「勇者フルートの冒険」シリーズのタイトルロゴ

第10巻「神の都の戦い」

前のページ

3.案内人

 北の森を出発した一行は、その日のうちに森を抜け出して街道に入り、途中の町や村で宿を取りながら、三日後には王都ディーラが見える場所までやって来ました。

 短い旅の間にも雪は何度も降り、街道も畑も牧草地も一面の銀世界になっていました。その彼方に石の街壁があり、家々の屋根やたくさんの塔が見えています。街の中央に堂々とそびえ立っているのはロムド城です。城を取り囲む高い塔の先端で、雪におおわれた屋根が銀に光っています。

 

 ロムド城を遠くに見ながら、フルートは馬の手綱を引きました。道の端に立ち止まると、いぶかしそうに振り向いた仲間たちに笑いかけます。

「ぼくたちはここまでだ。もうディーラの方には行かないよ。……これ以上ロムド城に近づいたら、陛下やゴーリスや、いろんな人たちにまた会いたくなって、後ろ髪引かれちゃうからね」

 冗談のようにそんなことを言って、また笑いますが、その本音は別なところにありました。

 闇の怪物たちは執拗で、あちこちをうろつきながら、金の石の勇者を捜し続けています。フルートたちの姿は、金の石の力で闇の目から隠されていますが、怪物に出くわして見つかってしまえば、もう隠れ続けることはできません。他の怪物たちにまで居場所を気づかれて、ものすごい数の怪物が殺到してきてしまいます。そんな怪物たちから人々を守るために、もうこれ以上は王都には近づかない、とフルートは言っているのでした。

 

 仲間たちにもそんなフルートの気持ちはわかりました。すぐに、ゼン、メール、ポポロが馬を戻して、フルートの横に並びます。

「いろいろ世話になったよな、オリバン、ユギルさん」

 ゼンが、城を背景に立つ二人の青年に言いました。

「一緒に戦えて楽しかったよ」

 とメールも言います。渦王の鬼姫と呼ばれる戦士だけあって、本当に楽しそうな顔をしてます。

 ワンワン、と馬の上の籠から二匹の犬たちがほえました。

「陛下や皆さんによろしくお伝えくださいね。ぼくたちは元気に次の場所に向かっていった、って」

「オリバン、ジタン山脈へ行くドワーフたちをよろしくね。あなたも気をつけて」

 それを聞いてオリバンはまたひどく残念そうな顔になりましたが、もう一緒に行くとは言い張りませんでした。代わりにユギルを振り向いてこう言います。

「例の案内人というのはどこにいるのだ? せめて、その場所までは送ってやりたいぞ」

 すると、ユギルは馬の上で深く頭を下げました。長い銀の髪が揺れて輝きます。

「申し訳ございませんが、わたくしたちはもうその場所に到着しております……。案内人はここに来ておりますので」

 えっ、と一同は驚きました。あわてて周囲を見回します。道の両脇には真っ白になった畑や牧草地や林、屋根に雪帽子を載せた農家が見えているだけで、どこにも人の姿は見当たりません。

 すると、ポポロが急に、にっこりしました。雪が積もった道ばたを指さして言います。

「あそこだわ。案内人って……そうだったんですか」

 とたんに、誰もいないはずの空間から返事がありました。

「左様。お待ちしておりましたぞ、勇者の皆様方。待っているうちに寒くなってきたので、ちょっと休んでおりました」

 太い男の声です。それと共に、こぶだらけの杖がぬっと空中から突き出てきました。続いて、杖を握る大きな手が現れます――。

 少年少女と皇太子は、あっけにとられてそれを眺めていました。まるで見えないカーテンをくぐり抜けてくるように、目の前に一人の人物が姿を現してきます。見上げるような壮年の男です。髪を短く刈り込み、ひげを生やし、青い長衣を着込んでいます。

「青の魔法使い!」

 と一同は声を上げました。ロムド城を守る四大魔法使いの一人、青の魔法使いだったのです。

 

 青の魔法使いを初めとする四大魔法使いとフルートたちは、黄泉の門の戦いの時に初めて出会いました。闇の毒虫に倒れたゼンを守るために、ロムド王が城の魔法使いの中でも最も力の強い四人を、ハルマスの彼らの元へつかわしたのです。ロムド城の魔法使いたちは違った色の長衣を着ていて、それぞれの衣の色で呼ばれています。今、目の前にいる大男の衣は、やや黒みがかった深い青色をしていました。

「お久しぶりです、勇者の皆様方――と申し上げたいところですが、実際には、故郷へ戻られる皆様方を城の前で見送って以来ですから、あれからまだひと月もたっておりませんな。殿下と皆様方が仮面の盗賊団を退治されたことは、ワルラ将軍や伝書鳥の知らせでうかがっておりました。いや、まったく見事でございましたな」

 そう言って、青の魔法使いは、はっはっと豪快に笑いました。大柄なたくましい体つきといい、物事に動じないふてぶてしい顔つきといい、魔法使いと言うよりも武闘家と言った方がふさわしい雰囲気です。その胸の上では、鎖に下げた神の象徴が揺れています。青の魔法使いは、神や正義のために魔法や自分の肉体で戦う武僧(ぶそう)なのでした。

