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第9巻「仮面の盗賊団の戦い」

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56.能力

 盗賊の奇声と同時に、突然吹雪が巻き起こりました。あたりが真っ白な雪と風に閉ざされます。ポチとルルは風の体を吹き散らされそうになって、あわてて犬の姿に戻りました。

「ワン、吹雪の盗賊だ!」

 と風に混じる匂いをかいでポチが言います。

 他の仲間たちも吹雪の中で一カ所にかたまっていきました。ユギルが悔しそうに言います。

「申し訳ございません。敵が闇の中に潜んでいたので、囲まれていることに気づきませんでした――」

 その長い銀の髪は風に激しく吹き乱されています。

 フルートは吹雪の向こうに盗賊の姿を見透かそうとしながら言いました。

「ぼくらが三人の盗賊と戦ったせいです。いくら金の石がぼくらを隠してくれていても、敵と戦ってしまったら居場所がわかるから、盗賊の首領が手下を送り込んできたんです」

「ちくしょう。この風じゃ矢は使えねえ」

 とゼンが弓を背中に戻しました。怪我の治った黒星がすぐそばにいましたが、その背に乗ろうとはしません。身構えたまま、また拳を握ります。

「ゼン?」

 フルートは不思議そうに振り向きました。友人が妙に殺気だった気配をさせていることに気づいていたのです。ゼンは目を合わせず、ただ敵のいる方向をにらみつけています――。

 

 その時、吹雪の中からひゅっと音がして、ポポロが悲鳴を上げました。長く太い鞭が飛んできて、ポポロに絡みついたのです。少女の小柄な体を馬の上から奪い去ろうとします。

「ポポロ!」

 フルートは即座に反応しました。ロングソードで鞭を断ち切り、落ちてきたポポロを、もう一方の腕で受け止めます。

 とたんに男の悲鳴が響き、しぶきが彼らに降りかかりました。フルートとポポロはぎょっとしました。吹きつけてくる雪の中、しぶきは驚くほど鮮やかな紅い色をしていたのです。

 と、次の瞬間、ポポロがものすごい悲鳴を上げました。

「いやっ!! いやぁぁぁっ……!!!」

 絡みついていた鞭を払い落としてフルートに飛びつき、そのまま泣き出してしまいます。

 地面に落ちたものを見て、フルートはまた愕然としました。それは鞭ではありませんでした。異様なほど長く伸びていましたが、血にまみれた人間の片腕だったのです。

「腕が伸びる盗賊か!?」

 とオリバンも驚きました。以前、同じような盗賊を一人倒していたのです。同じ能力の盗賊が他にもいたのか、と考えます。

 すると、今度はメールの後ろでロキが叫び声を上げました。体に黒い糸の束のようなものが絡みついています。メールがとっさにロキを捕まえ、奪い去られないように抱きかかえます。そのメールにも黒い糸が絡みつきます。

「この――!」

 とゼンがショートソードを抜いて切りかかりました。ざくりと音を立てて糸の束が断ち切られます。力を失ってばらばらになった糸を見て、メールが声を上げました。

「これ、髪の毛だよ! 人の髪の毛だ!」

 オリバンはまた驚きました。それも前に倒した盗賊と同じ能力だったのです。ユギルを振り向きます。

「以前の奴らとは別の盗賊なのだな!? 連中が生き返ったとか――そういうことではないのだな!?」

「象徴が違います」

 とユギルは答えました。そうしながら、自分に絡みつこうとする髪の毛をかわしています。

「それに、先の盗賊の髪は赤毛でした。こちらは黒髪です」

 オリバンは自分に向かってきた髪の毛を断ち切りました。確かに髪の色は違います。別の盗賊なのです。が――なにかひどく胸騒ぎがしていました。戦士としてのオリバンの本能が、大きな危険を知らせてきます。

 そこへフルートが飛び込んできました。蛇のように伸びてくる髪の毛に向かって、大きく剣を振ります。

 とたんに、炎の弾が飛び出して髪が燃え上がりました。炎が髪伝いに吹雪の中を走っていくのが見え、次の瞬間、また大きな悲鳴が上がります。髪の毛の炎が盗賊の体に燃え移ったのです。吹雪の壁の向こうで人が転げ回る気配がします。

 フルートがユギルとオリバンの前で息を弾ませていました。炎の剣を握りしめたまま、盗賊の悲鳴に大きく顔を歪めています。本当に、今にも泣き出してしまいそうに見える表情です――。

 

 すると、ユギルがまた言いました。

「ご注意ください! 盗賊たちが姿を現します!」

 一同は身構えました。オリバンとユギル、メールとロキは馬の上、フルート、ゼン、ポポロ、そして二匹の犬たちは地面に立っています。フルートが素早く自分の後ろにポポロをかばいます。

 降り始めと同じように、突然雪がやみました。風も止まり、たちまち周囲が見え始めます。

 フルートたちはいっそう緊張しました。吹きつける雪に白く変わった森の中、十数人の黒い仮面の男たちが、ぐるりと自分たちを取り囲んでいたのです。手に手に刀や武器を持っています。中にはオオカミや虎といった猛獣に似た姿に変身している男たちもいます。

