ジャックが押し当てる金の石の下で、ロキは次第に元気を取り戻していました。透き通るように青ざめていた顔色が少しずつ良くなってきます。
ロキは自分を抱いているジャックを見上げて、えへへっと笑いました。
「やっぱりね……来てくれると思ったんだ」
たちまちジャックは顔を歪めました。怒ったようにロキをにらみつけます。
「まったく、どいつもこいつも――! どうしてそんなに信じ込めるんだよ!? 俺は卑怯な裏切り者だろうが! おめでたすぎるぞ、おまえら!」
すると、ロキはちょっと目を丸くしてから、急におかしそうに、くすくす笑い出しました。なんだよ!? とジャックがますます不機嫌になると、笑いながらこう言います。
「だって……おいらだって裏切り者だもん。おいらこそ、昔フルート兄ちゃんを裏切って殺そうとしたんだ」
ジャックはぽかんとしました。腕の中のロキを見つめてしまいます。まだ十かそこらの本当に小さな少年です。丸い瞳の顔には幼さが漂っています。裏切るの殺すのといった物騒なことばは、まったく似合いません。
すると、少年が急に口を尖らせました。
「ちょっと、でっかい兄ちゃん! 金の石を離すなよ! おいら、まだ完全に治ってないんだから、石を離しちゃダメだったら!」
見かけは小さいのに、いっぱしの調子で文句をつけてきます。
「あ、わ、悪ぃ……」
ジャックはあわてて金の石をまたロキに押し当てました。やっぱり、それ以上なんと言っていいのかわかりません。
「治りが遅いなぁ。金の石が弱ってるからかな」
とロキはぶつぶつ言ってから、ジャックの表情に肩をすくめました。
「本当さ、嘘なんかじゃないよ。おいらはもともと闇の民だったんだ。北の大地でオオカミ魔王から金の石の勇者を殺せって命令されてさ、何度も兄ちゃんたちを殺そうとしたんだ。ブリザードの中に置いてきぼりにしたり、毒の剣で刺そうとしたり。でもさ――フルート兄ちゃんってホントにとことんおめでたいんだよなぁ。おいらの正体を知っても、おいらが殺そうとしてたことがわかっても、それでもおいらのことを助けようとしてくれたんだ。おいらのことなんか見捨てりゃいいのに、おいらが死んだ後まで、生まれ変わりなのかもしれないって、ちっちゃなロキを命がけで守ろうとしてくれて……」
へへ、とロキは笑いました。なんとなく、ひとりごとのような笑い方でした。
「フルート兄ちゃんって、ホントにしょうがないよな。偉いとか立派とか言うより、馬鹿なんだよ。大甘で、死ぬほどお人好しでさ……いつだって自分のことなんか全然考えてなくて、自分を裏切ったヤツのためにも傷だらけになって戦って……」
ロキは、怪物を相手に戦い続けるフルートを見ていました。金の鎧を着た少年は魔剣を振り、怪物を切り裂いていきます。火に包まれた怪物が、苦し紛れにフルートに襲いかかっていきます。避けきれなかったフルートが、また頭や顔に火傷を負います。
その様子に、まるで自分が火傷したように顔をしかめながら、ロキは言い続けました。
「ホントにフルート兄ちゃんは馬鹿だ……。もっと自分勝手に生きればいいんだよ。だけど、兄ちゃんはそうしないんだよな。だって、兄ちゃんは金の石の勇者だから……。でさ、そこまで徹底的にやられちゃうとさ、なんか逆に裏切れなくなるんだよな。兄ちゃんを助けたくなっちゃうんだ。だから、おいらは一度死んだんだけど、すぐにまた生まれ変わってきたんだ。人間になって、また一緒に戦って、絶対にフルート兄ちゃんを助けたかったから」
真剣な声は、なんだか涙ぐんでいるようにも聞こえます。ジャックはやっぱり何も言えませんでした。あまりに不思議な出来事で、とてもありえないと思うのに、どこかでそれを納得している自分がいました。
そこへ、声が聞こえてきました。
「フルート!!」
ゼンです。オリバンと一緒にフルートに向かって駆けていきます。そのすぐ後ろでは、風の犬のポチが地面にうずくまって、あえいでいました。ようやくゼンたちを地割れの向こうからこちら側へ運ぶことができたのです。一度に全員を背中に乗せて飛んだので、さすがに体力が尽きて、すぐには飛び立てずにいました。
すると、ポチの上からユギルも飛び下りてきました。腕の中に茶色い毛並みの犬を抱いて、ジャックとロキの方へ走ってきます。
「ルル様が怪我をしました! 金の石を!」
ロキは跳ね起きようとして、たちまちよろめきました。倒れそうになってジャックにまた支えられます。
その隣に駆けつけながら、ユギルが言いました。
「申し訳ありません、ロキ殿。ですが、一刻を争います。ルル様に金の石をお貸しください」
魔王の魔弾に撃ち抜かれたルルは、腰から後足にかけてを血で染めていました。ぐったりしていて、もう目も開けられずにいます。ロキはジャックに言いました。
