思ったことは一度もなかった。命を狙われたり、宮廷内の争いに巻き込まれたり、いろいろと不愉快な想いをすることは多かったが、それでも皇太子である自分に誇りを感じていたのだ。だが、今は、そんな自分が少し恨めしい。皇太子という肩書きが、私をこの国に引き止めるのだからな」

 オリバンは遠ざかっていくフルートたちを見送っていました。雪の積もった畑の間を、六頭の馬が小さくなっていきます。それを見つめる皇太子の顔は、本当に勇者たちと同じような少年の表情をしていました。

 ユギルは静かな声で言いました。

「人にはそれぞれの役目というものがございます……。勇者殿たちには勇者殿たちの役目が、殿下には殿下の役目が。殿下がなすべき役目は、ロムドの皇太子でなければできないことでございます。それを成し遂げていくうちに、また殿下と勇者殿たちが共に戦う時が巡ってまいりましょう」

 オリバンはユギルを振り向きました。

「それは予言か?」

 と尋ねます。ユギルは穏やかに微笑を返しました。

「予言ではございません……必然です」

 予言などよりもっと確実な、必ず訪れる未来だということです。

 オリバンはうなずきました。

「わかった。では、私はその時のために全力で自分の役目を果たしていこう。――まずは、北の峰のドワーフたちをジタン山脈まで無事に送り届けることだな」

 潔くそう言うと、オリバンは乗っていた馬の脇腹を蹴りました。

「行こう、ユギル。城へ戻るぞ」

 皇太子と銀髪の占者は馬を走らせ始めました。勇者や魔法使いたちとは別の、王都ディーラへ向かう道です。街壁と城が行く手に近づいてきます。

 響く馬の蹄の音の中、オリバンは心の中で一行を振り返り、そっと祈りを口にしました。

「おまえたちの上に、光の女神の守りと祝福あれ――」

 それは、旅立つ仲間たちへ送る、精一杯の声援でした。

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