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第9巻「仮面の盗賊団の戦い」

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64.魔弾

 盗賊の首領が空からジャックめがけて魔弾を撃ち出していました。フルートは聖なる盾を構えて、ジャックを守り続けます。絶対にその場所から動こうとはしません。

 すると、盾を構える手が、ふいに誰かにぐいと押さえつけられました。そこに人の姿はありません。フルートはぎょっとして盗賊たちの方を見ました。やはり、力使いの盗賊がこちらへ両手を突きつけています。見えない手でフルートを押さえ込んできたのです。盾が押し下げられるように動き出します。

「フルート!」

 と仲間たちは叫びました。ルルが盗賊めがけて飛んでいきます。風の刃で力使いの盗賊に切りつけようとすると、爆発男が両手を向けてきました。大あわてで身をひるがえしたルルの尾が、ばんと音を立てて破裂します。

「ルル!」

 と背中のポポロが叫びました。

「大丈夫よ。私は風だもの」

 と言って、ルルは悔しさにうなりました。ルルは爆発させられても平気ですが、ポポロはそうはいきません。うかつには近寄れないのです。

 メールもポチの背中で歯ぎしりをしていました。同じくフルートたちを助けに行きたいのですが、後ろに乗るロキを巻き込んでしまいそうで、盗賊に近づくことができなかったのです。

 すると、ロキが急に言いました。

「メール姉ちゃん、おいらをあの上に下ろしてよ」

 と大きく枝を広げる一本の木を指さします。メールは驚きました。

「ダメ! 危ないよ!」

「大丈夫だよ。あの木なら葉が茂ってるから中に隠れられるし、怪物たちは地上にしかいないから、木の上にいたら襲われないもん。おいらをあそこにおいて、フルート兄ちゃんを助けに行ってやってよ」

 メールは思わずロキを振り返りました。黒髪の小さな少年は、驚くほど真剣な目でメールを見上げていました。

「……わかった」

 とメールは答えました。

「あの木の上に下ろしたげる。いい? 絶対に下におりちゃダメだからね」

「わかってるよ」

 とロキは笑って答えました。

 

 聖なる盾が見えない手にじりじりと押し下げられていきます。フルートは右手で左腕をつかんで、必死にそれをこらえていました。首領は魔弾を雨のように撃ち出してきます。フルート自身に飛んでくる弾は金の石が防いでくれますが、光が弱すぎてジャックまでは守りきれません。盾がなくなれば、たちまちジャックは蜂の巣にされてしまいます。

 すると、いきなり盾を抑える力が消えました。勢いあまって盾を跳ね上げそうになって、フルートはあわててこらえました。驚いて盗賊たちを見ます。

 風の犬のポチが盗賊たちの集団に飛び込んでいました。うなりを上げながら地上すれすれを飛び回り、盗賊たちを倒していきます。よく見ると、メールがポチに身を伏せながら、手を伸ばして盗賊たちの足を次々につかんでいるのです。力使いの盗賊も、爆発男も、足下をすくわれてその場にひっくり返っていました。

「しゃらくさい!」

 と首領が右手をポチに向けました。魔弾を撃ち出そうとします。

 とたんに、頭上から風の音が聞こえました。風の犬のルルが真上から飛びかかってきたのです。首領のかたわらを吹き抜け、また身をよじって上空に舞い上がります。とたんに、首領の上着が大きく裂けました。ルルが風の刃で切り裂いたのです。

「この――!」

 首領がルルへ魔弾を撃ち出します。ルルはさらに上空に逃げました。風の犬も魔弾はまともに食らうし、背中にはポポロも乗っていたからです。魔弾が届かない場所まで離れます。

 その隙にメールとポチも上空に舞い上がりました。首領が魔弾を撃ち出したらすぐにかわそうと、空中で身構えています。

 首領はそれをにらみつけ、ふいにぐっと高度を下げました。まだ空中に浮いていますが、地上二メートルほどの高さまで下りてきます。空からいきなり風の犬の攻撃を食らわないように、木陰に入ったのです。そうしてまた、ジャックを狙って魔弾を撃ち始めます。

 フルートは歯を食いしばっていました。魔弾の勢いは相当なものです。それが続けざまに盾に激突するので、反動で盾を構える腕がしびれ始めていたのです。片膝をつくと、膝と体で盾を支えます。

