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第9巻「仮面の盗賊団の戦い」

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52.行方不明

 ジャックの行方を聞かれて、フルートはとまどいました。

「昨日の夕方、ジャックとは陣営の中で会いました。でも、その後どこへ行ったのかは――」

 言いながら、フルートはジャックがひどく不機嫌でいたのを思い出しました。ちょうど、魔の森へ金の石を取りに行った時のように、フルートにひどく対抗意識を燃やしていたのです。今までずっと、口癖のように「おまえは本当に嫌なヤツだ」と言いながらも、フルートにそれなりの理解を示してくれていたのに、昨日はそんな雰囲気もありませんでした。

 どうしたんだろうか? とフルートは改めて考えて、心配になってきました。けれども、いくら考えても思い当たることはありません。ジャックがどこへ行ったのかもわかりません。

 すると、そんなフルートを見てユギルが言いました。

「彼の行方を占ってみましょう。ゼン殿、水を一杯いただけますか?」

「水か?」

 ゼンが素焼きのカップに水を注いでユギルに渡しました。それを目の前の地面に置いて水面が静まるのを待ちながら、占者は言いました。

「占盤は天幕に置いてきてしまったので、これで簡単に占ってみます。あまり遠い場所や深いところは占えませんが、陣営の近辺なら見ることができます」

「水鏡の占いかぁ! ユギルさんって何ででも占えるんだな、すごいや!」

 とロキが感心した声を上げました。ユギルは、ちょっとほほえみ返してから、また静かな目をカップの水に向けました。そこに象徴を映して読み出そうとします。

 ところが、やがてユギルの顔は不思議そうな表情になりました。細い指でそっと水面に触れて小さなさざ波を起こし、それが静まる様子をまた、じっと見守ります。不思議そうな表情が、真剣な表情に変わっていきます――。

 

「彼の象徴がどこにも見当たりません」

 とユギルが言ったので、全員はぎょっとしました。

「まさか――ジャックは死んだんですか!?」

 とフルートが思わず叫んでしまいます。

 ユギルはさらに深いまなざしで水面をのぞき続けました。

「いいえ……占盤ほどはっきりは見えませんが、そのような痕跡も見当たりません。昨日から今朝にかけて、陣営の中で人が死んだ様子はありませんので。ただ、彼の象徴がどこにも見当たらなくなっています。彼の象徴は折れた剣です。なぜそんな物で表されるのかは存じませんが。それが、まるでどこかへ奪い去られたように消えております」

 全員は思わずことばを失いました。

 軍から姿が見えなくなった、と聞けば、真っ先に疑われるのは隊からの脱走です。けれども、占者のことばは、ジャックが逃げ出したのではなく、誘拐された可能性がある、と告げているのでした。

 フルートは青ざめながら言いました。

「ジャックの象徴は、彼のおじいさんの剣です。正規軍の隊長をした人で、ジャックはそのおじいさんをすごく尊敬していたんです。自分も軍人になりたくて、ずっとがんばってきたんだもの、ジャックが軍から勝手にいなくなるわけはない……」

 すると、ガスト副官の隣にいた小隊長も言いました。

「その通りです。彼は新兵ですが、今まで規律を乱すようなこともなく、訓練にも任務にも真面目に取り組んでおりました。だからこそ、無断で行方知れずになったことを心配しております」

 再び一同は何も言えなくなりました。全員が同じ予想を抱きます。それをことばにして言ったのはオリバンでした。

「例の盗賊団の仕業だな。ロキをフルートたちに奪い返されたので、今度はフルートの幼なじみを人質にしたのだ」

 フルートは唇をかみました。青ざめたまま、何も言わずにうつむいてしまいます。固く握りしめた拳が膝の上で震えていました。

 

