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第10巻「神の都の戦い」

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2.皇太子

 「ユギル――ユギル!」

 自分を呼ぶ声に、占者は我に返りました。オリバンがのぞき込んでいます。

「どうした、ユギル。ぼんやりして」

 占者は急いで頭を下げました。光の行く手を見通すのに熱中して、話しかけられているのに気づかずにいたのです。

「ちょっと考え事を……。失礼いたしました。どのようなご用でございましょう?」

 彼らはまだ、北の森の空き地の中に立っていました。オリバンが答えようとすると、それを抑えてゼンが身を乗り出してきました。

「なぁ、ユギルさん、なんとかしてくれよ! オリバンのヤツ、俺たちと一緒にミコンまで行くって言い張ってるんだぞ。いくらなんでも、そりゃまずいんだろう!?」

「何故だ? 私がいて役に立つことはあっても、足手まといにはならないはずだぞ」

 とオリバンが不服そうに言い返します。ロムドの皇太子はいかにも王者らしい貫禄の持ち主ですが、実際にはまだ十九歳です。普段は堂々と落ち着き払っていても、たまに年相応の表情がのぞきます。

 それに肩をすくめたのはメールでした。

「よしなったら、オリバン。あんた、仮面の盗賊団を退治するのに、もう五日も城を無断で留守にしてるんだよ。そろそろ城に戻りなったら。確か、大事な公務があったはずだろ?」

「新しくザカラスの国王になった、アイル王の戴冠式だ。来月初めにザカラス城で執り行われるが、それには母上とメーレーンが代わりに出発した」

「へえ、メーレーン姫も?」

 とフルートが驚きました。メーレーンは、オリバンとは母親の違う妹です。フルートたちは、薔薇色の姫君の戦いの時に、誘拐されたメーレーン王女をザカラスまで救出に行って、王女と一緒にしばらく旅をしたことがあったのです。

 ロムドにしてみればザカラスは敵国ですが、それももう過去のことでした。冷酷で野心家だった先のザカラス王は、薔薇色の姫君の戦いの際に死に、賢いアイル王が新しいザカラス王となったのです。――すぐことばにつまずいてしまう、ちょっと頼りなさそうな王ではありましたが。

 ザカラス新王の戴冠式に出席するということは、ロムドとザカラスで新たな協力関係を結ぶことを意味しました。オリバンが城に不在だからといって、参列をすっぽかしてしまうわけにはいきません。そこで、元ザカラスの王女でアイル王の妹に当たるメノア王妃と、何ごとにもこだわらない、天性の無邪気さを持つメーレーン王女が、オリバンの代理に選ばれてザカラスへ向かったのでした。

 

「母上とメーレーンの方が私などよりよほどうまくやりとげる、とユギルが言っているぞ」

 とオリバンは熱心に言い続けました。なんとしてもフルートたちと一緒にミコンへ行こうという気持ちが見え見えです。

 ユギルは思わず微笑しました。見上げるように立派な体格になってしまっても、いつまでも少年の瞳をなくさない皇太子です。そのまっすぐさは、ユギルがずっと守ってやりたいと思っているもののひとつでした。

 とはいえ、今回は勇者の少年少女たちが言っていることのほうが正論です。少し考えてから、ユギルは言いました。

「戴冠式は王妃様とメーレーン様で大丈夫でございます。ですが、その後に、どうしても抜けることができない公務が控えております。いよいよ、北の峰のドワーフたちがジタン山脈へ移住を始めるのです。それに立ち会う役目は、殿下でなければ務まりません」

 う、とオリバンは思わず言葉に詰まり、逆に少年少女たちはあっと声を上げました。たちまち大騒ぎを始めます。

「そうだ! ジタンに行くのは俺の故郷の連中なんだからな! 途中で何かあったらどうしてくれんだよ!?」

 とゼンがわめけば、メールも言います。

「ジタン山脈には魔金の大鉱脈があるんだよ! ドワーフたちが移住を始めたら、気づいた他の国の連中に狙われるじゃないのさ! ジタンが他の国に奪われたら、それこそ大ごとだろ? 世界中が大戦争になっちゃうんだから!」

