「ロキ!」
とフルートとジャックは叫びました。
彼らの目の前で、盗賊の首領がロキを捕まえ、その首筋に刀を押し当てていました。その顔にもう白い仮面はありません――。
「ロキを放せ!」
とフルートは言いました。背中の剣へ手をかけていますが、ロキを傷つけられそうで抜くことができません。
すると、首領が笑いました。
「どうした、勇者の坊主。剣を抜けよ。勝負だと言ってるんだぞ」
からかうように言いながら、刀をいっそうロキに押しつけて見せます。フルートは真っ青になって叫び続けました
「ロキは関係ない! 勝負ならしてやる! ロキを放せ――!」
ふん、と首領はまた笑いました。
「そんなにこのチビが心配か。いいとも、放してやる。どうせおまえをここにおびき寄せるための餌だったんだからな」
言いながら刀を引いてロキを突き飛ばします。よろめいて前のめりになった少年へ刀を振り下ろそうとします。
ロキ――!! とフルートが悲鳴を上げます。
すると、首領の額に石つぶてが当たりました。ジャックが足下から小石を拾って投げつけたのです。首領が驚いて手を止めます。
とたんに、ジャックがフルートの隣から飛び出しました。
「この野郎、卑怯な真似もいい加減にしやがれ! こんなチビを何度も狙うな――!」
わめきながら首領の手からロキをむしり取り、抱きかかえて飛びのこうとします。
「ジャック!」
とフルートは息を呑みました。首領が刀をジャックの背中へ振り下ろしたのです。血しぶきが上がり、ジャックがロキを抱えたまま倒れます。
「ジャック! ジャック――!!」
駆け寄ろうとするフルートに、盗賊の首領が切りかかってきました。刀と剣が激しくぶつかり合います。
「予定がちぃと違ったが、まあいいか。本当に大甘な坊主だぜ。卑怯者でない盗賊がいるわけねえだろう」
と首領がジャックをあざ笑います。
「兄ちゃん! ジャック兄ちゃん!!」
ロキがしがみついて叫んでいました。ジャックは倒れたまま動きません。背中からは血があふれ続けています。
「フルート兄ちゃん! ジャック兄ちゃんが死んじゃうよ!」
とロキは泣き声を上げました。フルートは歯ぎしりしながら首からペンダントを外しました。ジャックに駆け寄ろうとするのですが、首領が激しく切りかかってくるので、その場から動くことができません。
フルートは首領の刀を思いきり押し返しました。素早く振り向き、ロキへペンダントを投げます。
「これをジャックに!」
「うん!」
地面に落ちたペンダントにロキが飛びつき、すぐさまジャックに押し当てました。けれども、闇に力を奪われていた金の石は、まだ完全に回復してはいませんでした。今にも消えてしまいそうな淡く弱い光です――。
ジャックは真っ暗闇の中にうつぶせに倒れていました。背中を激痛が襲っています。痛みがあまり強すぎて、気が遠くなっていきそうです。
すると、目の前に誰かが立ちました。ジャックはもう顔を上げることもできません。それなのに、ジャックにはそれが誰なのかわかりました。シルの町に住む、幼なじみのリサです。
リサは縞模様のエプロンをしめてジャックを見下ろしていました。赤茶色の髪は、もう子どもの頃のようなお下げではありません。綺麗に束ねて後ろで結い上げています。顔立ちも体つきも大人びて、すっかり美人になったリサでしたが、その気の強そうな目だけは昔と少しも変わりません。不良少年たちを率いて乱暴ばかりしていたジャックに、ひとりで真っ正面から言い返し、ジャックにいじめられるフルートをかばっていた、あの頃とまったく同じです。ジャックは、そんなリサのまっすぐな目が、ひそかに気に入っていたのです……。
暗闇の中で、リサが言いました。
「しょうがないわねぇ、ジャック。じいさんに負けない英雄になるんだ、ってあんなにしつこく言ってたくせに、こんなところで死ぬつもり? まあ、負け犬のあんたにはお似合いの結末かもしれないけどね」
ジャックは倒れたまま舌打ちしました。
「ち、相変わらずきついぞ、おまえ」
傷の痛みは続いています。けれども、それとは別のところで、不思議なくらい普通にリサと会話ができるのでした。
リサが肩をすくめました。
「だって本当のことだもの。しょうがないでしょう?」
突き放すように言われて、ジャックは思わずことばに詰まりました。