 そんなフルートを見て、ジャックがわめきました。

「なんで……!? どうして俺なんかを助けやがる、フルート……!?」

 裏切り者のはずなのに。昔から自分をいじめてきた憎い相手のはずなのに。それでも、フルートは全身でジャックを守ろうとするのです。誰よりも小柄なその体で。

 すると、フルートが首領をにらみつけたまま、はっきりと言いました。

「助けるのに理由なんてない。ぼくが守りたいから守るだけだ」

 ジャックはまたことばが出なくなりました。あまりに立派なフルートの勇者ぶりが、胸に突き刺さってくるようです。フルートはジャックにはどうしても行けない場所にいます。どうやったってたどり着けない高みにいる勇者なのです。黒い仮面の奥で悔し涙が流れ続けます。

 ジャックは腕を伸ばしました。相変わらず炎の闇魔法を使うことはできません。盾を構えるフルートの腕をつかんで叫びます。

「もういい――! もういい! 俺を守るな!!」

 盾を力任せに払いのけて、降りそそぐ魔弾の雨の中に飛び出していこうとします。

「ジャック!!」

 フルートが必死になってそれに抵抗します。

 

 その時、ガササッと梢の鳴る音が響き、盗賊の首領が声を上げました。

「な、何をしやがる!?」

 首領の頭上に広がる木の枝から、落ちるように突然飛びかかってきたものがあったのです。驚いて見上げたフルートやジャックの目に、首領の頭や首に絡みつく手が映ります。小さな子どもの手です。

 フルートは思わず跳ね起きました。真っ青になって叫びます。

「ロキ――!?」

 首領に襲いかかったのはロキでした。そこはメールがロキを下ろしたのとは別の木です。すばしこい少年は、ポチとメールが離れるとすぐに木の下に滑り降り、誰もが戦いに注目している間に走って、首領のそばの木によじ登ったのでした。枝の上から首領の肩に飛び下り、頭にしがみつきながら叫びます。

「盗賊の力の元は仮面なんだ! おまえだって、仮面を外せば力をなくすはずだ!」

 と首領の仮面をつかみます。

 不思議なことに、仮面には頭につけておくための留め具や紐はありません。吸い付くように顔に貼り付いているそれを、ロキはしゃにむに引っ張りました。首領がロキを肩から払い落とそうとした瞬間、はずみで白い仮面が外れました。その後ろから、ひげを生やした痩せた男の顔が現れます。残忍な表情を浮かべた、いかにも盗賊らしい面構えです。

 

 とたんに、フルートは思わず眉をひそめました。なんだか男に見覚えがあるような気がしたのです。遠目でよくはわかりません。けれども、なんとなく、これが初めての出会いではないような気がします……。

 

 すると、次の瞬間、首領とロキが墜落しました。首領が空中に浮いていられなくなったのです。一緒になって地面に落ちます。

 とはいえ、たかだか二メートルほどの高さの場所です。首領はしゃがみ込むように着地し、その隙にロキは首領の体を蹴って離れました。首領の手の届かない場所に飛び下ります。その手には白い仮面がしっかりと握られていました。

「やったぁ!」

 とロキは歓声を上げました。

「やっぱりだ! 首領だって仮面で力を使ってたんだ! これでもう魔弾は撃てないぞ!」

 首領は右手をロキに向けていましたが、その手のひらから黒い魔法の弾は飛び出してこなかったのでした。

 フルートは即座に動き出しました。ジャックをその場に残して首領へ走っていきます。首領が腰の武器を抜きました。盗賊たちが使う山刀です。フルートは手に銀のロングソードを握っています。

 ところが、二人の剣がぶつかり合う前に、鋭い悲鳴が響き渡りました。ロキの声です。

 振り向いたフルートは、ぎょっと立ちすくみました。フルートだけではありません。ジャックも勇者の仲間たちも盗賊たちも、全員がその場の光景に目を見開き、茫然と立ちつくします。ただ、盗賊の首領だけが、残忍な顔に、にやりとすさまじい笑いを浮かべました。

「とうとう出たな。潮時だぜ――」

 仮面が宙に浮いていました。骨のように白々と乾いた仮面です。もう誰の顔もおおっていないのに、その奥に目がありました。まるでガラス玉のような、冷たい黄色い目が周囲をぎょろぎょろと見渡しています。仮面のかたわらを走る模様が、赤い血のような色をいっそう濃く浮き立たせています。

 そして、その仮面の裏側から、黒い長いものが何本も伸びて、蛇のようにロキの手足に絡みついていました。ロキは夢中で手足を振り回しましたが、払い落とすことができません。

「闇の触手!」

 とフルートが叫んだ声に、ユギルの声が重なりました。

「魔王です! その仮面こそが魔王だったのです――!!」

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