 すると、盗賊たちの後ろで一人の男がわめきました。

「こ――殺せ! そいつらを皆殺しにして、切り刻め! ちきしょう、よくも!」

 男は仮面をしていませんでした。顔が赤く焼けただれています。フルートの剣で炎を食らった髪の毛の盗賊だったのです。

 フルートが盗賊に向かってまた剣を振りました。炎の弾が飛んでいきます。けれども、それは林立する木の幹で破裂しました。木が燃え上がりますが、素早く逃げた盗賊たちには当たりません。

 仮面の下から高い大きな鼻をのぞかせた盗賊が声を上げました。

「行け! 連中を皆殺しにするんだ!」

「ワン、鼻の盗賊だ」

 とポチが言いました。どうやらこの男が今いる盗賊たちのリーダーのようです。

 とたんに、彼らの背後でずるり、と動く気配がしました。はっと振り向くと、地上を這うようにして一人の盗賊が迫っていました。人の動きではありません。細い体がまるで蛇のようにくねっています。あっというまにすぐそばまで迫ってきたと思うと、顔を上げて、にやりと笑います。仮面からのぞいているのは、まだらのうろこにおおわれた、蛇そっくりの顔でした。

 ユギルは目を見張りました。

「蛇の盗賊……ですか?」

 蛇の盗賊は自分が倒したのです。殺しはしませんでしたが、頸椎(けいつい)にダメージを与えて、もう二度と戦えないようにしたはずなのに……。

 けれども、次の瞬間、ユギルは気がつきました。この蛇の盗賊も、先の男とは別人です。ただ同じような能力を使っているのです。

 蛇男がポポロに飛びかかってきました。口を大きく開けてかみつこうとします。その口の中には、黄色い毒をしたたらせる二本の牙があります。

 フルートはとっさにポポロをかばい、剣で切りつけました。鋭い太刀筋です。けれども、それより早く蛇男は身をかわし、またずるりと地面を這いました。今度はオリバンの馬に飛びつきます。

「殿下!」

 とユギルが叫びましたが間に合いませんでした。蛇男は馬に牙を突き立て、オリバンが剣をふるったときには、もう素早く飛びのいてしまっていました。オリバンの馬がいななき、どうっとその場に倒れます。オリバンが鞍から飛び降り、かろうじて馬の下敷きから逃れます。

 フルートはあわててそこへ駆け寄りました。首からまたペンダントを外して馬を助けようとします。が、金の石を押し当てようとしたフルートの手が止まりました。オリバンの馬は血の泡を吹いて、すでに絶命していたのです。本当に一瞬のことでした。

「なんということだ――」

 とオリバンがうめきます。

 

 その時、誰かがいきなりユギルを馬の上から突き飛ばしました。後ろ向きで地面に落ちたユギルにのしかかり、抑え込んで動けなくします。

 ユギルは驚きました。敵の姿が見えないのです。気配もしませんでした。はっと盗賊たちを振り向くと、一人の男が自分に向けて両手を突きつけているのが目に入りました。

「力の盗賊――!」

 と言いかけたユギルの首に見えない手が回りました。すさまじい力がかかり、たちまち息が詰まります。

「ユギル!」

 とオリバンが駆けつけましたが、見えない手を引きはがすことができません。ユギルの浅黒い顔が、みるみる血の気を失っていきます。

 すると、そこへフルートがまた来ました。手を突きつける盗賊とユギルの間に飛び込み、盗賊に向かって盾をかざします。魔法を跳ね返す力を持つ盾です。たちまち闇魔法の力がさえぎられ、ユギルの首から見えない手が外れました。ユギルが咽に手を当てて激しくあえぎます。

 

 けれども、ほっとする暇もなくゼンとメールの声が響きました。

「危ねえ!」

「みんな、気をつけな!」

 数人の盗賊たちが、いっせいに彼らに飛びかかってくるところだったのです。オオカミや虎、蛇と言った野獣の姿の盗賊たちです。ゼンがショートソードで防ぎ、メールが馬上から長い槍で追い払います。オリバンとフルートも、すぐさま剣で戦い始めます。

 すると、今度はオリバンが見えない手に捕まりました。猛烈な勢いで近くの立木にたたきつけられます。

「オリバン!」

 フルートがまた駆けつけ、見えない手を盾で跳ね返しました。その場に崩れるように倒れたオリバンに、大あわてで金の石を押し当てます――。

 

 その時、ようやく身を起こしたユギルが、はっとしたように顔を上げました。冷たい汗に濡れた頬には、長い銀の髪が幾筋も貼り付いています。そのまま色違いの瞳を盗賊たちに向け、そうか……とつぶやきます。敵がなぜ、以前倒した盗賊と同じ能力を使ってくるのかわかったのです。

 ユギルは声を上げました。

「盗賊たちは特殊能力を受け渡すことができます――! それぞれに定められた能力ではないのです!」

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