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第9巻「仮面の盗賊団の戦い」

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60.勇者の定め

 吹雪に取り囲まれた中、フルートは青ざめてジャックを見上げていました。ジャックはフルートから奪った金の石をかざし、今度は自分が金の石の勇者だ、と笑っています。フルートの顔が悲しそうに歪みました。

「返して、ジャック」

 とフルートは言いました。ジャックは笑い続けていて耳を貸そうとはしません。フルートはもう一度、前よりもはっきりと言いました。

「金の石を返して。それは君には持てないよ」

 ぎろりとジャックの目が黒い仮面の奥からにらみつけてきました。たちまち笑いやめて、どなり返します。

「ああ、そうとも! 俺はこの石にふさわしくねえ人間さ! 心の醜い悪党よ! だからこそ、この石の力で英雄になってやるんだ! この石さえあれば、俺はどんな怪我も敵も怖くねえ! 死にそうな怪我をしたってたちまち治るし、馬鹿でかい怪物だって倒せるんだからな! 俺は本物の勇者になれるんだ――おまえのように!」

「ジャック」

 とフルートはまた言いました。幼なじみを見上げる目は本当に悲しげでした。

「そうじゃないよ……金の石は勇者を作るんじゃない。ただ勇者を選ぶんだ……。君は金の石の勇者にはなれないんだよ」

 そのことばには限りない痛みがこめられています。フルート自身が背負っている定めの痛みです。けれども、ジャックにはそんなものはわかりません。いきりたってわめき続けています。

「こんちくしょう! おまえばかりにやらせてたまるか――! 俺はおまえ以上の金の石の勇者になってみせる! おまえより勇敢で強くて立派な――そんな勇者にな!!」

 フルートは大きな溜息をつきました。地面から立ち上がります。ジャックはその横顔をいきなり殴り飛ばしました。フルートの小柄な体が吹っ飛んで倒れ、殴られた頬がみるみる腫れ上がっていきます。それでもフルートはまた立ち上がり、静かにジャックへ片手を差し出しました。

「石を返して、ジャック。それを君に持たせるわけにはいかない。金の石の勇者は、君が言うようないいものなんかじゃないんだ。他の誰にも、この役目はさせられないよ――」

 ジャックは思わず返事ができなくなりました。こんな状況でも落ちついて話し続けるフルート。その頬の上を大粒の涙が流れ出していたからです。少女のようなひ弱な顔と姿をしていても、フルートが涙を見せたことは、これまで一度もありません。そんなところがまた気にくわなくて、ジャックは昔さんざんフルートをいじめたのです。初めて見るフルートの涙に、驚きとまどってしまいます。

 そんなジャックにフルートは問いかけました。

「君はみんなのためにすべてを捨てられる――? 家族も友だちも名誉も命も――人としての幸せ全部を捨てて消えていくことができる? 金の石の勇者は、それを求められるんだよ」

 ジャックは何も言いません。言われていることが理解できないのです。あっけにとられたようにフルートを見つめ続けています。

 

 すると、フルートの心の奥底で、女性の声が言いました。

「すべてを捨て、自分の存在を捨てて、世界中の人々を大きな闇から守ることは、金の石の勇者の役目。それがおまえの真の望みか? ならば、その願いをかなえよう」

 願い石の精霊の声でした。輝く紅いドレスを着た女性が心の中に立ちます。フルートはその激しい姿をじっと見つめました。声には出さずに、心の中だけで答えます。

「この役目は他の誰にもさせるわけにはいきません。金の石の勇者はぼくです。それが、ぼくの定めです」

「では、金の石を手に願うがいい。私はおまえの願いを聞き届けよう」

 願い石の精霊は、美しい顔を少しも崩さずに言いました。燃えるような姿なのに、なぜかひどく冷ややかに聞こえる声です。フルートはジャックの持つ金の石へ静かに手を伸ばしました。ジャックが気おされたように後ずさります。

 

