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第9巻「仮面の盗賊団の戦い」

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63.守りの勇者

 ジャックを怪物の中へ放り込め、と盗賊の首領が言ったので、他の盗賊たちは驚きました。いっせいにジャックの大柄な姿を見ます。

 が、次の瞬間、盗賊たちはにやりとしました。

「なるほどな」

 と爆発男がうなずいて、見えない手を持つ力使いに言います。

「そいつを怪物が一番集まっている場所に放り出してやれ」

「がってん」

 力使いの盗賊も、にやにやしながら両手をジャックに突きつけました。ジャックが悲鳴を上げても暴れてもおかまいなしです。頭上高くまで見えない手で持ち上げると、そのまま空中を運んで、森の中へ落としてしまいます。

 そこには十数匹の闇の怪物が集まっていました。場所が狭いので、フルートに襲いかかれなくて、金切り声を上げています。そこへ突然一人の人間が降ってきたので、怪物たちは驚きました。たちまちジャックを取り囲みます。

「ニンゲンだ」

「ダガ、黒い仮面をつけてイルぞ。闇の同族ダ」

「でも、ニンゲンだ」

「金の石の勇者ジャないな」

「うまそうだよ。ワタシは腹が減った」

「どうせ、金の石ノ勇者には届かナイ。こっちのヤツで我慢するカ――」

 怪物がジャックに向かって触手を伸ばしてきます。

「よ――寄るな、化け物!!」

 ジャックが両手を突き出して叫びました。迫る怪物が火を吹きます。またすぐに別の怪物が襲いかかってきます。ジャックはそれも燃え上がらせます。

「ジャック!」

 フルートは真っ青になりました。襲いかかってくる怪物の向こうで、ジャックが怪物に取り囲まれています。いくらジャックが炎使いになっていても、とても防ぎきれる数ではありません。何か考えるより早く、フルートは飛び出していました。

「あ、馬鹿、フルート――!」

 ゼンがあわてて手を伸ばしましたが、間に合いませんでした。フルートはジャックに向かってまっすぐ走っていきます。金の石の勇者ダァ! と襲いかかってきた怪物を真っ二つに切り裂き、燃え上がって倒れる屍を飛び越えて、さらに走ります。

「馬鹿者! 罠だぞ!」

 とオリバンはフルートの後を追って駆け出そうとしました。他の者たちも追いかけようとします。ところが、その目の前にまた地割れが走りました。地面が崩れ落ち、太い木が裂け目の中に何本も滑り落ちていきます。

「行かせねえよ。そこで見物してな」

 と地割れ男が笑いながら言いました。

 

 フルートは怪物の群れの中に飛び込みました。炎の剣を振るって次々に怪物を切り倒し、ジャックの隣へ駆けつけます。背後からジャックに飛びつこうとしていた怪物をまた切り捨てます。その気配に、ぎょっとジャックが振り向きました。後ろから敵が迫っていたのに気がつかなかったのです。

 とたんに、フルートと目が合いました。十五になっても小柄なフルートです。大柄なジャックとは頭一つ分以上も身長が違います。兜をかぶっていない頭は、本当に少女のように優しげな顔をしています――。

 そんなフルートを、ジャックは肩で突き飛ばしました。両手は前の怪物に向けながらどなります。

「どうして来た、フルート! 俺は敵だぞ! 助ける必要なんかねえ!」

 フルートはよろめき、かろうじて踏みとどまりました。そこへ襲いかかってきた怪物を、下から剣で貫いて燃え上がらせます。

「放ってはおけないよ! これだけの数は君一人じゃ倒せない!」

「うるせぇ!! 俺には無理だって言うのか!? 俺が勇者じゃないから!? 俺にだってできるんだ! 引っ込んでろ、フルート!」

 けれども、そのジャックの両手に怪物の触手が絡みつきました。ひっ、とジャックが声を上げます。手の自由を奪われて炎の魔法が使えなくなります。

 フルートはジャックの前に飛び出して触手を切り落としました。一瞬の間に、剣を銀のロングソードに持ち替えています。魔力のない剣なので、触手は燃え上がりません。怪物の体はすぐにまた復活しましたが、その隙にジャックは手から触手を振り落とすことができました。