 フルートが納得したようにうなずきました。

「僧侶や神官のような神様に仕える人たちは、神の都のミコンで必ず修業するんでしたよね。あなたもそこで修業されてきたんだ」

「もう十五年も昔のことになりますがな。ミコンで修業を積んだ後、神殿を守る警備の役に就いていたところを、誘われてロムド城の守備役になったのです。まあ、私はミコンでは少々型破りでしたからな。むしろロムド城の方が性に合っていて居心地がよろしいです」

 賢王と呼ばれるロムド王は、諸国の王の中でも非常に革新的な人物なので、ロムド城には形式にとらわれない部分がたくさんあります。聖地で型破りだった武僧がロムド城を気に入っているというのは、いかにも、という感じでした。

 

「ねえさぁ、青の魔法使いをロムド城に誘ったのって、誰? やっぱりロムド王?」

 とメールが興味を引かれて聞きました。ロムド城にいる王が、どうやってミコンの武僧をスカウトしたのだろうと思ったのです。

 すると、青の魔法使いは笑って首を振りました。

「いいえ。私を魔法軍団に引っ張り込んだのは、この人ですよ」

 差し伸べた手の先の空間から、また別の人物が姿を現すところでした。見えないカーテンをくぐり抜けて、一人の中年の女性が出てきます。薄い金色の髪をきっちりと結い上げ、手に細長い杖を握り、白い長衣を着ています。その胸には、青の魔法使いと同じような神の象徴が下がっていました。

「白の魔法使い!」

 と一同はまた驚きました。四大魔法使いのリーダーの女神官です。

「あなたもミコンまで案内してくださるんですか? ……まさか」

 とフルートは思わず言いました。彼ら四大魔法使いは、ロムド城を敵や闇から魔法で常に守り続けています。その半数が城を離れてここに来ていること自体、ありえないような出来事なのです。白の魔法使いまでがフルートたちの道案内に立つとは、とても信じられませんでした。

 すると、白の魔法使いは長衣の胸に片手を当てて一同に頭を下げました。本来は男性が目上の者に向かってするお辞儀ですが、この女神官がすると何故か様になって映ります。

「皆様方の上に、神の正義と守りが常にあらんことを……。ユギル殿より召喚の書状をいただきました。私と青の魔法使いで、勇者の皆様方を聖地へご案内するように、と。陛下のご許可も得ております。私たちで、皆様方をミコンまでお連れいたしましょう」

 一同はまた驚きの声を上げました。ひゃっほう! と歓声を上げたのはゼンです。

「ロムド城で一番の魔法使いたちが二人もついてきてくれるのかよ!? すんげえ贅沢な道案内だな!」

「なるほど。これならばいくら真冬の山越えでも、まったく心配いらないな」

 とオリバンも納得してユギルを見ます。銀髪の占者は、何も言わずにただ微笑していました。

 

 けれども、フルート一人だけは、まだ気がかりそうな顔をしていました。

「大丈夫なんですか? ミコンは南の山脈の向こうです。行って帰ってくるのにも、結構な日数がかかりますよね? 城を守る大事な役目の方たちが、そんなに長い間、城を留守にしてしまったら……」

「いやはや。金の石の勇者殿は相変わらず他人の心配ばかりされる!」

 と青の魔法使いがまた笑い出しました。

「心配はご無用。四大魔法使いはまだ二人おりますからな。赤の魔法使いと、深緑の魔法使い。彼らも実に強力な魔法使いです。しかも、ロムド城には、我々に少し力は及ばないものの、非常に優秀な魔法使いがまだ大勢おります。そこへ、大陸随一の占者のユギル殿が戻られるのです。ロムド城の守りは少しも揺らぎませんぞ」

 容姿に劣らない頼もしい声とことばでした。

 白の魔法使いも言いました。

「我々神官や僧侶は、光の神への深い信仰を魔法の力の源としております。その信仰を忘れてしまわないために、我々は定期的に聖地を参拝する決まりになっているのです。ですが、私も青も、ここ十年あまりミコンへ足を運んでおりませんでした。ロムドを取り巻く情勢が非常に不安定だったからです。とりわけ、東隣のエスタと西隣のザカラスとの関係が危うかったのですが、皆様方のご活躍で、両国と本格的な和平を結ぶ運びになりました。我々も、安心して参拝の旅に出られるようになったのです。……理(ことわり)は巡ります。善なるものは良き結果を導き、悪しきものは悪しき結末を招くのです。皆様方はロムドとその隣国に平和をもたらされた。その理が巡り巡って、私たちを招き、皆様方を聖地へお連れすることになったのです」

 白の魔法使いの話は、後半は、いかにも神に仕える者らしい、抽象的な内容になっていました。ゼンとメールが顔を見合わせてささやき合います。

「おまえ、言われてる意味わかるか?」

「ぜんっぜん。難しすぎて、さっぱりだよ」

 けれども、フルートはうなずきました。白の魔法使いが、自分たちが道案内に立つのは当然のことなのだから遠慮するな、と言ってくれたのが、はっきりわかったのです。

「ありがとうございます――。よろしくお願いします」

 二人の魔法使いに向かって、フルートは深く頭を下げました。

素材提供素材サイト「スターダスト」へのリンク