「やってまいりましたね」
ふいにユギルが馬の手綱を引いて言いました。青と金の色違いの瞳を、じっと行く手の森に向けています。
同じ方向を見つめながら、ポポロも言いました。
「闇の気配よ……まだよく見えないけど、きっと盗賊団だわ」
「ワン、武器と仮面の匂いがしてきましたよ」
「染みついた血の匂いもね」
とポチとルルも言います。
一行はすでに半日以上、森の中を南東に向かって進んでいました。盗賊の隠れ家の山に近い場所まで来ていたのでした。
「隠れながら近づいてやがるな……首筋がちくちくするぜ」
と言いながら、ゼンが背中からエルフの弓を下ろしました。
「ちょっと。こんな木の多い場所で矢が撃てるのかい？」
そう言うメール自身は、すでに槍を握って、先端のおおいも外してしまっています。ゼンが、へっと笑いました。
「俺は森の中で猟をしてるんだぞ。姿さえ見えたら、間違いなくこの矢をお見舞いしてやるさ」
「どっちから来るんだろう。わからないや」
とロキが目をこらしながらつぶやきました。闇の民から人間に生まれ変わった少年には、周囲の森は今までとまったく変わりなく見えていたのです。フルートがユギルと同じ方向を見ながら答えます。
「前からだよ……鳥の声が聞こえなくなった」
森の中でさえずっていた鳥が急に鳴きやんだのです。オリバンも言います。
「二人以上いるぞ。油断するな」
とたんに、ユギルとポポロが声を上げました。
「出ます！」
「そこ！」
二人が指し示したのは、行く手の森ではなく、彼らのすぐ足下の地面でした。冬でも葉を落とさない針葉樹がうっそうと影を落としています。その影の中から突然、仮面をつけた男が飛び出してきたのです。ひょっほほう！ と奇声を上げます。驚いた馬たちが後足立ちになります。
「高飛びの盗賊だ！」
とオリバンが馬を抑えながらどなりました。
「影から出てきた！」
と先に体勢を取り戻したフルートが馬と飛び出しました。頭上から切りかかってくる盗賊に左手を挙げ、盾で盗賊の剣をがっちり受け止めます。
ひょぉぉ！ と高飛びの盗賊は声を上げ、フルートの馬の背を蹴ってまた飛び上がりました。
「なかなかやりゃァがる。この奇襲が失敗するとはなァ」
と言うと、再び空から切りかかってきます。今度は何も武器を持っていないユギルを狙っています。銀髪の青年はその場から動きません。
「ユギル！」
とオリバンが駆けつけようとした時、盗賊の左胸に白い羽根のついた矢が突き立ちました。たちまち盗賊が地面に落ちます。
「ゼン！？」
フルートは驚いて友人を振り向きました。ゼンがためらうことなく矢を敵の急所に撃ち込んだのです。今までになかったことでした。
けれども、ゼンはもう次の矢をつがえていました。
「ダメだ、こいつ何か着てやがる！ 刺さってねえ！」
ゼンの言うとおり、地面に落ちた盗賊は、次の瞬間にはまた頭上高く飛び上がっていました。片手で胸に突き立った矢を抜いて捨てます。
ゼンは今度はその頭に狙いをつけて矢を放とうとしました。歯を食いしばって弓弦を引き絞ります。ところが、ユギルがまた叫びました。
「ゼン殿、後ろです！」
声と同時に、ゼンの馬が背後に落とす影から何かが飛び出してきました。三日月形に曲がった刃に鎖がついた武器――鎖鎌（くさりがま）です。ゼンは、とっさに馬の横腹を蹴ってかわそうとしましたが、影も一緒に移動するのでかわせません。鎌が弧を描きながら襲いかかり、馬の横腹をざっくり切り裂きました。馬が悲鳴のようにいなないて倒れ、ゼンが地面に投げ出されます。
「ゼン！ 黒星――！」
フルートは即座に駆けつけました。鎖鎌はまた影の中に戻って、どこにも見えなくなっています。地面に落ちたゼンが跳ね起きました。
「俺は大丈夫だ！ 黒星を頼む！」
馬は横腹に大きな傷を負っていました。内臓まで届く深手です。フルートは急いで首からペンダントを外すと、金の石を馬に押し当てました。たちまち血が止まって傷が治っていきます……。
すると、今度はポポロの声が響きました。
