いきなり頭の中に響いてきたポポロの声に、仲間たちは仰天しました。それぞれの場所で飛び上がり、いっせいにあたりを見回します。
「どこだ、ポポロ!? どこにいる!?」
とゼンが火のそばで叫びました。ワンワンワン、とポチとルルが高くほえ、メールも血相を変えて駆け戻ってきます。
すると、銀髪の占い師が全員の先頭に立って呼びかけました。
「こちらです! 何かが起きております――!」
全員がそれに続きました。少年少女や犬たちだけでなく、オリバン、ワルラ将軍とガスト副官、ジャックも一緒に走っていきます。
森の奥の藪の陰に三人の少年少女たちがいました。うずくまったロキにフルートがかがみ込み、ポポロがかたわらにひざまずいていました。ポポロの緑の瞳は涙でいっぱいになっています。ロキ! ロキ! とフルートが懸命に呼びかけていました。
ゼンとポチはいっそう速く走って、その隣に飛び込みました。
「どうした!?」
「ワン、ロキ! どうかしたんですか――!?」
口々に尋ねて小さな少年をのぞき込んだとたん、ゼンたちも、はっと顔つきを変えました。少し遅れて駆けつけたメールとルルが息を呑みます。
抱きかかえるフルートの腕の中で、ロキの姿が薄くなっていたのです。まるで幻か幽霊のように、体が透き通って向こう側の景色が見えています。
「な、なんだよ、こりゃ!? どうしたってんだよ!?」
とゼンはどなって、フルートの腕からロキを奪い取りました。ロキの体の手応えはあります。つかむことも抱くこともできます。けれども、ロキの姿は輪郭を失い、ゆっくりと色をなくしているのでした。
すると、ロキが顔を上げました。青ざめて自分を見つめる人々に向かって、えへへっ、と笑って見せます。その少しこまっしゃくれた笑顔は、いつもとまったく変わりませんでした。
「そんなに驚くなよな、みんな……。魔王やデビルドラゴンがいなくなって、森から闇の気配が消えてるんだよ。おいらのこの姿は、闇に呼び出されたものだもんな。闇が消えれば、この姿も消えちゃうんだよ……」
全員は絶句しました。思わず立ちすくんでしまいます。そんな中、ユギルだけが冷静な声で言いました。
「ロキ殿の象徴が黄色いボールに変わろうとしています。ロキ殿は元の姿に戻られるのでしょう」
元の姿、と全員はまた茫然としました。ロキは黒髪の闇の少年の姿から、よちよち歩きの小さなロキへと変わろうとしているのでした。
「ワン! だめだ! だめですよ!」
とポチが叫びながらロキに飛びつきました。ゼンも少年の体を強くつかみ直します。
「そうだ、戻らせるかよ! やっとまた会えたってのに! それに――それに、おまえ、豆シチューをまだ食ってねえだろうが! ちゃんと約束通り作ってやったんだぞ!」
へへ、とロキがまた笑いました。溜息のような笑い声でした。
「残念だよなぁ。すごく食べたかったんだけど、この体じゃもう無理みたいだもんな……。今朝目を覚ました時から、もう薄くなり始めてたんだ。たぶん、あと少しで完全に消えて、元に戻っちゃうと思うんだ」
「なんとかできんのか!?」
とオリバンがユギルを振り向き、フルートも胸の上のペンダントに呼びかけました。
「金の石――!」
闇の竜が去って再び明るく輝くようになっていた魔石から、金色の少年が姿を現しました。フルートの隣に立ってロキを見下ろしながら、冷ややかなほど落ち着いた声で言います。
「残念だけど、どうすることもできないな。ロキの言うとおり、彼の姿は濃い闇の気配に呼び出されたものだ。闇が去れば、この姿も消えていくしかない。ぼくは聖なる魔石だから、ぼくが触れればこの姿が消えるのが早まるだけだ」
フルートはことばを失いました。ポポロが座り込んだまま涙をこぼしています。ルルはおろおろと立ちすくみ、メールが泣きそうになりながらロキの名を呼びます。驚くワルラ将軍やガスト副官の隣で、ジャックも真っ青になって立ちつくしていました。ロキ、とつぶやきます――。
その時、銀髪の占者がまた口を開きました。その色違いの瞳は遠いまなざしで、この世とは別の場所を眺めていました。
「ひとつだけ、ロキ殿をその姿に留めておく方法がございます」
居合わせた全員は、はっと身を乗り出しました。それは!? といっせいに尋ねます。
「ロキ殿と勇者の皆様方が天空王を呼び、願うことです――。皆様方は魔王を倒し、デビルドラゴンを駆逐するために、素晴らしい働きをなさった。それは正義の天空王から賞賛されるのにふさわしい行いです。その見返りとしてロキ殿がこのままでいることを願えば、きっとかの王もその願いを聞き届けることでございましょう」