「ワン、それに北の峰のドワーフたちは基本的に人間嫌いです。今回のジタン移住計画も、彼らがオリバンを信用したから実現したんです。オリバンがいなければ、きっとドワーフたちも移住を取りやめますよ」

 とポチも言います。見た目は小さな子犬なのに、理路整然と迫ります。

 

 だが――とオリバンは抵抗しました。懸命に話の流れを自分の方へ引き戻そうとします。

「今は真冬だ。ミコンは南の山脈を越えた先の山中にある。そこへ至る道は深い雪に埋もれているのだ。どう考えても危険な旅だぞ」

「大丈夫ですよ。ぼくたちはみんな一緒なんだもの」

 とフルートが答えました。穏やかですが、きっぱりした口調です。

「そうよ。何かあれば、私たちが風の犬になって助けるしね」

 とルルも得意そうに言います。

 ますます形勢が不利になったオリバンは、思わずユギルを振り向きました。何か困ったことが起きた時に占者の意見を聞くのが、すっかり癖になっているのです。

 ユギルはまた笑いました。なだめるように言います。

「おあきらめください、殿下。本当に、殿下がいらっしゃらなければ、ジタンへの移住は成功いたしません。その代わり、勇者の皆様方には道案内をつけることにいたしましょう」

 道案内? と一同は目を丸くしました。

「って、つまり、ミコンまであたいたちを案内してくれる人ってこと?」

 とメールが確認します。

「左様です。大変優秀な案内人ですので、真冬でもなんの心配もございません」

「誰だ、それは?」

 とオリバンが尋ねましたが、ユギルはただ謎めいた微笑を返しただけでした。

「幸い、ワルラ将軍は、城との連絡用に伝書鳥を残していってくださいました。さっそく書状を書いてそれに持たせます。ディーラに到着する前に、案内人と合流できることでございましょう」

「ちぇ、信用できるヤツなんだろうな?」

「ありがとうございます。助かります」

 とゼンとフルートが同時に言いました。何事にも用心深い少年と、どんなものでも素直に受け入れる少年――本当に対照的な二人です。おまえ、甘いぞ、フルート、とゼンが文句を言えば、ゼンこそユギルさんの言うことを信じられないのか? とフルートが言い返します。

 メールが細い腰に両手を当てて笑い出しました。

「いいから、こんなところで喧嘩してないでさ、早いとこ出発の準備に取りかかろうよ。天気だって、いつまでもいいわけないんだ。時間がもったいないよ」

「あたしたちの馬はどこかしら?」

 とポポロがあたりを見回します。

「あそこだ」

 憮然とした様子でオリバンは森を示しました。針葉樹の木立の中に、固まるように立つ六頭の馬が見えていました。

 

 そこで、一行は荷物を点検し、装備を整え直して馬に乗りました。フルートは栗毛のコリンに、ゼンは全身黒で額に白い星を持つ黒星に、メールは白地に斑点のあるゴマザメに、ポポロは鹿毛(かげ)のクレラに。二匹の犬たちも、それぞれコリンとクレラの鞍の前にくくりつけた籠に入ります。

 オリバンとユギルは、ロムド軍が残していってくれた大きな軍馬にまたがりました。どこにいても行く先を誤ることがないユギルが一行の先頭に立ち、南に向かって進み始めます。このまま南下して森を抜け、北の街道に出たらさらに南下して、ロムド城があるディーラへ向かおうというのです。

 すると、オリバンが馬を進めてユギルに並びました。未練がましく言い続けます。

「本当にどうしようもないのか? ドワーフたちを見送って、すぐに私もミコンへ向かうというのはだめか?」

「だめです」

 占者の返事は簡潔でした。

 それを後ろで聞きながら、勇者の少年少女たちは思わず吹き出しました。

 彼らを弟や妹のように思ってくれているオリバンです。その行く手を心配して、なんとか自分が守ってやりたいと考えているのです。態度はぶっきらぼうでも、心の暖かい皇太子でした。

 旅立っていく者、その旅路を案じる者。少年少女たちと青年たちは、今はひとかたまりになりながら、雪の森を南へと下っていきました。

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