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第9巻「仮面の盗賊団の戦い」

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第14章 先発隊

51.朝

 森に朝が来ました。

 夜の間に降った雪がうっすらと木々や地面をおおっています。風は冷たいのですが、今は雪は降っていません。自分のテントから這い出したロムド兵たちが、雪をかいた場所に三々五々火を起こして、朝食の支度を始めています。

 ゼンも仲間たちの中では一番最初に起き出して、自分たちの天幕の前で火を起こして食事の準備をしていました。同じく早起きしたポポロがそれを手伝っています。

 すると、陣営を見回っていたワルラ将軍が、通りしなに話しかけてきました。

「皆様方の食事は調理人が準備してますぞ。ゼン殿がわざわざお作りにならずとも」

「ああ、そっちももらうぜ。でも、こいつは俺が作りたいのさ。他のヤツには作れねえ料理だからな」

 とゼンが答えたので、将軍は不思議そうな顔をしました。後ろに控える副官も同様です。

 すると、天幕の中から少年が這い出してきました。黒髪に黒い服――ロキです。鼻をひくひくさせながら言います。

「いい匂いがする……なんか懐かしい匂いだ」

「おう、起きたな。もう少しで朝飯ができるぞ」

 とゼンが笑顔で言います。

 そこへフルートやメール、犬たちも次々に起きて外に出てきました。ポチがワン、とほえて声を上げます。

「この匂い――ユキエンドウのシチューですね! また作ってくれてるんだ!」

「え!?」

 ロキが目を丸くしました。ユキエンドウというのは遠い北の大地でしか穫れない魔法の豆です。ロキがかつて暮らしていた故郷の料理でした。

 ゼンが言いました。

「ユキエンドウは手に入らねえから、普通のエンドウ豆だ。トナカイの肉の代わりに鹿肉を使ってる。さっき、コックから分けてもらってきたんだ。本物のユキエンドウのシチューとはいかねえけど、雰囲気だけは味わえるぞ」

「ゼン兄ちゃん――!」

 ロキは感激してゼンに飛びつきました。ゼンが、他でもない自分のために懐かしい味を作ってくれたのだとわかったのです。ゼンがまた笑いました。

「こら、甘ったれめ。いいから早く座れよ。フルート、オリバンを起こせ。みんなで朝飯にしようぜ」

「もう起きている。私も朝食に呼ばれて良いのだな?」

 とオリバンが天幕の中からのっそり出てきました。皇太子のオリバンには特別の天幕が準備されていたのですが、オリバンはそれを断って、フルートたちと同じ天幕で寝たのです。

 ゼンがにやりとしました。

「俺の料理に毒が入ってるのが心配なら、無理に食えとは言わねえけどな」

 もちろん、これはからかっているだけなのですが、オリバンは真剣な顔で答えました。

「そんな心配はしていない。呼ばれよう」

 相変わらず生真面目な皇太子に、勇者の少年少女たちが声を上げて笑います。

 

 そんな様子をワルラ将軍は微笑して眺めていました。ここにいるのは未来のロムド国王であり、世界を救う勇者の一行です。雲の上のような存在の人物たちなのですが、冗談を言って笑い合う姿は普通の若者たちと少しも変わりません。皇太子にとっても、勇者の少年少女たちにとっても、こんなふうに自然につきあえる友人がいることは良いことだ、と老将軍は考えたのでした。

 すると、ゼンが言いました。

「ワルラ将軍も一緒に食わねえか? えぇと、ガストさんだっけか? 副官のおっさんも一緒によ。シチューはたくさん作ったんだ」

「いやいや、わしたちは見回りの途中だ――」

 と将軍が笑顔で辞退したとき、別の声が話しかけてきました。

「いいえ、将軍、わたくしたちもご相伴にあがることにいたしましょう。そのほうがよろしいようです」

 黒い服の上に灰色のマントをはおった、長身の青年が立っていました。森に差し込む朝日が長い銀髪の上で踊りながら輝いています。

「ユギル!」

 とオリバンは歓声を上げました。ロムド城の一番占者が半日ぶりに天幕の外へ出てきたのでした。

 ユギルはまず皇太子に一礼し、次いでワルラ将軍に丁寧に頭を下げました。

「将軍のご宿舎である天幕を一晩中お借りしてしまいました。まことに申し訳ございません」

「なに、そんなことはなんでもない。で――ユギル殿がこうして出てこられたと言うことは、盗賊の隠れ家が見つかったということですかな?」

 日に焼けた将軍の顔の中、白い眉の下で瞳が鋭い光を放ち始めました。老いてもまだまだ力強いまなざしです。ユギルは穏やかにほほえみ返しました。

「左様です。時間も惜しゅうございます。朝食を取りながら作戦会議を開きましょう」

 そういうことならば、とガスト副官は朝食の準備のために調理人の元へ走り、ゼンはシチューの仕上げに取りかかります。わずか十分後には、全員が豆のシチューに舌つづみを打ちながら、ユギルの話を聞いていました。