 すると、急にゼンが手を伸ばし、中断していた朝食にまた取りかかりました。食べ物で口をいっぱいにしながら言います。

「そら、みんなも、さっさと食っちまえよ。ユギルさんの占いの通り、俺たちはすぐに出発だ。盗賊の隠れ家に殴り込みをかけて、あのでかいのを取り戻そうぜ!」

 あのでかいの、というのはジャックのことです。あわてたようにワルラ将軍が言いました。

「だから、それは危険だと言ってますぞ! 皆様方の人数では、とても盗賊に対抗できない!」

 ところが、フルートは首を振りました。

「いいえ、ぼくたちだけの方がかえって安全です……。ぼくの持っている金の石は、魔王の目からぼくたちを隠してくれているんです。直接姿を見られない限り、ぼくたちは見つからないんです。ロムド軍と一緒に行動したら、さすがにそうはいきません。金の石だって、全軍を闇の目から隠すのは無理だし、大勢の分、盗賊たちに見つけられる可能性も高いですから」

 それから、フルートは考え込むような目をロキに向けました。「問題は君だな。どこにいるのが一番安全なんだろう……」

 とたんに、ロキは、かっと顔を赤くしました。

「おいらを置いていこうとしてるな、フルート兄ちゃん!? 冗談じゃない! おいらがなんのために戻ってきたと思ってるのさ!? 兄ちゃんたちと一緒に戦うためなんだぞ!」

「でも、盗賊たちは闇の魔法を使うし、魔王だってそばにいる。君はもう人間だ。グーリーだって今はいない。とても無理だよ」

 と心配そうに言うフルートに、ロキはきっぱりと答えました。

「逃げるさ! おいら、すばしこさだけは人一倍なんだ。人目を盗んで品物をちょろまかすのも得意だったし――って、え、えぇと、今はもうそんなことしないけど――とにかく、盗賊なんかに捕まったりするもんか。逃げ回って、で、チャンスを見て攻撃してやる!」

 ロキは灰色の瞳に堅い決意を浮かべていました。誰がなんと言っても、絶対についてくるつもりでいるのです。

 

 フルートがさらに困惑していると、メールが口をはさんできました。

「連れていってやろうよ。あたいがそばにいてやるからさ。フルートやゼンやオリバンは盗賊と戦わなくちゃいけないし、ポポロだって、いざって時に魔法を使わなくちゃいけないだろ。ユギルさんだって、占いに忙しくなるし。あたいだけは、花がなかったらなんにもできないんだもんね。手が空いてるから、ロキが危険にならないように、専属でついていてあげるよ」

 それを聞いて、ロキはにやりとしました。いつもの小生意気な笑顔が広がります。

「メール姉ちゃんって意外と優しいんだな?」

「意外と、ってのは余計だろ。でも、あんたの気持ちはよくわかるからね。あたいだって、戦えないから留守番しろなんて言われるのは大嫌いなんだ。ちっちゃくたって、ちゃんと戦えるってところを、みんなに見せておやりよ」

「姉ちゃん、話せる! よぉし、任せとけ!」

 とロキが張り切ったので、ゼンが渋い顔になりました。

「あおるな、馬鹿やろ。ったく、跳ねっ返りが二人も揃いやがって――。充分気をつけるんだぞ」

「はん。気をつけるのはそっちだろ。見てな。あんたたちが危なくなったら、あたいたちがしっかり助けてやるから」

 メールは細い腰に両手を当てると、ねえっとロキとうなずき合いました。すっかり意気投合しています。

 ユギルが静かに言いました。

「わたくしたちに、一人として余計な者はおりません。闇の奥で待ちかまえているのは、仮面の盗賊団と魔王です。全員がそれぞれに力を出し合わなければ、打ち勝つことはできないでしょう。――もちろん、ワルラ将軍の率いる第二師団もです。全軍が揃ったら一気に攻めておいでください」

「承知した」

 と老将軍が力強く答えます。

 

 フルートは南東へ目を向けました。盗賊の隠れ家があるという方角です。いつも苦虫をかみつぶしたような表情をした、ジャックの顔を思い浮かべます。

 友だちだ、と言えば、ジャックの方で「絶対にそんなことはねえ!」と反論することでしょう。昔はフルートをさんざんいじめたジャックです。仲が良いと言うのとはちょっと違った関係でしたが、それでもフルートには大切な幼なじみでした。

 待ってろ、ジャック。必ず助け出すから。

 フルートは、心の中でそうつぶやきました。

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