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第9巻「仮面の盗賊団の戦い」

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65.真相

 一同は本当に愕然としました。空中に浮いた白い仮面から闇の触手が伸びて、ロキに絡みついています。あれが魔王だったのだ、とユギルが言います。

「ロキ!!」

 フルートが駆け寄って切りつけると、仮面が大きく飛びのきました。触手に絡めとったロキも一緒です。

 宙に浮き続ける仮面から声がしました。

「お初にお目にかかる、と言うべきかな、金の石の勇者。ずっと顔は合わせていたがな。占い師が言うとおり、魔王はこの私だ」

 それは先に盗賊の首領とことばを交わしていた謎の声でした。首領よりもっと残忍で冷たいものを秘めています。

 フルートの後ろで、ふん、と首領が笑いました。今はもう、ひげだらけの極悪面をさらしています。

「とある町で貴族の屋敷に押し入った時に、こいつと出会ったのよ。貴族のコレクションになっていたんだが、その正体は闇の怪物の生きた仮面だ。しかも、魔王になりたてのな」

「百年待った」

 と仮面が続けました。

「ただの仮面のふりをしながら、再び動けるようになる力を待ち続けた。また存分に人の生気を吸いたい、人を食らいたい。今度こそ、この世界を食らい尽くしたい、と願いながらな。そして、ついに闇の竜が来たのだ」

 フルートたちは、はっとしました。デビルドラゴンが魔王に選ぶのは人とは限りません。心に闇を抱えたものであれば、獣でも怪物でも依り代にしてきたのに、そのことをいつの間にか失念していたのです。

 

 盗賊の首領がまた言いました。

「こいつは動ける体がほしかった。なにしろ仮面だからな。人に取り憑かなくちゃ自在には動けねえ。そこで、闇の力と引き替えに俺に話を持ちかけてきたのよ。一緒に魔王にならねえか、とな」

「それを……受けたわけだ、おまえは……」

 とフルートは首領をにらみつけました。怒りに声が震えて止めることができませんでした。

「あいつが人間を滅ぼそうとしているのを承知で、そっちに荷担したんだ……力と引き替えに。同じ人間を魔王に売り渡して……!」

 首領が笑いました。

「てめえにはわからねえだろう、勇者の坊主。盗賊が全世界の王になる。こんなすばらしい大事件はねえぞ。闇は昔から俺たち盗賊に金と名誉を与えてくれる味方だ。他の連中がどうなろうと、俺たちの知ったこっちゃねえんだよ」

 そして、盗賊の首領は目を細めました。笑うように、からかうように、フルートを見て言い足します。

「絶対に許せねえ、って顔してやがるな。本当に立派な勇者になったもんだ。三年前には俺たちを見ただけで真っ青になって気絶しそうになってたヤツがよ」

 フルートはまた眉をひそめました。首領はフルートを知っているような言い方をします。やはりどこかで出会っているのです。どこで会っただろう? どこで? フルートは必死で考え続け……ふいに愕然としました。

「おまえは――あの時の盗賊か!? 北の街道でぼくを襲った――!」

 まだフルートが金の石の勇者になったばかりの頃のことです。仲間を求めて王都ディーラから北の峰に旅立ったフルートは、黒い闇の霧におおわれた北の街道で、盗賊の集団に襲われました。その時の首領の顔がおぼろげに思い出されます。確かに、目の前にいる首領と同じ男です……。

 

 首領は、またにやりと笑いました。

「忘れてたかよ。だが、こっちは忘れたくても忘れられなかったぜ、坊主。俺たちはガキのてめえにさんざんな目に遭わされた上に、てめえが怪我をしてもすぐに傷が治ったもんだから、てっきり闇の怪物だと思って逃げ出しちまった。それが実は金の石の勇者だったとわかって、俺たちは盗賊仲間の笑いものよ。一番最初に勇者に退治された連中だ、ガキにびびって逃げ出した腰抜けだ、と馬鹿にされてな。だから、てめえにまた会うことがあったら今度こそ思い知らせてやる、とずっと思い続けてきた。俺の今の手下の中には、当時からの子分もいるが、てめえに恨みを抱いているのは、連中も同じだぜ」

 フルートは震える手で剣を堅く握りしめていました。

「おまえは……そんなことのために魔王と手を結んで……!」

 青い瞳に炎のように怒りがひらめきます。

 と、フルートは突然猛烈な勢いで首領に飛びかかりました。真っ向から首領に切りつけていきます。

「そんなことのために! 北の街道の町や村を襲って! 何百人もの人を殺して――焼いて! そんな――それっぽっちのことのために――!!」

「てめえにはそれっぽっちのことでも、こっちにはえらく重要なのよ。てめえみたいなチビのガキにやられっぱなしじゃ、俺の沽券(こけん)に関わるからな」

 首領は戦いながら顔を歪めて笑いました。陰湿な笑い顔です。二人のやりとりを聞いていたジャックが、首領のことばにぎくりとしました。自分自身のことを言われたような気がしたのです。

 フルートと首領が激しく戦い続けます。見た目は小柄で華奢なフルートなのに、大人顔負けの強い太刀筋です。首領が力負けしてじりじりと押されていきます。

 