「こ――この! 余計なことするな!」

 とジャックはわめき続けました。悔しさに歯ぎしりさえしています。

「俺を助けるんじゃねえ! 貴様に助けられるくらいなら、怪物に食われた方がマシなんだよ! とっととあっちへ行け――!」

 とたんにフルートが振り向きました。鮮やかな青い瞳に鋭いものがひらめきます。それは怒りでした。少女のようなフルートの顔が、一瞬で怖いほど険しい表情に変わります。

 ぎょっとしたジャックの顎に拳がめり込みました。フルートがいきなり殴ったのです。ジャックの大きな体が吹き飛ぶように後ろに倒れます。

 そこへ襲いかかってきた怪物へ、フルートは左手だけで切りつけました。怪物を牽制してから、ジャックの体を飛び越えてさらに切りかかります。その時にはもう、武器を炎の剣に持ち替えていました。怪物が大きな炎に包まれます。

 ジャックはあっけにとられていました。抑えた手の下で、顎がじんじんと痛んでいます。フルートがこんなに怒る様子を見たのは初めてです。もちろん、フルートに殴られたのもこれが初めての経験でした。

 フルートは剣を構えたままでどなりました。

「絶対に死なせるか!!」

 本当に、普段の穏和さからは信じられないような激しい口調でした。まるで別人を見ているようです。

「君がどう思おうと、そんなのは知るもんか! ぼくは君を死なせない! 絶対に守ってやる!」

 また襲いかかってきた怪物を炎の剣で切り払います。怪物が悲鳴を上げて飛びのき、たちまち火だるまになります。

 ジャックはまた歯ぎしりをしました。握りしめた拳を地面に押しつけてうめきます。

「ちきしょう……ちきしょう……」

 黒い仮面の奥で目は悔し涙にかすんでいました。怪物をにらみつけて炎の魔法を使うことができません。

 

「一人になっても強いじゃねえか、あの坊や」

 と空の上で首領がつぶやきました。フルートはその場に集まっていた怪物の大半を切り捨てて燃え上がらせていました。炎の壁に阻まれて、他の怪物たちが近寄れなくなっています。

 またどこからか謎の声が答えました。

「あいつは守りの勇者だ。誰か守るものがいる時に、最も力を発揮するのだ。手を貸せ。守るものを奪ってやる」

 ふん、と盗賊の首領は笑いました。おもむろに右手を前に突き出します。その手のひらは、フルートの後ろで座り込んでいるジャックに向けられていました。

 とたんに、ユギルの声が響きました。

「勇者殿! 上をご覧ください!」

 フルートが、はっと首領を見上げ、次の瞬間には左腕の盾をジャックの前に差し出しました。その表面で、黒い光が炸裂します。首領が右手から闇魔法の弾を撃ち出してきたのです。

「魔弾だ!」

 とオリバンが声を上げました。

「こんちくしょう! やっぱりおまえが魔王だったんだな! もったいつけやがって!」

 とゼンが地団駄を踏んでわめきます。

 彼らの目の前には地割れが広がっています。前より深く大きな裂け目なので、これを下って越えていくことは不可能です。

 その頭上では二匹の風の犬がぐるぐると旋回していました。下りてオリバンたちを拾い上げ、地割れを越えさせたいのに、まだ彼らを怪物が取り囲んでいるので近寄ることができないのです。背中の少女たちやロキと一緒に、やきもきしながらフルートとジャックを見つめます。

 首領の手から、また魔弾が撃ち出されてきました。黒い光は次々と飛んできて、聖なる盾の上で砕けます。激しい反動は伝わってきますが、弾が盾を撃ち抜くことはできません。

 と、その中の一発がフルートのむき出しの頭を狙ってきました。とっさにフルートは避けましたが、弾は頬をかすめて大きな火傷のような傷を作っていきました。

「フルート!!」

 と仲間たちはまた叫びました。ゼンが大声を上げます。

「頭を守れ、馬鹿野郎! 自分がやばいじゃねえかよ!」

 けれども、フルートは盾の位置を変えません。大きな丸い盾で、ジャックだけを守り続けます。

 すると、魔弾がフルートの顔の真っ正面に飛んできました。どうやってもかわせない場所と勢いです。フルートがはっとしたとたん、淡い金の光が広がりました。顔の寸前で魔弾を砕きます。

 フルートは自分の胸を見ました。金の石が一瞬光ってフルートを守ったのです。今はまた、ぼんやりとした輝きに戻っていますが、フルートの頬の傷もいつの間にか消えてしまっていました。

 金の石が振り絞る力に守られながら、フルートはジャックをかばい続けました――。

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