「早く! ルルに金の石を使ってよ!」
ペンダントが押し当てられると、一同の目の前でみるみるルルの怪我が治っていきました。毛並みを染める血は残りますが、傷が跡形もなく消え、またぱっちりと目を開けます。
「もう大丈夫よ」
とルルは言うと風の犬に変身しました。ユギルの腕から空に飛び立ちます。
「ありがとう。これでまた戦えるわ――!」
と言い残し、つむじを巻きながらフルートに向かって飛んでいきます。
「すごいや」
とロキがくすくす笑いました。まだジャックに抱き支えられています。その様子を見て、ユギルが言いました。
「もうしばらく金の石を当てていた方がよろしいですね……。金の石は吸われた生気を回復することはできませんが、体が元気になることで、生気も徐々に戻ってまいりますから」
「金の石をフルート兄ちゃんに届けなくて大丈夫かい? 闇の怪物も魔王も兄ちゃんを狙ってるのに」
とロキが心配します。
「金の石がなくなると、わたくしたちがまた魔王から狙われます。そちらのほうが勇者殿には足かせになってしまいます。このままでおりましょう」
ユギルは冷静な声で答えると、また戦う人々へ目を向けました。フルートたちと魔王や盗賊との決戦は、新しい局面を迎えようとしていました――。
ゼンとオリバンがフルートへ駆けつけてくるのを見て、盗賊の首領が子分たちに命じていました。
「連中を止めろ! 勇者の坊主に仲間を近づけるな!」
「がってん!」
手下の盗賊たちはまだ黒い仮面をつけていました。仮面の魔王から送られる闇魔法を受けとって、使いこなすための道具です。それを理解した盗賊たちは、誰のためにどう戦えばいいか、もう承知していたのです。
先を走るゼンへ力使いの盗賊が手を突きつけました。見えない手でゼンを捕まえます。すると、立ち止まったゼンが、男をぎろりとにらみつけました。
「おまえ、二代目の力使いだな? 俺にそれは効かねえってこと、ちゃんと聞いてなかったのかよ!?」
言うなり、体を大きくねじって見えない手を逆に引っ張り返します。とたんに力使いの男は地面にたたき付けられ、ゼンを抑える力が消えました。
一方、一緒に走るオリバンも急に立ち止まっていました。自分の体を抑え込むように抱いてあえいでいます。オリバンに手を突きつけているのは爆発男でした。オリバンの内側で急速に圧力が高まっていきます。
「死にやがれ、皇太子!」
と爆発男があざ笑いました。以前は鼻男と呼ばれていた、鼻の大きな盗賊です。突きつける手に、さらに念を込めます。
すると、ゼンが今度はオリバンの前に飛び出しました。両手を広げて盗賊との間をさえぎります。とたんに、爆発の魔法は消え、オリバンはまた息ができるようになりました。
へへぇ、とゼンが感心して自分の青い胸当てを見ました。
「やっぱりどんな魔法でも解除するんだな、こいつは。頼もしいヤツだぜ」
「確信はなかったのか?」
とオリバンがあえぎながら顔をしかめました。無茶をするな、と言いたそうな顔です。ゼンは胸を張って言い切りました。
「ピランじいちゃんが強化した胸当てだ! 絶対大丈夫なのに決まってる!」
ノームの鍛冶屋の長が聞いていたら、躍り上がって喜びそうなことばでした。
そこへ、仮面の魔王がまた魔弾を撃ち出してきました。ゼンとオリバンに降りそそぎます。けれども、それはゼンの体に触れたとたん、霧のように消えてしまいました。胸当てが闇魔法の弾を消し去ったのです。オリバンも、自分に飛んできた魔弾を聖なる剣で切り払います。そして、二人はついにフルートを襲っている怪物の群れへ飛び込みました。
「ゼン! オリバン!」
フルートが二人を見て歓声を上げました。とびきりの笑顔がいっぱいに広がります。
「ちぇ、なんて顔しやがる。照れるだろうが」
と言いながら、ゼンがフルートの隣に駆けつけました。フルートに食いつこうとしていた怪物を思いきり殴り飛ばします。それを聖なる剣で消滅させながら、オリバンが言いました。
「金の石の勇者にそんな顔をさせられるのは、我々ぐらいのものだろう。少しは自慢に思っても良いのかもしれんぞ、ゼン」
「なぁにが自慢だ。ただこいつが阿呆なだけだぞ。無茶ばっかりしやがってよ。もう少し自分を守れって、本当に何度言ったらわかるんだ、このすっとこどっこいは」
ゼンは文句の言い通しです。それだけ親友を心配して、気をもみ続けていたのです。フルートは思わず首をすくめて、ごめん、と言いました。
フルートとゼンとオリバンは背中合わせに立ちました。周囲を取り囲む怪物たちに向かって身構えます。怪物はまだ十匹以上残っています。
「さあ、こいつらを倒して魔王と対決だ!」
とオリバンが宣言しました――。