「おい」

 と首領は離れた空中に浮かぶ仮面にまた呼びかけました。

「そこで高みの見物か? 俺が倒されたら困るのはおまえじゃねえのかよ」

 すると、仮面は裏側から伸ばしたたくさんの触手をざわざわと揺らしました。なぜだか、その音が笑い声のようにも聞こえます。

「金の石の勇者は派手な戦いに私を惹きつけて、この小さな仲間を解放しようとしているのだ。この子どもは勇者たちにとって大事な存在だからな」

 と触手の中に絡め取ったロキを、いっそう強く捕まえ直します。それを横目で見てフルートは歯ぎしりをしました。今度の魔王は実に慎重です――。

 いつの間にかフルートと首領の周りを闇の怪物たちが取り囲んでいました。仮面の魔王が気迫で抑えているので、それ以上近づいてくることはありませんが、うごめき、手を伸ばしながら、気味の悪い声でわめき続けています。

「金の石ノ勇者――!」

「勇者をオレタチによこせ!」

「俺にヨコセ!」

「ほしイ――ほしイ」

「願い石ガほしい!」

「金の石ノ勇者ヲ食わせロ――!」

 仮面が冷ややかに答えました。

「食わせてやる。勇者が切り殺されたら、その死体は髪の毛一本残らず、おまえたちにくれてやろう。だから、そこで見ていろ」

 怪物たちはいっせいにうなりました。闇の怪物にとって魔王の命令は絶対です。じれったそうに身もだえしながらも、フルートたちの戦いを見物します。

 フルートは歯を食いしばったまま戦い続けました。なんとかして魔王をロキから引き離さなくてはなりません。周囲に集まった怪物を利用する方法はないだろうか、と懸命に考えを巡らします。

 

 すると、仮面の魔王が黄色い目を細めました。

「何かたくらみ始めているようだな。おまえは油断ができない。頭の良すぎる勇者だからな」

 そう言うなり、黒い触手を一本高々と差し上げます。

 とたんに、地割れの向こうでユギルが鋭く叫びました。

「いけません! ロキ殿が――!」

 触手がうなりを上げて飛んできて、ロキの体に突き刺さりました。蛇が獲物に食らいつくように、小さな少年の胸に食い込んでいきます。ロキは大きな悲鳴を上げました。触手をつかんで引き抜こうとしますが、とても力かないません。

「ロキ!!!」

 仲間たちはいっせいに叫びました。風の犬たちがロキめがけて急降下します。

 すると、そこへ魔弾の群れが飛んできました。仮面の魔王が撃ち出してきたのです。自分や背中の少女たちに魔弾を食らいそうになって、ポチとルルはあわてて身をかわしました。魔弾は次々撃ち出されてきます。とても近づくことができません。

「来い! こっちに来い!」

 ゼンが必死で呼んでいました。駆けつけたいのに、ゼンもオリバンもユギルも、地割れを越えることができないのです。

 そちらへ飛んでいこうとしたルルを魔弾が撃ち抜きました。ルルが悲鳴を上げて犬の姿に戻り、たちまち墜落していきます。

「危ねえ!」

 ゼンとオリバンがとっさに腕を広げて、落ちてくるポポロとルルを受け止めました。

 

「ロキ!!」

 フルートは首領との戦いを放り出して助けに駆けつけようとしました。その背中に首領の刀をまともに食らいます。体は鎧が守りましたが、激しい衝撃に思わずよろめいて倒れそうになります。

 フルートは懸命に踏みとどまると、首からペンダントを外しました。弱っていても金の石は聖なる光を放ち続けています。金の石ならロキを助けられるのです。

 すると、仮面がまた声を上げました。

「勇者が逃げるぞ! 捕まえろ、闇の怪物ども!」

 取り囲んでいた怪物たちが、いっせいにフルートに襲いかかってきました。フルートは立ち止まりました。金の石を剣のように振ると、その光を嫌って怪物が逃げますが、弱った光は怪物を消滅させることはできません。またすぐに別な方向から怪物が襲いかかってきます。

 

「あ……ぁ……」

 ロキがうめきました。触手をつかむ手が激しく震え出しています。仮面の魔王に全身の生気を吸い取られているのです。その顔が次第に青ざめていきます――。

「ロキ!!」

 とフルートはまた叫びました。とたんに、その左肩に衝撃をくらいました。また首領に後ろから切りつけられたのです。鎧は傷つきませんが、小柄な体がよろめき、膝をついてしまいそうになります。振り向き、次の首領の攻撃を必死で受け止めます。兜のない頭をまともに狙われていたのです。

「がら空きだなぁ、勇者の坊主!」

 と盗賊の首領が笑いました。

「そんなにあのチビが気になるか。まったくいい人質だ」

 仮面の魔王はゆっくりとロキの生気を吸い取っていました。すぐに殺してしまっては、人質の意味がないのです。触手を次々に引っ込め、少年に刺さる触手だけを残してフルートに見せつけています。

「ロキ――!!」

 とフルートは血を吐くように叫びました。首領と闇の怪物にはさまれて、その場からまったく動くことができません。

 

 その時、フルートの目に、自分とロキの間に立つもう一人の人物が映りました。黒い仮面の大柄な青年です。繰り広げられる惨劇に立ちすくんでしまっています。

 フルートは死にものぐるいで青年に呼びかけました。

「ジャック! ジャック!!」

 ぎょっとしたように青年が振り向きました。仮面の奥からうかがう目でフルートを見返します。

 そんな青年へ、フルートは手に握っていたものを思いきり投げました。

「ジャック! これで――ロキを助けて!」

 足下に落ちたそれを見て、青年はいきなり大きく飛びのきました。目を見張り、信じられないようにそれを見つめます。

 フルートがジャックに投げてきたもの――。それは、金の石のペンダントだったのでした。

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