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第9巻「仮面の盗賊団の戦い」

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第18章 抵抗

66.プライド

 ジャックは黒い仮面の奥から地面に落ちたペンダントを見つめていました。愕然としています。ロキをこれで助けて、と言ってフルートが投げてきたのです。裏切り者のはずの自分に向かって――。

 思わずフルートの方を見ると、フルートは闇の怪物と盗賊の首領を同時に相手にして戦っていました。前から襲いかかってくる怪物へ剣を振り下ろそうとすると、後ろから首領が刀で斬りかかってきます。とっさに振り返って刀を受け止めると、その背中に怪物が飛びついてきます。

「おっと」

 と首領は逆に飛びのきました。フルートと一緒に怪物に食いつかれそうになったのです。笑って言います。

「俺が手を下すまでもねえな。自分から金の石を手放すとは馬鹿なヤツだ。骨まで怪物に食われやがれ」

 怪物はむき出しになったフルートの頭にかみつこうとしていました。フルートは逆手に握った剣を後ろへ突き出して怪物の体を貫きました。とたんに怪物が火を吹いて燃え上がります。フルートは急いでそれを振り払いましたが、金髪が焦げ、頬に赤い火傷が残りました。

 ジャックが息を呑んでその様子を見ていると、フルートがはまた叫びました。

「ジャック! 金の石を拾って! ロキを――助けて!」

 また別の怪物が襲いかかってきました。フルートはまた戦いに引き戻されます。

 

 ロキは白い仮面の魔王に捕まっていました。仮面の裏から伸びる黒い触手がロキの胸に突き刺さり、生気を吸い取り続けています。苦痛に歪む少年の顔がどんどん青ざめて、透き通るような色になっていきます。

 すると、仮面が声を上げました。

「その金の石を取り上げろ!」

 盗賊の首領に向かって言ったことばです。

「石さえなければ、勇者はただの人間だ。もう恐れることはない!」

 ふん、と首領は笑いました。

「言われねえでもわかってるよ。おい、新入り、それを拾って持ってこい」

 命じた相手は、他でもないジャックでした。大柄な青年は思わずまた立ちすくんでしまいました。仮面の奥で冷や汗が流れ出すのを感じます。

 その様子に首領がまた言いました。

「何を迷ってやがる。てめえは金の石の勇者が憎かったんだろうが。自分の方がこいつより強くなりたかったんだろう? こいつを倒すチャンスだ。早くしろ」

 フルートは何匹もの怪物と戦い続けています。闇の触手をかわし、切り捨てながら叫びます。

「ジャック――! ジャック――!!」

 祈るような声です。戦いが激しすぎて、それ以上何か言うことはできません。それでも、怪物たちが次の攻撃に移る一瞬の隙に、こちらを振り向きます。

 とたんに、ジャックは逆に目をそらしてしまいました。フルートの青い瞳は、強い信頼のまなざしでジャックを見ていたのです。

 

「馬鹿野郎、フルート! そんなヤツに頼るな!」

 地割れの向こうでゼンが叫んでいました。ゼンもオリバンもユギルも、地面の裂け目を越えて来ることができません。

「そんな裏切り者がロキを助けるわけねえだろうが! 早く自分で石を拾え!」

 ゼンとオリバンは腕の中にポポロとルルを抱いていました。どちらも抱えられたまま身動きしません。空にいるところを魔王の魔弾で攻撃されたのです。怪我をしているのかもしれませんでした。

 風の犬のポチがメールと共にロキに駆けつけようとしますが、仮面の魔王が撃ち出す魔弾にまた追い払われてしまいます。ポチが空からほえ続けます。

「ワンワンワン……ロキ! フルート!」

 いくら叫んでも、やっぱり助けに行くことができません。

 

 金の石を見て立ちすくんでいるジャックに、黒い仮面の子分たちが舌打ちしました。

「何をためらってやがる。じれってぇヤツだな。俺が拾ってやる」

 と一人が飛び出してきました。地面のペンダントに手を伸ばそうとします。

 とたんに、その目の前で炎が燃え上がりました。地面の枯れ草が突然火を吹いたのです。盗賊はぎょっと飛びのきました。

「なにしやがる、新入り!?」

 ジャックは両手を突き出したまま盗賊たちの方をにらみ続けていました。再び地面が大きく燃え上がり、盗賊たちがあわてて下がります。炎の魔法です。

「それにさわるな!!」

 とジャックはどなり返しました。

「おまえらなんかに渡すか! それは勇者の石だ! それさえあれば勇者になれるんだ! それは――その石は――」

 俺のものだ! と言おうとして、なぜだかジャックはためらいました。どうしてもその一言が口から出てきません。両手を盗賊たちに突きつけて牽制しながら、目は金の石を見つめてしまいます。ペンダントは、ジャックからほんの一メートルほどの場所にぽつんと落ちています……。

