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第9巻「仮面の盗賊団の戦い」

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78.隔絶

 針葉樹の森の中に吹雪が荒れ狂っています。

 ほんの数メートル離れただけで何も見えなくなるような激しい雪と風の中、ゼンやオリバン、ワルラ将軍たちが盗賊と戦い続けていました。

 仮面を失った盗賊たちは、闇魔法ではなく刀を使っています。けれども、ここは連中が熟知している森の中です。吹雪も薄闇も苦にすることなく忍び寄って攻撃してきます。

「なろぉ!」

 ゼンが盗賊の刀をショートソードで跳ね返しました。ドワーフの血を引くゼンは夜目が利きます。吹雪の中を見渡して、そこで戦う仲間たちの様子を確かめます。

 オリバンが二人の盗賊を相手に激しく戦っていました。見上げるように大きなオリバンですが、戦う盗賊の一人もかなりの大男です。黒い仮面をつけていたときには、巨人に変身していた盗賊でした。もう一人は力使いだった盗賊です。大男が上から切りつけてくるのをオリバンが防いだ瞬間に下から攻撃しようと、隙を狙っています。

 再びゼンに盗賊が切りかかってきました。ゼンはまた剣で返しました。小柄で、しかもショートソードを使っているゼンは相手に攻撃が届きません。どうしても防戦一方になってしまいます。

 ゼンはふいに剣を引きました。身をかがめて敵の剣をかわすと、次の瞬間、爆発するような勢いで前に飛び出しました。敵の懐に飛び込み、腹に思いきり拳をたたき込みます。とたんに、盗賊は何メートルも吹っ飛んで倒れ、吹雪の中に姿が見えなくなってしまいました。

 ゼンはすぐさま振り向いて、今度はオリバンを狙っていた盗賊に飛びかかりました。これも思いきり殴り飛ばしてしまいます。

 大男が、おっという表情になりました。すぐそばに飛び込んできたゼンを思わず見下ろします。

 その瞬間、オリバンが剣を大男に振り下ろしました。血しぶきを上げて大男が倒れ、そのまま動かなくなります――。

 オリバンは息を弾ませてゼンに言いました。

「フルートは? どこにいる」

「わかんねえ。どこにも見あたらねえんだ」

 とゼンは答えて歯ぎしりしました。本当に、いくらあたりを見回してもフルートは見つかりません。声さえ聞こえてこないのです。暗さを増す吹雪の中、伝わってくるのは、すぐ近くで盗賊と戦っているワルラ将軍たちの気配だけです。

 

 雪と風は吹きすさび続けます。

 濃紺の鎧兜のワルラ将軍と、銀の鎧兜のガスト副官は、後ろにユギルや少女たちをかばって戦っていました。もう将軍たちに敵の姿はよく見えません。吹雪を突いて攻撃してきた瞬間に迎え撃つのがやっとです。

 すると、ユギルがふいに言いました。

「将軍、左前方です!」

 老将軍が、とっさに左へ剣を向けると、そこに盗賊の刀が振り下ろされてきました。ひときわ濃い吹雪の中、盗賊の姿はまるで見えなかったのです。刀を受け止められて動けなくなった盗賊を、ガスト副官が切り捨てます。

「かたじけない、ユギル殿!」

 とワルラ将軍は言いました。もう次の敵に身構えています。

 ユギルは激しい風に銀の髪を乱しながら、吹雪の中を見つめ続けていました。再び冷静な声で言います。

「今度は前方からまいります。ガスト副官は右を。別な敵が迫っております」

「後ろからも来てるぜェ――!」

 突然、彼らの後方から盗賊が飛びかかってきました。将軍たちとユギルに守られるようにしていた少女たちに切りつけてきます。思わず悲鳴を上げたポポロを、メールが抱いて横に飛びます。

 盗賊がそれを追うように刀を向け直しました。ポポロを抱えるメールへ刃を振り下ろそうとします。

 とたんに、盗賊は誰かに足をかけられました。つまづき、吹雪の中でつんのめってしまいます。すると、その腹に膝蹴りがめり込みました。次の瞬間には、首の後ろに強烈な肘の一撃を食らいます。盗賊は一声うめいてその場に崩れ、そのまま動かなくなってしまいました。

 ユギルが言いました。

「もう戦線復帰はかないませんよ。おとなしくそこで気絶しておいでなさい」

 少女たちは目を丸くしました。細身で優美な占者が盗賊を素手で倒してしまったのです。

「うーん、能ある鷹は爪を隠しているんだなぁ」

 とメールは思わずつぶやきました。

 