「フルート！ 危ない！」
倒れた馬が作る影から、また鎖鎌が飛び出してきたのです。フルートは、とっさに黒星の上に身を投げ出しました。体で馬を守ろうとします。鎌がフルートの鎧に跳ね返されて、また影の中に戻っていきます。
「気をつけろ！」
とオリバンが叫びました。
「こいつらは影の中から攻撃して、また影に逃げ込むのだ！」
気がつけば、高飛びの盗賊も姿を消していました。影の中に飛び込んでしまったのです。
「他にも盗賊が隠れておりますね……。その者が影から仲間たちを送り込んでいるのです」
とユギルは森の中を見渡しました。この世にはないものを見る目で、もう一人の盗賊を捜し出そうとします。
すると、フルートの馬の籠からポチが身を乗り出しました。
「ワン、でも、こいつらは闇の中に隠れてるわけじゃないですよ。すぐ近くで匂いがしてます」
「そうね、森の中に隠れているわ。匂いをたどればわかるわね」
とルルもポポロの馬の籠から言い、次の瞬間、二匹の犬は風の犬に変身しました。ごうっと風の音を立てて舞い上がり、一つの方向へ突進していきます。
「ワン、見つけた！ あそこだ――！」
とポチが言ったとたん、ルルが先に飛び出しました。風の体をひらめかせ、行く手の森の木を数本まとめて切り倒します。ふたかかえもある巨木が地響きをたてて倒れると、陰から三人の盗賊が姿を現しました。高飛びの盗賊と、鎖鎌を手にした盗賊、そして、初めて姿を見る小太りの盗賊です。
小太りの盗賊が舌打ちしました。
「なんて連中だ――！ おい、行け、二人とも！」
とたんに高飛びと鎖鎌の二人の盗賊が見えなくなりました。穴に飛び込むように、足下の影の中へ消えていったのです。次の瞬間、ユギルとポポロがまた声を上げます。
「殿下！」
「ゼン！」
オリバンの馬の影から高飛びの盗賊が飛び出し、ゼンのすぐそばの影から鎖鎌がまた襲いかかってきました。オリバンとゼンが、とっさに身をかわします。
「ウォン！！」
ポチは激しくほえて影使いの盗賊に飛びかかりました。押し倒し、風の牙でかみつくと、小太りの影使いが悲鳴を上げます。
すると、ゼンのすぐそばに盗賊が姿を現しました。影使いが襲われたので、それ以上影に隠れていられなくなったのです。ゼンに向かって鎖鎌を鋭く振り回します。
そこへ、ぶんとうなりを上げて槍が繰り出されてきました。延びる鎖を勢いよくたたき、鎖鎌を槍の柄に絡め取ってしまいます。軍馬に乗ったメールでした。片手で手綱を握り、もう一方の腕で槍を抑え込んでいます。
「今のうちだよ、ゼン！ 行きな！」
「おう！」
とゼンは飛び出すと、ぴんと張った鎖をつかんで勢いよく引っ張りました。鎖の端を握っていた盗賊がよろめき出たところへ、容赦のない拳を食らわせます。血反吐（ちへど）を吐いて盗賊が吹っ飛びます。
その有り様に高飛びの盗賊が上空で舌打ちしました。
「ほんとにまァ、とんでもねえ連中だ。お頭に知らせねえとな」
と戦いを放棄して隠れ家へ飛び戻っていこうとします。
そこへ、風の犬のルルが、ごうっと飛んできました。
「行かせないわよ！」
と一声叫ぶと、空から盗賊をたたき落としてしまいます。そこへオリバンが馬で駆け寄り、剣を振り下ろしました。絶叫と共に盗賊の首が飛びます。
黒星を金の石で癒しながら、フルートはそんな戦いの様子を見ていました。まるで自分自身が傷つき痛めつけられているように、顔を大きく歪めて唇をかんでいます。優しいその顔は、今にも泣き出しそうに見えます。
そして、そんなフルートを、少し離れたところからゼンが見ていました。明るい茶色の瞳が細められて、ほの暗い色を帯びます。
ゼンは皮肉な笑い顔で鎖鎌の盗賊を眺めました。まだ息はありますが、倒れたまま動けなくなっています。ゼンはまた拳を握りました。盗賊の顔にとどめの一撃をめりこませようとします――。
ところが、その時ユギルの声がまた響き渡りました。
「新たな敵です！ 囲まれております！」
彼らの周囲から、いよっほほほぉ！ と盗賊の奇声がわき起こりました。