 

「まず、お断りしなくてはならないのですが、わたくしは盗賊の隠れ家を確かめられたわけではありません」

 とユギルが語り出しました。出だしから頼りなさそうな話ですが、聞く者は誰一人不安な顔をしませんでした。この銀髪の占者の実力を全員が充分知っていたからです。

 ユギルが続けます。

「盗賊たちの姿は非常に濃い闇の中に隠されていて、見極めようとしてもかないません。ですから、直接彼らを探すのではなく、逆に、彼らを隠す闇の濃い場所を探しました。隠れ家は闇の一番深い場所にあるのではないかと思われましたので」

「で、見つけたのだな! どこだ!?」

 とオリバンがせき込んで尋ねます。ユギルは細い指を伸ばして、一つの方角を示して見せました。

「北の街道の東にある山の麓です。ここからは南東の方角にあたります」

「南東――」

 と一同は占者が示す方向を見ました。けれども、ここは森の中です。立ち並ぶ木々が目にはいるだけで、その彼方にある山は見通すことができません。ポポロが遠いまなざしになって、すぐに首を振りました。

「だめ……全然見えないわ。魔法使いの目を跳ね返されてしまうの」

「非常に濃い闇に包まれている証拠です。ポポロ様の透視の目は光の魔法の力を使っていらっしゃるので、闇の中までは看破できないのです」

 とユギルが話し続けます。

「これほど闇の濃い場所は、ロムド中にそこしかありません。その中が具体的にどうなっているのか、見極めることはかないませんが、魔王がそこに潜んでいる可能性は非常に高いだろうと思われます」

「ということは、仮面の盗賊団もそこにいるだろう、ってことですね」

 とフルートは言いました。魔王をそばに潜ませているらしい、白い仮面の首領を思い出します。

 

「我がロムド軍第二師団はこの場所に集結しつつあります」

 とワルラ将軍が言いました。

「昨夜のうちに二部隊が合流しましたし、今日中にもう二部隊が到着する予定です。残る部隊も、明朝までにはここへやってまいります。いつ、どのように総攻撃をかければよろしいでしょうな?」

 尋ねている相手は、もちろん、一番占者のユギルです。

 ユギルは、少しの間口をつぐんでから、静かに答えました。

「将軍と第二師団は明朝、全軍が揃ったところでここをお発ちください。まっすぐに南東をめざされますように。後ほど、山の正確な場所を地図でお教えいたします」

「ワン、山に名前はないんですか?」

 とポチが口をはさみます。

「はい。この北の街道沿いには、大小さまざまな山が、森に埋もれるようにして存在するのです。人も住まない森の奥です。山の一つ一つまでには名前はつけられていないのです。地図にさえ載っておりません」

「昔から盗賊どもの根城になっていた場所だ。隠れるような山や谷は数え切れないほど存在するのだ」

 とオリバンも言います。

 すると、メールが声を上げました。

「出発は明日の朝って言った!? じゃ、それまで丸一日、あたいたちは何してればいいのさ!? 退屈じゃないか!」

 待つのが大嫌いなメールらしいことばです。おまえなぁ、とゼンが顔をしかめます。

 ユギルが静かに続けました。

「ご心配にはおよびません。皆様方は、今日一日、退屈する暇などございませんので」

 意味深なことばに一同は目を丸くしました。

「それは予言ですか?」

 とフルートが尋ねます。

「はい。わたくしたちは間もなく、第二師団に先立って南東の山へ向かうことになることでしょう。占盤がそう告げております」

「だが、なんのために!? 敵はあの盗賊団だ。単独行動はあまりに危険ですぞ!」

 とワルラ将軍が反論した時です。一人の将校がやってきて、将軍の副官に耳打ちしました。

 ガスト副官はちょっととまどった顔になり、すぐにフルートに向かって言いました。

「勇者殿。勇者殿の幼なじみの兵卒ですが、昨夜から部隊に戻ってこないので、小隊長たちが心配して探しております。お見かけにならなかったでしょうか?」

「ジャックが?」

 とフルートは驚きました――。

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