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第9巻「仮面の盗賊団の戦い」

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第15章 深林

54.進路

 勇者の一行は、仮面の盗賊団の隠れ家めざして、森の中を馬で進んでいきました。

 先頭は黒い服の上に灰色のマントをはおった占者ユギルです。暗い針葉樹の森の中でも、長い銀の髪は輝いて見えます。

 続くのは、大柄なロムドの皇太子のオリバン。いぶし銀の鎧兜で身を包み、腰には大剣と聖なる剣を下げています。まだ隠れ家まではだいぶ距離がありますが、油断のない目を周囲へ向け続けます。

 そこに、金の鎧兜のフルート、赤いお下げ髪のポポロ、ロキを後ろに乗せたメール、しんがりにエルフの弓矢を背負ったゼンが続きます。フルートの馬の籠にはポチが、ポポロの馬の籠にはルルも乗っています。

 冬の森は下生えもほとんどなく、馬で進むには楽でしたが、モミや杉、松の巨木がどこまでも続いていて、まったく先の見通しがききません。ここはロムド国の北部をおおう森林地帯の真ん中です。広大な木々の海は、方向を見失えばそのまま二度と外に出られなくなる、天然の迷路でした。

 

 けれども、その中をユギルはためらいもなく進み続けました。仲間たちも当然のようにそれに続きます。先の見えない森がますます深くなっていっても、誰一人不安がる者はありません。

「わたくしたちは、盗賊の隠れ家にまっすぐ向かっております。あと半日ほどで到着いたします」

 とユギルが言うと、オリバンが答えました。

「半日とはけっこうな距離があるな。ここはすでに北の街道からかなり離れた場所だ。そんな奥まった場所から、街道沿いの町や村に襲撃を繰り返していたのか」

「盗賊団の首領は闇を自在に操ります。自分たちの隠れ家から闇の出口を街道のそばに開き、盗賊たちを送り込んでいたのです。ワルラ将軍たちが街道沿いの森を調べても発見できなかったのは当然でした」

 その話を聞いたロキが心配そうな顔になりました。

「じゃあ、首領が闇の出口をこの近くに開く可能性もあるよな? 隠れ家まで距離があったって、いきなり盗賊たちが襲ってくるかもしれないんだ」

 すると、ゼンが笑いました。

「なんだ、怖くなったのか? こっちにはユギルさんがついてるんだぞ。俺たちに不意打ちなんかできるかよ」

 そんなふうに絶対の信頼を寄せられて、ユギルは微笑しました。

「おそれいります、ゼン殿。――ですが、わたくしの占いも完璧ではございません。深い闇の中は読み取ることができないので、すぐそばに盗賊たちが現れるまではわからないのです。油断はなさらないようにお願いいたします」

「ワン、ぼくたちも一緒に警戒しますよ」

 とポチが尻尾を振れば、ルルも得意そうに頭を上げて言いました。

「私たちは犬だもの、鼻はきくわ。盗賊たちは仮面と武器の匂いをさせているから、すぐにわかるわよ」

「闇の気配も漂わせているから、出てきたら、あたしにもわかります――」

 と言ったのはポポロでした。とても緊張した表情をしています。

 メールが苦笑しました。

「そんなに気負っちゃダメだよ、ポポロ。隠れ家に着くまでに疲れちゃうじゃないか」

 すると、フルートが穏やかに口を開きました。

「途中で襲撃される危険はないと思うな……。金の石がぼくたちを闇の目から隠しているんだ。いくら闇を操る首領でも、ぼくらの居場所がわからなかったら、盗賊を送り込んでくることはできないさ。隠れ家が近くなって、盗賊たちが直接ぼくらの姿を見つけるようになるまでは、とりあえず心配しなくて大丈夫だよ」

 なるほど、と仲間たちは納得しました。なんとなく、全員の肩から少し力が抜けます。

 