 

「早く拾わせろ!」

 と仮面の魔王がじれたように言いました。魔王自身は金の石に近づこうとしません。力が弱っていても、石は聖なる光を放ち続けています。元が闇の怪物の魔王には触れることができないのです。

 盗賊の首領がジャックに向かってまた口を開きました。低く迫力のある声で命じてきます。

「そいつを拾って持ってこい、新入り。そうしたら、てめえを副頭に取りたてて、正真正銘俺たちの仲間と認めてやる」

 ジャックは思わず首領を見ました。その顔の上で、仮面が黒々と光ります。片側に流れる血のような不気味な模様を浮き上がらせた仮面です。

 

 すると、ジャックの口元がふいに歪みました。笑ったのです。皮肉な声になって言います。

「盗賊の仲間か」

 他の誰でもない、自分自身へつぶやく口調です。

「この俺がかよ――俺は、ロムド正規軍の隊長までしたじいさんの孫だってのに――。それに、こいつらは俺を放り出して怪物に食わせようとしたんだぞ? そんな下衆(げす)な連中と、この俺が、仲間かよ――」

 伸ばし続けていた両手が大きく震えました。食いしばるように奥歯をかみしめ、両手を拳に握りしめます。

 次の瞬間、ジャックは爆発するように叫びました。

「馬鹿にするなぁ!!!」

 自分の顔から黒い仮面をむしり取って、力いっぱい地面に投げつけます。仮面は足下にあった石に当たって、真っ二つに割れました。とたんに、仮面が黒い霧に変わって消えていきます――。

 素顔に戻ったジャックは、歯ぎしりしながら叫び続けました。

「俺は俺だ! いつか英雄と呼ばれる男なんだ! 誰の力も借りるかよ! 俺自身の力で英雄になってやる! 盗賊も――闇の魔法も――金の石だって、俺にはいらねえんだよ!!」

 ジャックが駆け出しました。地面に落ちていたペンダントに飛びつき、また跳ね起きて走ります。向かう先は、ロキを捕らえている仮面の魔王です。

 

 仮面の魔王がジャックに向かって魔弾を撃ち出してきました。闇の弾が黒い軌跡を描きながらジャックに押し寄せます。

 ところが、魔弾はジャックの体の直前で次々と砕けて消えてしまいました。ジャックが傷つけられることはありません。魔弾が消える瞬間、淡い金の光が輝きます。金の石がジャックを守っているのでした。

 ふん、とジャックはまた皮肉な笑い顔になりました。そのまま走り続け、仮面の魔王に飛びかかるようにしてペンダントを突きつけます。金の石が触れたとたん、ロキに突き刺さっていた触手が霧散します。崩れるように倒れてきたロキを、ジャックは左腕で支えました。右手のペンダントをさらに魔王に突きつけていきます。

「よくも――!」

 白い仮面が金切り声を上げ、大きく空を飛んで離れました。盗賊の首領にまた叫びます。

「あいつらを殺せ! 石を取り上げるのだ!」

「やれ」

 と首領に命じられて力使いの盗賊が手を向けてきました。地割れの盗賊もジャックたちの足下の地面を崩そうとします。ところが、とたんにまた金の石が光りました。盗賊たちの闇魔法を跳ね返してしまいます。

 ジャックはかがみ込み、腕の中で息も絶え絶えになっている少年に金の石を押し当てました。

 すると、その息づかいが急に深く大きくなりました。ふう、と溜息のように息をして、ロキが目を開けます。

「楽になってきた……」

 と言います。顔に血の気が戻り始めていました。

 ジャックは振り向き、怪物たちと戦い続けている少年に向かってどなりました。

「こいつはもう大丈夫だぞ! 気にしねえで思いきり戦え!」

 とたんにフルートも振り向きました。汗にまみれた顔には痛々しい火傷の痕があります。けれども、フルートは、にこりとほほえみました。広がったのは、信じる強さを持つ優しい笑顔です。

「ふん」

 ジャックはとまどったようにまた目をそらすと、金の石をロキに押し当て続けました。その背後でフルートがまた怪物と戦い始めた気配がします。今までにない気迫と激しさが伝わってきました――。

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