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第9巻「仮面の盗賊団の戦い」

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第17章 仮面

62.魔王の声

 昼でも薄暗い針葉樹の森。

 そのあちこちによどむ暗がりから、もっと暗い影のようなものが抜け出していました。木陰から、地面の中から、次々と姿を現し、寄り集まるようにして形をはっきりさせていきます。人のようなものも、獣のようなものも、そのどちらとも似ていないものもいます。闇の怪物たちです。

「金の石ノ勇者はココニいるハズ――」

「強い光ガ見えタ。金の光ダ」

「アンナに輝いて見えるのは、金の石の勇者ダケ」

 怪物たちが薄気味悪い声で言い合いながら、あたりをきょろきょろと見回します。剣を手にさらに身構えたフルートへ、ユギルが言いました。

「人の目にはわかりませんが、勇者殿は本当に明るく輝いていらっしゃるのです。遠くからでもはっきりと見える金の輝きです。金の石が力を失ってしまえば、その輝きは隠しようもなく露わになってしまいます」

 フルートは唇をかんで胸の上のペンダントを見つめました。金の石はぼんやりと暗く光っているだけです。闇の目からフルートを隠す力は、もうないのでした。

 闇の怪物たちはますます数が増えていました。すでに二、三十匹が姿を現して、うごめきながらあたりを見回し続けています。

「金の石ノ勇者はドコだ?」

「人間はイル。だが、勇者はどれダ?」

「よくわからないナァ――」

 怪物たちの闇の目には、フルートの放つ光はあまりにまぶしく映ります。周囲の全員まで明るく照らし出されて見えるので、どれが目ざす金の石の勇者かわからないのです。元より頭の良い連中ではないので、外見を見ても、やっぱりなかなか見極めがつきません。

「えェい、面倒! この場にいる人間ゼンブを食ってやる! どれかがアタリだ!」

 と、その場にいる人間たちに無差別に襲いかかっていきます。黒い仮面の盗賊たちまでが怪物に襲われて、悲鳴や大声を上げます。

 

「気をつけろ、ユギル、ゼン」

 とオリバンが聖なる剣を構えながら言いました。

「おまえたちは闇に対抗する手段がない。絶対に捕まるな」

「ちぇ、やっぱり聖なる光の矢がほしいよなぁ」

 とゼンがぼやきながら背中の弓を下ろしました。白い矢羽根のエルフの矢をつがえて、迫ってくる闇の怪物へ放ちます。矢は狙い違わず怪物の目や急所を射抜きますが、怪物は倒れてもすぐにまた傷が治って立ち上がってしまいます。

「ったく、これだ。闇の怪物は生命力が強すぎるぞ」

 とぶつぶつ言いながらも、ゼンは矢を放ち続けました。少しでも怪物を足止めしようとします。

「殿下」

 ユギルが細い指を伸ばして足下の地面を示しました。その場所から突然黒い触手が飛び出して襲いかかってきます。オリバンが剣で切りつけると、リーンと鈴のような音が響き渡って触手が霧散しました。

 フルートは炎の剣を構えていました。迫ってくる闇の怪物へ大きな火の弾を撃ち出します。そうしながら、頭上に向かってフルートは叫びました。

「そのまま空にいて! 絶対に下りてきちゃだめだ!」

 二匹の風の犬に乗ったメールとロキ、そしてポポロが心配そうに地上を見下ろしていたのです。そこへ闇の怪物が長い触手を伸ばしました。ルルの背中からメールやロキを絡め取ろうとします。フルートがまた剣をふるい、触手が燃え上がります。その隙にルルが空の高い場所へ逃げます――。

 

 盗賊たちも一カ所にかたまっていました。闇の怪物は盗賊にも襲いかかってきます。迫ってくる怪物を爆発男が吹き飛ばし、地割れ男が怪物との間の地面を引き裂きます。ジャックも盗賊たちと一緒になって、炎の力で怪物を追い払っていました。

「そら、新入り、ぼさっとするな! そっちから怪物が来るぞ――!」

 とジャックをどなりつけていた蛇男が、突然大声を上げました。思いがけない方向から飛んできた闇の触手に絡みつかれたのです。勢いよく引き寄せられた先にはカエルのような頭の怪物がいました。蛇男の絶叫が怪物の口の中に消えていきます。

「お――お頭ァ!!」

 と盗賊たちは、頭上に浮いている白い仮面の首領に叫びました。

「何とかしてくれ、お頭!」

「あんたが呼んだ怪物で、俺たちまで全滅させられるぞ!!」

 と口々に非難します。

 首領は腕組みして子分たちを見下ろしていましたが、やがて、一言こう言いました。

「おい」

 誰に向かって言ったのでもない、ひとりごとのような声です。それ以上は何もありません。子分たちは眉をひそめ、またいっせいに騒ぎだそうとしました。

 すると、首領が突然また声を上げました。今度は、はっきりとした強い口調で言います。

「間違えるな、闇のものたち! 黒い仮面をつけているのは闇の同族だ! 見極めろ! おまえたちの捜す勇者は、金の鎧を着ているのだ!」

 仮面の盗賊たちは、いっせいにぎょっとしました。フルートたちも、思わず空の男を見上げてしまいます。今まで聞いていた首領の声とは、まったく別人のようだったのです。首領も迫力のあるふてぶてしい声でしたが、こちらの声には、もっと底知れない暗さと残酷さが秘められています。どこか上品そうな響きもあります。