 とたんに、フルートの手首が誰かにつかまれました。大人のように大きな手です。しゃがれ声がすぐ隣でどなります。

「どさくさ紛れに何願おうとしてやがんだよ!? 油断も隙もねえヤツだな!」

 フルートは我に返りました。夢から覚めたように隣を見ます。そこにはゼンがいました。金の石を取ろうとしたフルートの手をしっかりと捕まえています。

 すると、ゼンが、ほっと肩の力を抜きました。

「よし、願い石の光が消えたな……。ったく、いきなり赤く光り出しやがって。焦るじゃねえか」

 ロキと一緒に駆けつけてきたゼンは、吹雪の中で赤い光に包まれているフルートを見つけて、大あわてで飛びついたのでした。吹雪が荒れ狂う空へ向かってどなります。

「大丈夫だ、ポポロ! この馬鹿は止まったぞ!」

 フルートはさらに我に返りました。どこからか、少女の泣き声が聞こえていました。ポポロです。離れた場所から魔法使いの目でフルートたちの様子を見守っていたポポロが、心配のあまり泣き出していたのでした。完全に正気に戻った少年は、急に身震いをしました。また願い石の誘惑に負けそうになっていたのです。自分の体を自分で抱いて、背筋をぞっと這い上ってくるものに耐えます――。

 

 その時、馬から下りていたロキが、するりとジャックに近寄りました。あっという間にその手からペンダントを奪い取ります。

「返してもらうよ。これはフルート兄ちゃんのだからね」

 あっ、とジャックがわめいて手を伸ばしましたが、その時にはもうロキは飛びのき、走って逃げ出していました。それを追いかけようとしたジャックをゼンが殴り倒してしまいます。

「ったく。手間かけさせるんじゃねえや、ど阿呆!」

 とゼンはどなり、ジャックの顔から仮面をむしり取ろうとしました。

 ジャックが仮面を手で押さえ、ゼンを蹴り飛ばして両手を向けます。

 フルートは息を呑みました。とっさにゼンに飛びついてかばおうとしますが、その目の前でジャックがにらみつけました。ゼンの全身が激しい炎に包まれます。

「ゼン兄ちゃん!」

 とロキが振り向きました。その背後で、いきなり大きな爆発が起きます。地面が破裂し、ロキの小さな体が吹き飛ばされてたたき付けられます。

「ゼン! ロキ――!」

 悲鳴のように叫んだフルートの周りで、急に吹雪がおさまっていきました。また見通しのきくようになった森の中に、黒い仮面の盗賊たちがいました。破裂した地面のそばにロキが倒れています。そちらへ手を向けているのは、鼻の大きな爆発男です。さっきメールの槍で負傷したはずの右腕を、またまっすぐに伸ばしています。

「ちぃと外したか? 吹雪いてたからな」

 と爆発男が言います。

 すると、彼らの頭上から声が答えました。

「頼りにならねえ連中だな。それだけ雁首揃えながら、これっぽっちの人数も倒せねえのか?」

 白い仮面の男が上空に浮かんでいました。腕組みしたまま子分の盗賊たちを見下ろしています。

 爆発男が頭をかきました。

「面目ねえ、お頭。怪我まで治してもらってよ。今度ァ外さねえぜ」

 すると、盗賊の首領は冷ややかに続けました。

「てめえもだ、『吹雪』。仲間の目までさえぎってどうしやがる。頭を使え、頭を」

 へぇ、お頭、と吹雪使いの盗賊も首をすくめました。今は地割れの向こうにいるオリバンたちの周囲にだけ吹雪を巻き起こして、風の犬がこちらヘ飛んでこられないようにしています。

 

 首領がジャックに目を向けました。やはり少しの暖かみもない声で言います。

「早く金の石の勇者を燃やせ、新入り。ヤツは今、金の石を持っていない。今なら焼き殺せるんだ」

 フルートは青ざめていました。ジャックが立ち上がってフルートに手を突きつけてくるのに動くことができません。見えない手を使う盗賊に抑え込まれていたのです。

「ジャック!」

 とフルートは必死に叫びました。

「やめろ、ジャック! 君は――そんな奴じゃないはずだぞ!」

「そんな奴ってどんな奴だ?」

 とジャックが聞き返してきました。乾いた声で笑います。

「これが俺だぜ。どうせ何をしたって無駄だったんだ。最初からできそこないの乱暴者だったんだからな。その俺が英雄に這い上がろうと思ったら、こんなやり方するしかねえだろうが」

 ジャック! とフルートは必死で叫び続けましたが、ジャックは耳を貸そうとしませんでした。フルートに手を突きつけたまま、にらみつけてきます。ちりっとフルートの周囲の空気が熱くなり始めます。

 ジャックが言いました。

「燃えちまえ。燃えて、俺の前から消えてなくなれ、フルート!」

 けれども――。

 そう叫んだ瞬間、ジャックの声は、今にも泣き出しそうに震えたのでした。

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