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第9巻「仮面の盗賊団の戦い」

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82.ジャック

 森にまた朝が来ました。

 前日の吹雪で白くなった木々の枝や地面が凍りついて、日の光に輝いています。痛いほど冷え切った朝の空気です。

 森のそこここで、ロムド兵たちが野営のテントをたたみ、撤収の準備を始めていました。仮面の盗賊団が退治されたので、軍隊は王都ディーラへ戻るのです。

 結局、生き残った盗賊は首領を含めて七人だけでした。森の中に逃げ込んでいた一人も、ユギルの占いで見つかって逮捕され、彼らを連行するための馬車が準備されていました。

 

 あたり中があわただしい雰囲気に包まれている中、勇者の少年少女だけは、のんびりしていました。彼らは軍隊と一緒にディーラへ行く必要はありません。火の上でぐつぐつと音を立てる鍋を囲んで話をしています。鍋で煮えているのはエンドウ豆のシチューです。

「そろそろできあがるぞ」

 とゼンが言いました。

「朝飯にしようぜ。メール、コックを捕まえてパンを分けてもらってこい。ロキはどこだ? あんなに豆シチューを食いたがってたくせによ」

「ワン、さっきあっちの方へ散歩に行くのを見かけましたよ」

 とポチが森の向こうを示して見せたので、ゼンは肩をすくめました。

「まぁた戦場泥棒しに行ったのか? ったく、懲りねえヤツだな。呼んでこいよ」

「ぼくが探してくるよ」

 とフルートが歩き出しました。前日、ポポロを抱きしめて泣いたフルートですが、今朝にはもう落ちつきを取り戻して、いつもの穏やかな表情に戻っていました。そのポポロが、当然のことのようにフルートを追いかけていきます。ポポロの服は今日は黒い衣からまた赤いスカートに変わっていました。

 

 ところが、それについていこうとしたポチを、ルルが突然引き止めました。

「待ちなさいったら――。気をきかせなさいよ、もう。馬鹿ね」

 ポチは驚いて振り向き、すぐに耳と尻尾をぴんとたてました。「ワン、そうっか。じゃ、朝食になるまで、ぼくたちもデートでもしてましょうか?」

 と冗談のように言って、犬の笑い顔でルルを見上げます。ルルは目を丸くして、すぐにつん、と顔をそらしました。

「ま、ほんとに生意気ね、ポチ。そのセリフは十年早いわよ」

「え、そうかなぁ。せめて五年早いって言ってほしいな」

 笑いながらポチが答えます。ルルから照れたような感情の匂いが伝わってきていたからです。

 ルルはいっそうつんつんしながら言いました。

「やぁね。五年も十年も全然変わりないじゃないの」

「変わりありますよ。見ててください。あと五年したら、ぼくはルルより大きな犬になってみせるんだから」

「ふぅん? それじゃ、今からそれを楽しみにしていてあげるわ。きっとさぞ立派なんでしょうね」

「ワン、本気にしてませんね、ルル?」

「だってそうじゃない。あなた、いつまでたってもやっぱり小さいんですもの――」

 じゃれるような口喧嘩をしながら、二匹の犬たちが離れていきました。フルートとポポロとは別の方向へ歩いていきます。

 やれやれ、とゼンとメールが笑ってそれを見送りました。

「じゃ、あたいパンを分けてもらってくるね。他になんかもらってくるものはある?」

「ワインも一本もらってきてくれ。オリバンやユギルさんも一緒に食うかもしれねえからな」

「あいよ」

 メールもゼンから離れていきました。どこかにいるはずの、軍の調理人を探しに行きます。森の中は、引き上げの支度をするロムド兵で、相変わらず賑やかです――。

 

 すると、そんな中からゼンに向かって近づいてきた兵士がいました。ジャックです。今朝はまたロムド軍の銀の鎧を着て、銀の兜を小脇に抱えています。

 ゼンは鍋に塩を振り込みながら、じろりとそれを見ました。

「なんか用か? フルートならロキを探しに行ってるぞ」

 ジャックが昔、シルの町でフルートをさんざんいじめてきたことも、この戦いで彼らを裏切ろうとしたことも、ゼンは充分承知しています。けれども、やっぱりどこか憎みきれない相手でした。そっけないながらも、そんなふうに声をかけます。

 すると、ジャックが低く言いました。

「あいつじゃなく、おまえに話があるんだ……。あいつのことでな」

 ゼンは目を上げました。なんだよ? とジャックを見ます。顔つきのふてぶてしさでは、ゼンもジャックもいい勝負です。乱暴な口調もよく似ています。

 ジャックは少しの間ためらってから、こう切り出しました。

「あいつは――フルートは、人が危なくなると自分のことも考えないで危険に飛び込んでいく馬鹿だ。昔っからそうだった。俺みたいなろくでなしだって、絶対見捨てようとしねえんだ……。あんな善人は放っておくと早死にしちまう。おまえ、ゼンって言ったよな。あいつをよろしく頼む。あいつを死なせるなよ」

 ゼンはあっけにとられました。目をまん丸にしてジャックを見つめてしまいます。

 ジャックは苦虫をかみつぶしたような表情をしていました。照れくささと真剣さが、その中でごちゃ混ぜになっています。

 ゼンは口を開きました。

「そんなのは今さら言われるまでもねえさ……。俺たちは絶対にあいつを守り続けるからな。でも、なんだよ。なんで急にこんなこと言い出しやがる?」

 ジャックの表情と口調の陰に、なんだか、何かを覚悟しているような雰囲気があったのです。ジャックがかすかに苦笑いしました。

「俺は裏切り者だからな――。言えるうちに、言いたいことを言っておくんだよ」

 ゼンはますます目を丸くしました。意味が全然わかりません。

 すると、そこへガスト副官がやってきました。ジャックに向かって言います。

「ワルラ将軍とオリバン殿下がお呼びだ。来なさい」

 ジャックが溜息をつきました。やっぱりな、とつぶやいたのがゼンに聞こえました。

「じゃあな――気をつけて行けよ」

 ジャックは片手を上げると、ガスト副官と一緒にゼンから離れていきました。

 