一同は今度は互いの顔を見合わせました。天空王は空の上の天空の国にいますが、いつもこの地上を見守り、地上の平和と幸せのために心配りをしてくれています。確かに、今回の彼らの戦いのことも、空から眺め続けていたのに違いないのです。
ルルが声を上げました。
「そうよ! 天空王様にお願いしましょう! 天空王様は悪いことをした人には本当に厳しいけれど、正しいことをした人にはとても優しくて寛大なの。きっと私たちの願いも聞き届けてくれるわ!」
ポポロも両手を組み合わせました。涙で濡れた顔を上げ、空を見上げます。青空の中に天空の国は見えていません。けれども、世界の空のどこにあったとしても、天空王は地上すべてを眺め渡し、そこで起きていることを把握しているのです。
「よし、天空王を呼ぼうぜ!」
とゼンが言い、フルートやポチ、他の仲間たちもうなずきました。ロキを中心に囲んで空へ呼びかけようとします――。
すると、うずくまるように座っていたロキが、首を横に振りました。
「ううん、だめだよ、みんな……おいら、この恰好でいるわけにはいかないんだ」
フルートたちは驚きました。また口々にロキに尋ねてしまいます。
「どうして、ロキ!?」
「おまえ、消えてえのかよ!? 赤ん坊みたいなチビにまた戻りたいのか!?」
「ワン、なぜ――!?」
ロキはまた笑っていました。向こう側の景色が透けて見える、はかなく頼りない姿です。それでも、いつもと同じようにまた、へへっと笑って言います。
「ほんとに、そんなに騒ぐなったら、兄ちゃんたち。みっともないぞ。……おいらさ、姉ちゃんに言われたんだよ」
「アリアンに?」
とフルートたちはまた聞き返しました。黒いグリフィンに乗って助けに駆けつけた、長い黒髪の闇の少女を思い出します。
「うん。昨日、姉ちゃんがグーリーと飛んできてくれた時にさ、おいら、一緒に連れてって頼んだんだよ。おいらたちって、そばにいれば、ことばに出さなくても心の中で話ができるんだ。そしたら――姉ちゃんに叱られたんだ。あなたはもう人間なのよ、闇の民のところへ戻ってきてはだめなのよ、って――」
ロキは顔を伏せました。つい浮かべてしまった淋しそうな表情を、皆の目から隠します。
そんな! とフルートたちはまた叫びました。ゼンもどなります。
「そんな――そんなのってねえだろうが! その恰好でいたら闇の民に戻るってわけじゃねえんだろう!? それなのに、なんでガキの姿に戻らなくちゃならないんだよ!?」
すると、ロキがまた顔を上げました。今度は笑っていません。真剣そのものの表情で言います。
「ねえ、兄ちゃんたち……おいら、本当に戦力になってたかい? 盗賊や仮面の魔王やデビルドラゴンと戦ったけどさ……本当に、おいら、ちゃんと戦えてた?」
フルートやゼンたちは思わずことばに詰まりました。確かにロキはロキなりに全力で戦いに加わり、役に立とうとしました。盗賊の首領から仮面をはぎ取り、魔王の正体を明らかにしたのもロキです。けれども、魔王に捕まって闇の触手で生気を吸い取られたり、盗賊の首領に人質にされたり、殺されそうになったりと、一番危ない目にあっていたのも彼でした。
「な?」
と言って、ロキはまた笑いました。
「おいら、人間になっちゃったから、もうほとんど戦力にならないんだよな。逆に捕まってばかりでさ、兄ちゃんたちを危なくすることのほうが多かった。ユギルさんやジャック兄ちゃんにも守ってもらったから、こうして無事でいるけどさ、次にまた戦いになったら、絶対足手まといになっちゃうんだよな。……だめなんだよ。おいら、兄ちゃんたちを助けるために戻ってきたつもりなのに、兄ちゃんたちは、やっぱりおいらを一生懸命守ろうとするんだもん。これじゃ、全然逆なんだよ……」
ロキの目にはいつの間にか涙が光っていました。
「おいらさ、本当に人間になっちゃったんだよ。もう、闇の民のロキじゃないんだ。だったらさ……兄ちゃんたちが安心して戦えるように、一緒に行かないことにするのだって、立派な協力だと思わないか? ねえ……?」
ロキは泣き笑いの中に、淋しさと堅い決心を一緒に浮かべていました。小さいくせにまるで大人のように見える表情です。
フルートたちはロキを見つめてしまいました。誰も、何も言えませんでした。