 森はどこまでも続き、大きな針葉樹がそそり立つ光景だけがいつまでも目の前に広がります。相変わらず、その先の見通しはききません。

 一行はしばらく黙って馬を進めていましたが、やがて、退屈になってきたゼンが、また話し始めました。

「よお、あの盗賊どもだけど、ずいぶん倒したつもりだったのに、まだけっこうな人数が残ってたよな。どんな盗賊が生き残ってるか、わかるか?」

「どんな能力のヤツがいるか、ってこと?」

 とメールが聞き返します。

「ああ。炎使いとか爆発男とかいたよな」

 するとオリバンが言いました。

「炎使いなら私が倒した。見えない手で抑え込んでくる力使いの盗賊もだ。どちらも、その後、霧のような怪物に食われて跡形もなく消えてしまった」

「はぁん。あいつら死んだのか。じゃ、もう用心しなくていいな」

「爆発男も死んだよ」

 と言ったのはロキでした。

「盗賊の隠れ家でさ。首領に口答えして殺されたんだ。おいら、ちっちゃいロキの時に見たぜ」

「じゃあ、爆発男ももういないんだね。他の盗賊は――?」

 と言ったメールに、ユギルが静かに答えました。

「殿下は他にも大勢の盗賊を倒されました。腕が伸びる盗賊、髪の毛を操る盗賊、巨人に変身する盗賊、ナイフ使いの盗賊、高飛びの盗賊……それ以外にも、能力のよくわからないまま殿下に倒された盗賊は何人もいます」

「ワン、吹雪使いの盗賊にはとどめは刺せませんでした」

 とポチが言いました。

「ゼンの矢と風の牙で深手は負わせたんですけど、最後のところで吹雪を起こされて、逃げられちゃったんです」

「獣みたいな姿に変身する盗賊たちもずいぶん生き残ったはずよ。途中でテナガアシナガの怪物が乱入してきたから、やっぱり、どの敵にもとどめを刺せなかったの」

 とルルも言います。

「巨人に変身する盗賊はもう一人いたけど、これはロムド兵たちで協力して倒した、って聞いたわ」

 と言い添えたのはポポロです。

 ふーむ、と一同はうなりました。

「ということはだ、用心しなくちゃならねえような連中は、あらかたいなくなったわけだな?」

 とゼンが言ったので、フルートは首をひねりました。

「それはどうかな? どんな盗賊でも、その能力は甘く見られないよ。直接攻撃はできなくても、仲間同士で組んで力を発揮してくるんだから」

「ワン、そうですね。鼻のいい盗賊なんかは、遠くからでもぼくらを見つけられるみたいだし」

 とポチが言い、全員はまた考え込んでしまいました。そのまま、なんとなく沈黙になってしまいます。

 

 すると、オリバンが急に馬の頭を巡らしました。

「少しの間、先頭を頼むぞ」

 とフルートに言い残して最後尾へ行き、けげんそうな顔をするゼンを引き止めて、先を行く仲間たちとの間に距離をとりました。

「他の者には聞かせたくない話だ。特にフルートにはな――」

 ゼンは目を丸くしました。

「なんだよ?」

 すると、オリバンはゼンが背負っている弓矢を示して言いました。

「おまえのその武器は人を殺せるか?」

 ゼンはますます驚いた顔になりました。

「殺せるかって、そりゃ急所に当たりゃ――」

「だが、おまえはいつも急所をわざとはずしている。フルートと同じだ。おまえも敵が人間ならば殺さないようにして戦っているのだ」

 ゼンは表情を変えました。憮然となってオリバンをにらみ返します。

「甘いって言いたいのかよ? 俺だって必要なら本気になるさ。ただ、あいつがそういうのを嫌がるからよ――」

 と先頭を行く金の鎧の少年を見やります。

「では、今回は本気になれ」

 とオリバンが言いました。重々しい声です。

「今回我々が戦っているのは盗賊だ。フルートが一番苦手としている『人間』なのだ。あいつは絶対に戦えなくなる。敵を殺すなど論外のことだ。まったく甘いとしか言いようがないが、それがあいつだからどうしようもない。おまえが本気にならなければ、あいつは間違いなくこの戦いで死ぬぞ」

 ゼンは、すっと表情を消しました。黙ってオリバンを見上げます。ロムドの皇太子は厳しいほどに真剣な顔をしていました。

 

「わかった」

 とゼンは低く答えました。

「俺が一番やりたいのは、あいつの命を守ってやることだ。そのためになら、迷わず敵の心臓に矢をたたき込んでやる。この拳が血に染まったって後悔しねえさ」

 と自分の右手を握りしめて、それを見つめます。熊さえ殴り殺す怪力の拳です。

 オリバンは黙って目を上げ、先を行くフルートを見ました。金の兜からのぞいている横顔は、本当に、少女と見間違いそうなほど優しい顔立ちをしています――。

 思わず短い溜息をついたオリバンを、ゼンがまた見上げました。

「大丈夫だ。俺たちは絶対にあいつを死なせたりしねえよ」

 そう言ってゼンが顔に浮かべた微笑は、まるで大人のようなほの暗さをまとっていました。

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