 敵と戦い続けるオリバンとゼンの元へ、二匹の犬たちが駆けつけてきました。ワンワン、と激しくほえながら盗賊の足にかみつきます。悲鳴を上げた盗賊を、オリバンがたちまち切り倒します――。

 足下で尻尾を振っているポチとルルへ、オリバンは尋ねました。

「敵はあとどのくらいいるのだ?」

「ワン、あと二人です。ぼくとルルで一人倒しましたから」

 とポチが答えます。その二人の盗賊は、ワルラ将軍たちと戦っています。すると、ルルが言いました。

「でも、変なのよ。盗賊の首領がどこにもいないの。フルートもなのよ」

「ワン、ロキやジャックの匂いもしません。ぼくたち、ずいぶん探し回ったんだけど――」

 たちまちオリバンとゼンは顔色を変えました。

「嫌な予感がするな」

「俺たち、はめられたんじゃねえか?」

 吹雪の中を見回しますが、やはり、フルートもロキやジャックも見当たりません。盗賊の首領らしい姿もありません。

 ゼンは大声を上げました。

「ポポロ――!」

 すぐに少女が返事をします。

「なに、ゼン?」

「魔法使いの目でフルートを捜してくれ! どこにもいねえんだ!」

 吹雪の向こうでポポロが息を呑んだ気配がしました。急いで魔法使いの目を使い始めたようです。

 ゼンは次第に暗さを増してくる中をにらみ続けました。フルート……! と心で呼びましたが、それに応える声はありませんでした。

 

 ポポロは周囲を見渡していました。吹雪も夕暮れも、彼女の魔法使いの目をさえぎることはできません。けれども、フルートの姿はどこにも見当たりませんでした。もっと遠くまで眺めてみますが、森の中で激しい吹雪に立ち往生しているロムド兵たちが見えるだけで、やっぱりフルートの姿はありません。

 ポポロの胸の内を恐ろしい予感がよぎりました。フルートだけでなく、ロキやジャック、盗賊の首領が見当たらないことにも気がついたのです。あわてて眺める範囲を広げながら声に出して呼び始めました。

「フルート! フルート――!」

 その必死な声に、隣のメールが驚いた顔になりました。ユギルも、はっとして、ポポロと同じ遠いまなざしになります。

「勇者殿はこの森の中にはいらっしゃいません。もっと遠い場所に移動させられています……。はっきりとは見えませんが、方角はこちらです」

 とひとつの方向を指さして見せます。ポポロはそちらへ遠い目を向けました。華奢な両手を堅く握り合わせています。

 すると、フルートの姿が見え始めました。本当に遠い遠い場所、ロムドの北に広がる森林地帯を抜けた、国境に近い野原です。そこでは吹雪は荒れ狂っていません。赤黒い夕焼けが空と野原を染める中、フルートは剣を握って戦っていました。敵は盗賊の首領です。

「いたわ!」

 とポポロが叫びました。その声にゼンやオリバン、犬たちが駆け寄ってきます。ワルラ将軍とガスト副官も、最後の盗賊たちを切り倒して振り向いてきます。

「この盗賊どもはわしらの足止め役だったようですな。勇者殿はどちらに――!?」

「野原で首領と戦ってるわ! ロキとジャックも一緒よ。捕まっているんだわ!」

 ゼンやオリバンたちはいっせいに歯ぎしりをしました。まんまと一杯食わされたことに気がついたのです。

「まずいぞ。首領が相手ではフルートは充分戦えん。一番苦手な人間の敵だ」

 オリバンのことばに、ゼンは地面にショートソードをたたきつけました。

「ちっくしょう!!」

 歯ぎしりをして悔しがりますが、ここからフルートの元へ駆けつけることはできません。

 すると、さらに目をこらしていたポポロが、ふいに小さな悲鳴を上げました。

「フルートは金の石を持ってないわ! ロキが持っているの! そばに行けずにいるわ! それに――それに、首領の後ろにいるのは――」

 声が震えてそれ以上続けられなくなったポポロの代わりに、ユギルが低い声で言いました。

「デビルドラゴンですね。一度逃げたように見せて、勇者殿を自分の手の内へ連れ去ったのです」

 全員は何も言えなくなりました。立ちすくんだ一同を、激しい吹雪がたたき続けました。

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