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第9巻「仮面の盗賊団の戦い」

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59.跳躍

 吹雪と地割れに閉じこめられ、身動きできなくなった一行は、フルートとジャックがいるはずの場所を見つめ続けていました。ルルがポポロに叫びます。

「ポポロ、見えない!? あの二人は今どうしているの!?」

「ユギル!」

 とオリバンも占者を呼びます。

 ポポロは遠いまなざしで吹雪の向こうを見つめ続けていました。彼女にはフルートとジャックの様子が見えていたのです。会話も聞こえていました。あまりに悲しいやりとりに、涙があふれてきて声が出せません。

 ユギルがやはり遠くを見る目で言いました。

「ジャックは闇に心奪われております。おそらく魔王と接触したのでしょう。心に抱えていた闇につけ込まれたのです」

 一同はまた、はっとしました。

「フルート、逃げろ!!」

 とゼンがどなりましたが、その声は激しい吹雪に吹き散らされてしまいました。彼らはその場から動けません。助けに駆けつけることができないのです――。

 

 すると、ロキが顔を上げ、目を細めて吹雪の中の地割れを見透かしました。

「幅五メートルあまり、深さ……は十メートル以上あるかな。落ちたら、やっぱりやばいか」

 とつぶやきます。メールは思わず振り返りました。

「何を言ってるのさ、ロキ?」

 すると、黒髪の小さな少年は肩をすくめて見せました。

「ううん。グーリーがここにいたら良かったのにな、って思ってただけさ。ひとりごとだよ」

 そして、ロキは近くにいたフルートの馬にすり寄りました。たてがみに手を当ててささやきます。

「こら、コリン、おまえのご主人が危ないんだぞ。こんなところでただ待ってるつもりか?」

 すると、コリンが長い首をかしげました。ちょっとの間、考えるようにロキを見下ろしてから、突然頭を上げて、ヒヒヒン、といななきます。

「ロキ!?」

 と全員は驚いて振り向きました。少年がコリンの背によじ上ったからです。手綱を握り、首筋に身を伏せるようにしながら馬に話しかけています。

「一度下がって全速力。距離は五メートルだ。大丈夫――跳べるさ!」

「馬鹿、よせ!」

 とゼンは思わず声を上げました。確かに、ロキは北の大地で大トナカイのグーリーを自在に走らせ、大きなクレバスも楽々飛び越えていました。けれども、今ロキが乗っているのは大トナカイではなく馬です。しかも飛び越すための助走も十分できない狭い場所なのです。あまりに無謀な挑戦でした。

 けれども、コリンはロキを乗せたまま、地割れのすぐ際まで下がりました。そこからいきなり駆け出して、わずか数メートルの直線を駆け抜け、目の前にまた現れた地割れの上に飛び出していきます。少女たちが思わず悲鳴を上げて目をつぶります――。

 

 大きな蹄の音が、地割れの向こうで響きました。吹雪でかすむ視界の中、コリンが向こう岸に着地していました。ロキの声が聞こえてきます。

「ドーッ、良くやったね、コリン。さあ、兄ちゃんを助けに行こう!」

 コリンがまた走り出し、たちまち吹雪の中に見えなくなっていきます。

「あ……あの馬鹿……!」

 ゼンが顔を真っ赤にしてわめきました。自分も黒星に飛びついてその背中に乗ります。

「追え、黒星! あいつらにできて、おまえにできないわけがねえ!」

 ブルル、と黒星が大きく鼻を鳴らしました。今度はメールが悲鳴を上げました。

「よしなよ、ゼン! 無茶だよ!」

 けれども、黒星もゼンを乗せたまま全力疾走を始めました。コリンと同じ場所で踏み切り、地割れの上を飛び越えていきます。

 ところが、コリンよりも大型の黒星は、体重が重い分だけ飛距離が短くなりました。前足は地割れの向こう岸に届いたものの、後足が割れ目に落ち込み、崩れる岩を蹄で蹴ってようやく這い上がります。

 

「よし、行け!」

 とゼンに言われて、黒星が駆け出しました。じきにロキを乗せたコリンに追いつきます。

 彼らは吹雪の中で一人の盗賊と向き合っていました。オオカミそっくりの顔かたちをした男で、首筋や手は黒い短い毛でおおわれています。

「新入りの邪魔をさせるわけにゃいかねえなァ。ここでおとなしく食い殺されてもらおうか」

 と盗賊が言いました。舌なめずりして残酷に笑った顔の口元から鋭い牙がのぞきます。

 へっ、とゼンも笑いました。好戦的に言い返します。

「そっちこそ、よっぽど命が惜しくねえと見えるな。俺は今、ものすごく気が立ってるんだ。その俺の邪魔をするからには覚悟しとけよ!」

 言うなり剣を抜き、黒星の背中から飛び下りてオオカミ男に切りかかっていきます。男はすぐさま大きく飛びのきました。さらに追って剣を繰り出すと、それもひらりとかわされてしまいます。まるで本物のオオカミのような動きです。

「ぬるいぞ、のろま! そんな剣で俺様が倒せるか!」

 とオオカミ男の盗賊が笑いました。また突き出されてきた剣を横に飛んでかわします。

 ところが、それはゼンの狙いでした。剣で突くと見せかけながら、左から盗賊に拳を繰り出します。逃げ遅れた盗賊は、顔面を殴られて大きく吹き飛びました。その拍子に黒い仮面が外れ、からん、と乾いた音を立てて地面に落ちます。

 

「あっ――!?」

 ゼンとロキは思わず驚きの声を上げました。彼らの目の前で倒れた盗賊の顔が、みるみるうちに変わっていったのです。オオカミのように尖っていた鼻先が縮み、牙が生えた大きな口が普通の大きさに戻っていきます。黒い毛が顔や首や手から消え、ごく当たり前のひげ面の男の顔になってしまいます。

 ロキが地面に落ちた仮面を振り返りました。

「あれだ! あの仮面で変身してたんだ!」

 すると、ひげ面の男が頭を振りながら立ち上がってきました。拳が仮面に当たったので、怪我は負っていなかったのです。ふらつきながらも仮面を拾い上げようします。

「ロキ!」

 とゼンは言って飛び出しました。盗賊を捕まえてまた投げ飛ばしてしまいます。地面にたたき付けられた男が、完全に気を失います。

 その間にロキは仮面に駆け寄りました。コリンに仮面を勢いよく踏ませます。蹄が仮面を真っ二つにしたとたん、黒い霧のようなものがわき起こり、そのまま吹雪の中に散っていきました。霧が消えたとき、仮面はもうどこにもありませんでした――。

「やっぱり」

 とロキが言い、ゼンもうなずきました。

「この仮面が盗賊どもの力の元だな。こいつさえ壊せば、あいつらは元の人間に戻るんだ」

 ということは、ジャックから仮面を奪って壊せば、ジャックも元に戻ることになります。

 ゼンはまた黒星に飛び乗りました。

「来い、ロキ! あいつらを止めるぞ!」

「うん!」

 二人はフルートたちがいる場所を目ざして、また吹雪の中へと駆け出しました。

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