 オリバンは大きなモミの木の下に座っていました。その両脇にはワルラ将軍とユギルが立っています。彼らは盗賊団の処置と今後のことについて話し合っていましたが、ジャックがガスト副官に連れられて近づいてくるのを見ると話しやめました。ジャックが大きな体を丸めるようにして頭を下げるのを眺めます。

 ジャックがひどく神妙な顔をしているので、ワルラ将軍が言いました。

「ここは皇太子殿下の御前だ。なぜここに呼ばれたか、わかっておるな?」

 ジャックはますます体を小さくしてうなずきました。自分はフルートを妬むあまり、ロムド軍を脱走して盗賊団に加わり、フルートだけでなく皇太子にまで攻撃の手を向けたのです。もう一度真人間としてやり直そう、と決心していたジャックですが、冷静になって考えてみれば、そんな甘いことなど許されるはずがなかったのでした。

 うなだれ続けるジャックに、オリバンは重々しく言いました。

「おまえは軍の規律に背いて敵に荷担し、金の石の勇者を殺そうとした。これは厳罰に処せられるべき重罪だ。それは認めるな?」

 ジャックはまたうなずきました。まったく声が出せません。ただ皇太子が自分に下す裁きを聞くだけです。

 オリバンは続けました。

「その後、おまえは行動を改めた。それは私たちもこの目で見ていたし、ロキを首領から守ろうとして深手を負わされ、危うく死にかけたこともフルートたちから聞かされている。その勇気ある行動は賞賛に値する。二階級昇進にも相当するところだ。だが――そうするわけにはいかんな」

 やっぱり、とジャックは心の中でまたつぶやきました。やはり、自分のしたことは許されることではなかったのです。胸の内でそっと死刑も覚悟します。

 すると、オリバンが言いました。

「おまえのしたことは、厳罰と昇進で相殺というところだな。昇進はないが、代わりに処罰されることもない。これからもロムド軍の兵士として精進しろ。そうすれば、また昇進の機会にも恵まれるだろう」

 

 ジャックは仰天しました。

「あ、あの――だって――! お、俺、いや私は、フルートだけでなく皇太子殿下まで殺そうとしたんですよ!? それなのに――!」

 うろたえるあまり、皇太子の前だというのに大声を上げてしまいます。

 そんなジャックにワルラ将軍がおかしそうに言いました。

「殿下のご裁量に不満か? 厳罰に処せられる方が望みなのか」

 ジャックは大あわてで頭を振りました。それでも信じられなくてオリバンや将軍たちを見つめてしまいます。

 すると、その隣に立っていた銀髪の占者が言いました。

「人は未来に向かって生きる存在です、ジャック殿。その気持ちさえ持っていれば、何度でもやり直すことは可能なのですよ」

 静かですが力のあることばに、ジャックは何も言えなくなりました。

 すると、オリバンも言いました。

「正直、おまえの気持ちは私にもよくわかるのだ。私だって、かつては、あいつを殺したいほど憎んだことがある。フルートはあんまり輝かし過ぎるからな。相手の心に影を落として、焦りに追い込むのだ。しかも、そのことにあいつ自身はまるで自覚がない。まったく困ったものだ」

「自分のあずかり知らないことで妬まれた上に、そんな言い方をされては、勇者殿があまりに気の毒でございましょう」

 と占者がたしなめるように言い、皇太子は苦笑してうなずきました。

「わかっている。本当のあいつを知れば、そんな妬みもどこかへ消え失せる。あいつが背負うものはあまりに大きくて重い。それでも、あいつは必死でそれに立ち向かおうとしているのだ。並の者に歩める人生ではない。――おまえは今でも金の石の勇者になりたいと思っているのか、ジャック?」

 ジャックは思わずめいっぱい頭を振りました。とんでもありません! そんなのはもう絶対にごめんです! と叫んでしまいます。

 オリバンは笑いました。最初にジャックに話しかけてきた時より、ずっと砕けて親しく見える笑顔でした。

「ではジャック、全力を尽くしてロムドを守る戦士になれ。それがおまえの進むべき道だろう。おまえの身はワルラ将軍に預ける。しっかり鍛えてもらえ」

 は? とジャックは目を丸くしました。皇太子に言われた意味がわかるにつれて、目がますます丸く大きくなります。

「って……お、俺、将軍の直属の部下になるんですかっ――!!?」

 驚きのあまり、とうとうすっかり地の口調になってしまいます。

 すると、ガスト副官が笑いながら言いました。

「正確には私の直属の部下ということになる。将軍の従卒は大変だぞ。なにしろご自分が先頭を切って敵陣に向かって行かれるような方だ。危険も気苦労も絶えない」

「なんの。それもこなしてこそ、わしの部下よ」

 と将軍が開き直って言い切り、座は笑い声に包まれました。ただジャックだけが、まだ信じられない顔でぽかんと立ちつくしています――。

 

 その時です。

 一同の頭の中に突然ひとつの声が響きました。ポポロが魔法使いの声で呼びかけてきたのです。

「みんな……! みんな、早く来て! ロキが……ロキが……!!」

 叫ぶポポロの声は、今にも泣き出しそうでした――。

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