 爆発男は思わず首領を見直しました。彼がまだ鼻男と呼ばれていた頃、隠れ家の首領の部屋から聞こえてきた謎の声だと気がついたのでした――。

 

 響き渡った声に、闇の怪物たちがいっせいに反応しました。まるで縮み上がるように身をすくませ、攻撃の手を引っ込めて、またきょろきょろとあたりを見回し始めます。

「黒い仮面はチガウ? 勇者じゃナイ――?」

「黒い仮面ハ闇の同族。デハ、勇者はドコダ?」

「金のヨロイを着たのが、金の石の勇者。金のヨロイはどこにイル?」

「……闇の怪物たちが言うことを聞いてる」

 ルルの背に乗ったポポロが、茫然とつぶやきました。あれほど無差別に襲いかかっていた怪物たちが、盗賊たちから離れていきます。恐ろしい予感がポポロの背筋を冷たくします。

 ユギルが空の首領を見据えながら言いました。

「魔王ですね――。そこに、魔王がおります」

 

 フルートたちは驚きました。空に浮かんだ首領を見つめ直してしまいます。

「そんな――だが――」

 とオリバンがとまどったように口ごもります。盗賊団の首領は魔王ではない、とユギルは以前言ったのです。どこか近くに魔王が潜んでいるのではないかと目をこらしますが、それらしいものも見えません。

 けれども、ユギルは言い続けました。

「闇が今までになく濃く深くなっております。これは紛れもなく魔王の気配です」

 盗賊の首領は腕組みしたまま、にやにやと笑い続けていました。その顔の上半分をおおう仮面は、乾いた骨のような白い色をしています。流れる血に似た赤い模様が不気味です。

 その首領に、フルートは首のペンダントを外して突きつけました。

「金の石!」

 と叫びます。

 けれども、金の石は濃い闇の中で力の大半を失っていました。フルートの強い呼び声に、かろうじて輝きましたが、それはフルート一人を包むこともできないほど小さな光でした。弱々しくまたたいて、たちまち消えていってしまいます。空に浮かぶ首領には届きません。

「無駄だ無駄だ。闇の怪物に食われてしまえ、勇者ども!」

 と首領が声高く笑いました。また元の声に戻っています。

 闇の怪物たちが彼らに向かってきていました。

「金の石ノ勇者は、金のヨロイ――」

「見ツケタ、あれダ」

「アレが金の石の勇者ダ」

「願い石ヲ持ってイル――」

 フルートは、はっとしました。怪物たちは金の鎧兜のフルートめがけて殺到してきます。狙う勇者を見極めたのです。怪物たちが黒い触手を伸ばし始めます。

 

 フルートは炎の剣を大きく降りました。森の中で炎の弾を破裂させて木々を燃え上がらせ、怪物たちが思わずひるんだ瞬間に、別の方向へ駆け出そうとします。闇の怪物を自分だけに惹きつけようとしたのです。

 ところが、とたんにフルートは鎧の肩をつかまれました。ぐい、と乱暴に引き戻されて、思わずひっくり返りそうになります。

 フルートを捕まえたのはゼンでした。

「だから! おまえ一人で無茶するなって言ってんだろうが、このすっとこどっこい! 離れるな、一緒にいろ!!」

 とものすごい剣幕でフルートを叱りつけてきます。

「まったくだな」

 とオリバンも言い、前に飛び出して、襲いかかってきた触手を切り払いました。

「私から離れたら聖なる剣も届かない。私の剣が届く範囲にいろ」

「勇者殿が一人離れては敵の思うつぼです。冷静におなりください」

 とユギルも言います。

 

 フルートが仲間たちのそばから離れないのを見て、盗賊の首領は舌打ちしました。

 次々と襲いかかってくる闇の怪物を、聖なる剣を持った皇太子が切り倒していきます。地中から襲いかかろうとする怪物は、ことごとく銀髪の占い師に見破られます。フルート自身も魔剣から撃ち出した炎で怪物を撃退しています。

 様子を見て援護に回ろうと動き出した盗賊がいました。フルートたちに奇襲をかけて、怪物が襲いかかる隙を作ろうとします。

 すると、空から警告が響きました。

「気をつけて! 盗賊が来るわ!」

 赤いお下げ髪の小柄な少女が、風の怪物の背中から木陰の盗賊を指さしています。とたんにゼンが矢を放ちました。逃げようとした背中に矢を受けて、盗賊が悲鳴を上げます――。

「おい」

 と盗賊の首領はまたひとりごとのように言いました。

「ちぃと手強いんじゃねえか? もっと怪物は呼べねえのかよ」

 すると、どこからか声がそれに答えました。

「いまいましい魔石が最後の力でこの場を守っているのだ。呼び寄せてはいるが、聖なる力に阻まれて近づけずにいる」

 先の謎の声でした。けれども、やっぱり魔王の姿は見えません。

 盗賊の首領は、またいまいましそうに舌打ちすると、手下の一人を示してどなりました。

「おい! そいつを怪物の中に放り込め!」

 指さされた盗賊が仰天して立ちすくみます。黒い仮面をつけた大柄な男です。

 それは、ジャックでした――。

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