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第9巻「仮面の盗賊団の戦い」

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第16章 裏切り

58.鼻つまみ者

 フルートは茫然と立ちつくしていました。自分に両手を突きつける大柄な盗賊を見つめ続けています。

 一度飛びのいたゼンが跳ね起きました。

「馬鹿! よけろ!」

 とフルートに飛びついて押し倒します。とたんに、すぐ後ろの木立が炎を噴き上げて激しく燃え出しました。炎使いの盗賊がにらみつけたのです。

 駆けつけてきたオリバンが、フルートたちを追い越して炎使いに剣を振り上げました。ルルも一瞬で風の犬に変身して、炎使いに襲いかかろうとします。吹雪はまたやんでいたのです。

 すると、ユギルとポチの声が響きました。

「お待ちを、殿下!」

「ワン! ルル、だめです!」

 叫ぶと同時にポチも風の犬になって、ルルの背中に飛びかかりました。引き止めたのです。オリバンとルルが驚いて振り向きます。

 すると、フルートがゼンを跳ね飛ばして起き上がりました。夢中で叫びます。

「攻撃するな、みんな! あれは――あれは、ジャックだ!!」

 

 一行は愕然として、炎使いの盗賊を見ました。男は他の盗賊たちと同じような服を着て黒い仮面をつけていました。外見だけでは彼らにはそれがジャックかどうか見分けられません。

 オリバンがユギルを振り向くと、銀髪の占者は真剣な顔で答えました。

「あの者の象徴は折れた剣です――勇者殿のおっしゃるとおり、あの盗賊の正体はジャックです」

「術にかかったんだね!? 盗賊の仲間にさせられたんだ!」

 とメールが叫びます。

 すると、リーダー格の爆発男がそれに答えました。

「違うな。こいつは自分から来たんだ。俺たちと同じよ。このすごい力がほしくてな、お頭に忠誠を誓って仲間になったのよ」

 一同はまた驚きました。ジャック!? とフルートが叫びます。

 けれども、大柄な盗賊はまた手を向けてきました。今度の狙いはオリバンです。とっさにオリバンが身をかわすと、すぐそばの藪が火を吹いて燃え上がりました。

「やめろ、ジャック!」

 とフルートはまた叫びました。

「オリバンは君が仕えるロムドの皇太子だぞ! どういうつもりだ!?」

 すると、盗賊が答えました。

「もうそんなことはどうだっていいんだよ。どうせ俺はこういうヤツだ。昔からわかってたはずだぞ、フルート」

 それは確かにジャックの声でした。ひどく冷ややかな口調で言い続けます。

「俺ともあろうもんがまったく馬鹿な真似をしてたよな――。ロムド軍で正義を守る戦士になろうだなんてよ。俺は所詮弱い者いじめしかできねえちんぴらだ。世間の鼻つまみ者だ。俺にはこういう姿が一番ふさわしかったんだよ」

 ジャック!? とフルートは叫んで首を振りました。信じられません。確かにジャックは昔は相当の悪童でしたが、それでも、ある時から自分の生き方を変えてきていたはずなのです。フルートと一緒に魔の森へ金の石を探しに行った、あの時から――。

 ポチも、風の犬の姿でルルを抑えながら、確かめるようにジャックを見ていました。いかにも悪ぶったことを言うジャックから、まったく別の感情の匂いが伝わってきたからです。それは傷ついた心の匂いでした。挫折し、嘆き悲しみ、自暴自棄になっている匂いです。

 

 ジャックがまたフルートに手を突きつけました。黒い仮面の奥からにらみつけてきます。フルートが飛びのくと、はおっていたマントが燃え上がりました。あわててマントを外して投げ捨てます。

 それを見てゼンが飛び出しました。

「この野郎! フルートの幼なじみだろうがなんだろうが俺は容赦しねえぞ!」

 と握りしめた拳を手加減なしでジャックにたたき込もうとします。

 ところが、それにフルートが飛びつきました。ゼンを引き倒して、必死でしがみつきます。

「やめろ、ゼン! だめだ! 彼を殺すな――!」

 叫ぶ声は泣き声のようです。その様子に、他の仲間たちも思わず立ちすくみました。ジャックを攻撃するのをためらってしまいます。

「こりゃあいい」

 と爆発男がにやりとして、ジャックを振り向きました。

「こいつらはおまえにゃ手出しできねえらしいな。ちょうどいい。俺たちの仲間になった証拠に、こいつらをまとめて焼き殺せ。盗賊ってなぁ親兄弟でもあっさり殺せるもんよ。こいつらを殺したら、おまえも晴れて盗賊の一員だ。おい、おまえらも手を出すなよ」