ロムド軍に入隊する前、シルの町でリサに告白してふられた時のことを思い出します。悔し紛れに小川に石をたたき込んだ水音、流れに消えていく波紋……そんなものが記憶の底からよみがえってきて、苦いものが胸一杯に広がります。
ジャックが何も言わずにいると、リサはちょっと首をかしげました。相変わらず冷めた口調で言い続けます。
「悔しいんなら、負け犬から這い上がっていらっしゃいよ、ジャック。それともやっぱりあんたには無理? 親からも見放されてた札付きの悪だもんね。それらしく、あきらめるのが無難かもね」
「誰があきらめるか!」
ジャックは思わずかっとしました。顔を上げて、自分を見下ろすリサをにらみつけます。
「俺は、絶対に英雄になってやるんだ! あきらめるかよ! そうして、おまえらや――みんなを守って戦ってやる! 昔どんなふうでいたって、人間はきっと変われるんだからな!」
輝く銀髪の占い師が、ジャックの脳裏に立っていました。人は未来に向かって生き続けます。過去がどうであっても、これから変わっていくことができますよ、と言ってくれています。
リサは何も言いませんでした。ただ、あきれたようにジャックを見つめています。
ジャックは歯を食いしばって起き上がりました。背中はひどく痛みます。それでも膝をつき、腕に力を込めて地面から体を起こします。
「俺は死なねえ! 絶対にあきらめねえ! おまえのことだって、あきらめねえからな、リサ――!」
ジャックの告白を拒絶したリサは、ひそかにフルートに想いを寄せていました。こんなところでも、ジャックはフルートにかなわない自分を思い知らされていたのですが、今、それが熱く強いものに変わっていきます。
「絶対に、おまえに見直させてやる! 俺は俺だ! 絶対に、這い上がってみせるからな!」
立ち上がってきたジャックをリサが見上げました。なぜだか、ほほえむような顔をしています。
「それなら、ジャック」
と話しかけてきます。
「こんなところで死ぬわけにいかないんじゃない? 軍人は死ぬと階級が上がって偉くなるけど、そんな英雄はいやなんでしょう?」
「あったりまえだ!!」
とジャックはどなり返しました。とたんに、暗闇は急に薄れ――
ジャックは薄明るい世界の中にいました。
確かに立ち上がったはずなのに、また倒れて横たわっています。草の生えた地面の上です。夕焼け色の空の下で、ロキがのぞき込んで泣き笑いしていました。
「目を覚ましたね、ジャック兄ちゃん。もう大丈夫だよ――」
弱った金の石はなかなか傷を癒すことができませんでした。怪我が治る前にジャックが死んでしまいそうに見えて、ロキははらはらしていたのでした。
ジャックは体を起こして背中に手を当てました。もう痛みも傷もありません。ロキが握っているペンダントを見つめて、やがて渋い顔になります。
「まったく。金の石の勇者がすぐに石を手放しててどうするんだよ。本当にどうしようもねえヤツだな」
「なんだよ、その言い方! フルート兄ちゃんが金の石を渡してくれたから、ジャック兄ちゃんは命拾いしたんだぞ――!」
と怒って食ってかかってきたロキを、ジャックは片手で軽く押さえました。
「わかってるって。早くこれをあいつに返そう。これがなかったら、今度はあいつが危ねえんだからな」
と盗賊の首領と戦い続けているフルートを見ます。
ロキは目を丸くしました。首をかしげて言います。
「ジャック兄ちゃん……なんかちょっと変わったかい?」
「変わるさ。これから、もっとな」
ひとりごとのように答えてから、ジャックは大声を上げました。
「フルート! 俺はもう大丈夫だ! 金の石を返すぞ!!」
フルートは首領と剣をぶつけ合い、切りかかっては離れることを繰り返していましたが、ジャックの声に一瞬振り向きました。にこりと、いつもの笑顔が広がります――。
ジャックとロキは駆け出しました。フルートは激しく戦っていて、うかつには近づけません。隙をみはからってペンダントを投げ渡そうとします。
とたんに、二人はいきなり何かにぶつかりました。見えない壁のようなものが、目の前に立ちはだかっていたのです。
「なんだこれ!?」
とジャックとロキは驚きました。目の前に首領と戦うフルートの姿は見えています。それなのに、まるで透き通ったガラスの壁にさえぎられているように、彼らはフルートの方へ行くことができないのでした。