 と居並ぶ他の盗賊たちにも言い渡します。黒い仮面の盗賊たちは腕組みすると、にやにや笑いながら見物を始めました。

 フルートたちは青ざめました。ジャックが自分たちへゆっくりと手をつきつけてくるのを見つめます。

「ワン、ジャック! 目を覚まして――!」

 とポチが必死で叫びましたが、ジャックは手を止めようとはしませんでした。立ちすくむ勇者の一行を火だるまにしようとします。

 

 すると、いきなりフルートが跳ね起きました。ゼンをその場に残して、まっしぐらにジャックへ駆け寄っていきます。

「フルート!!」

 と仲間たちは叫びました。ジャックが、飛びかかってきたフルートに両手を押し当て、恨みを込めた目でにらみつけたのです。たちまちフルートの全身が炎に包まれます――。

 けれども、次の瞬間、フルートの体から火が消えました。淡い金の光が炎をちぎっていったのです。兜をかぶっていなかった顔がただれていましたが、それもたちまち治っていきます。金の石の力でした。

「くそ!」

 とゼンは猛烈な勢いで飛び出しました。ジャックに駆け寄って思いきり殴り飛ばします。大柄な体が何メートルも吹き飛んで地面にたたき付けられ、血を吐いて動かなくなります。

 ちっ、とゼンは自分の拳を見つめました。急所を殴って殺すつもりだったのに、寸前で思わず手加減してしまったのです。ジャックはまだ息があります。

 すると、フルートがまたジャックへ走りました。その手には金の石のペンダントが握られていました。倒れているジャックに石を押し当てます。

「馬鹿野郎、フルート! そんな裏切り者、助けるんじゃねえ!」

 とゼンはわめき、駆け寄ってジャックにとどめを刺そうとしました。

 すると、その目の前でいきなり地面が崩れました。あっという間に巨大な裂け目ができて、フルートとゼンの間を隔ててしまいます。

 盗賊の一人がにやにやしながら言いました。

「俺の仕業だぜ、坊主。地割れを起こす能力なんてなァ、下手すりゃ仲間まで巻き込むからなかなか使えなかったんだが、ようやく出番が来たな」

 そのことばに誘われるように、さらに地割れが伸びていきました。ゼンの目の前だけでなく、オリバンや他の仲間たちのいる周りにも広がり、その外側へ出られないようにしてしまいます。

 フルートの金の石がジャックの怪我を癒していました。倒れたまま動かなかった体が身じろぎをします。と、その太い腕が動きました。ペンダントを握るフルートの手首をつかみます。

「フルート!」

 とルルは自分を抑え込んでいたポチを跳ね飛ばしました。ごうっとうなりを上げて空に舞い上がり、フルートの元へ駆けつけようとします。

 ところが、とたんに吹雪が巻き起こりました。あたりが真っ白になって何も見えなくなります。ルルとポチは大あわてで犬の姿に戻りました。吹雪使いの盗賊の仕業でした。風の犬になって地割れを飛び越えていくことができません――。

 

 吹きすさぶ雪の中、ジャックは倒れたまま、フルートの右手を捕まえていました。激しい吹雪は白い闇のようにあたりを閉ざしています。フルートの仲間も他の盗賊たちも姿がまったく見えません。

 金の石はジャックの怪我を完全に癒していました。ジャックは黒い仮面の奥からフルートを見上げています。その目がつらそうに細められたことに、フルートは気がつきました。

「ちきしょう――」

 とジャックは言いました。うめくような声です。フルートをつかむ手に力がこもります。

「おまえは――おまえは、いつだってこうだ――。どんな悪党だって、どうしようもないヤツだって、許して助けやがるんだ――。立派だよな。素晴らしいよな。勇敢で、優しくて、正しくて――。どうしてそんなに立派なんだよ!? なんでそんなふうでいられるんだ!? 俺は――俺は、どうやったって、おまえみたいに立派になれねえのに!!」

 フルートは目を見張りました。

「ジャック……」

 とつぶやきます。彼が自分をこんなふうに見て、こんなことを考えていたとは、今の今まで想像もしていなかったのです。

 すると、その右手からジャックがペンダントをむしり取りました。小柄なフルートを跳ね飛ばして立ち上がります。

「見ろ! 金の石だ!」

 とジャックはペンダントをかざしてどなりました。

「これさえあれば、俺だって英雄だ! 俺だって立派になれるんだ! 今日からは、この俺が金の石の勇者だ!!」

 そう言って、ジャックは大声で笑い出しました――。

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