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第9巻「仮面の盗賊団の戦い」

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49.休戦

 その後、休戦に入ったロムド軍の中で、フルートたちは大忙しになりました。

 強力な闇魔法を使う盗賊だけでなく、数え切れないほどの闇の怪物までが襲いかかってきたので、重軽傷を負った兵士が大勢いたのです。

 フルートはポポロと一緒に兵士の間を走り回っていました。ポポロが怪我の重い順に負傷者を見つけ出し、フルートが金の石でそれを癒して回るのです。金の石の精霊はもう姿を消してしまっていましたが、光に変わった花が森から闇を追い払っていたので、石も力を取り戻して、ずっと金色に輝き続けていました。瀕死の兵士が次々と元気になり、そのたびに歓声が上がります。

 ゼンとルルとメールは、燃える森の火事を消すのに大わらわでした。フルートを狙って森に現れたテナガアシナガは完全に燃え尽きていましたが、その周囲から火は広がり、先にルルが木を切り倒した場所を越えて、さらに風下へ燃え広がろうとしていたのです。炎の盗賊が起こした火が森に広がろうとしている場所もありました。斧で木を倒すロムド兵に混じって、ゼンは怪力で次々に木を引き抜き、ルルは風の刃で切り倒していきます。そのスピードに、ロムド兵たちが目を丸くします。

「ちっきしょう! あれだけ戦った後に、またこんな重労働かよ! 腹が減ってしょうがねえだろうが!」

 とわめくゼンのそばで、メールが涼しい顔で言っていました。

「夕食をたっぷり準備するように、ロムド軍のコックに伝えといてあげるよ。ほら、ゼン、そっちでまた火の手が上がってるじゃないのさ。さっさと行って木を倒しといでよ」

「おまえなぁ。人使い荒いぞ」

「これくらいでへばるようなあんたじゃないだろ? 体力だけは底なしなんだからさ」

「おい、人を体力馬鹿みたいに言ってねえか? なんかそう聞こえるぞ」

「聞こえて当然。そういう意味で言ってるもん」

「なんだとぉ!?」

 思わず本気で怒り出そうとするゼンに、メールがまたはっぱをかけました。

「そらそら、ホントに火が大きくなってるって。早く行きなよ、ゼン。怒るのは後、後」

「こんちくしょう! 覚えてろよ、メール! 後でとっちめてやる!」

 口喧嘩しながらも、いいようにメールに操られて、火事を消して回っているゼンです。それを空から見下ろして、ルルがあきれていました。

「ほぉんと、割れ鍋に綴じ蓋ってやつかしらね。いいコンビだわ、あの二人」

 

 一方、ワルラ将軍の天幕の前では、オリバンがロキとポチから闇の結界での話を聞いていました。オリバンは、幼児から少年に変わったロキに特に関心を示して、つくづくとその姿を眺めていました。

「実に不思議な話だな……。闇の民から人間に生まれ変わった者は、闇に出会うとそんなふうに元の姿に戻るのか? では、人間だと思っていた者が、突然闇の民に変わることも起きるわけだが」

「うーん、どうかなぁ」

 とロキは答えました。最初のうちこそ、見上げるようなオリバンに気後れしていたロキですが、今ではもうすっかり打ち解けて、いつもの人なつこい調子になっていました。

「生まれ変わった闇の民が、元の姿を取り戻してまた闇の国に帰ってきた、って話は聞いたことないなぁ。おいらだって、恰好だけは闇の民のようだけど、中身はもう人間だもんな。角も牙も消えちゃったし、透視の力や魔法も使えないし――」

「ワン、ロキがぼくたちのことを忘れずにいたからだと思いますよ。だから、闇の民の時の姿も忘れないでいたんだ。生まれ変わったら、普通はその前の自分のことをすっかり忘れてしまうんでしょう? そういう時には、闇に出会っても元の姿には戻らないんじゃないかな」

 と賢い子犬が考えながら言います。

 すると、ロキが膝を抱えて笑いました。

「そうかもね。おいら、本当に一生懸命忘れずにいたんだぜ。フルート兄ちゃんの顔と、ゼン兄ちゃんの顔と、ポチの顔と……いつもいつも考えてた。そして、絶対にまた一緒に戦おうって思ってたんだ」

「ロキ」

 ポチが感激したように少年に頭をすりつけ、オリバンも思わず笑顔になりました。

 

 彼らの後ろの天幕は静かでした。誰もいないように感じられますが、中ではユギルが占いをしています。占盤に映る闇は濃く、その奥を見通すのは困難です。けれども、ユギルはあきらめることなく、闇の中から盗賊の隠れ家を見つけ出そうとしていました。自分たちの反撃はそこから始まるのだと承知していたのです。

 一人きりの天幕の中、銀の占い師は占盤と向き合って静かな戦いを続けていました。

 

 やがて、日は大きく西に傾き、森に夕闇が迫り始めました。

 するべきことをすべて片づけて、フルートたちはまた一カ所に集まっていました。軍の調理人が作ってくれた夕飯をたいらげ、満足した気持ちでたき火を囲みます。暖かな炎の光が一同の顔を赤く染めます。

「ユギルさんは飯を食わなくていいのか?」

 とゼンが眠たそうな顔をしながら言いました。そこにはフルートたちとロキ、オリバンが揃っていましたが、ユギルだけはずっと天幕の中にこもっていて、夕食の時にも姿を現さなかったのです。

 オリバンが答えました。

「ユギルが本気で占う時は、いつもこんな感じなのだ。三日三晩、何も飲み食いせずに占い続けることもある」

「うひゃ、マジかよ? 俺にはとっても耐えられねえぞ」

「何かを占い続ける時には眠ることもしない、って聞いたことあったよね。並の人間にはできないことだな」

 とフルートはしみじみ言って、ユギルの天幕を眺めました。あの細い体のどこにそれだけの体力と精神力を隠しているんだろう、と考えます。

 ロキが口を開きました。

「姉ちゃんも、大きなことを透視する時にはそんな感じだったよ。ご飯も食べずに、ずっと鏡を見つめてるんだ。途中で他のことをすると、最初からやり直しになっちゃうんだ、って言ってた」

 それを聞いて、フルートは首をかしげました。

「そういえば、アリアンやグーリーはどこにいるんだろうね? 君がこうして復活したことをぜひ教えてあげたいな」

 すると、ロキが小さく笑いました。

「姉ちゃんはもう、おいらがこうしていることに気がついてると思うよ。姉ちゃんの透視力は本当にすごいんだから。でも、姉ちゃんもグーリーもここにはこられないよ。だって、闇の民や闇の生き物にとって金の石は猛毒と同じだもんな。そばにも寄れないさ」

「でも、会わせてあげたいよ。アリアンもグーリーも、ずっと君のことを想っていたんだから。君だって、お姉さんたちには会いたいんだろう?」

「そりゃ――」

 ロキはまた小さく笑って、表情を隠すようにうつむきました。フルートは、そんなロキの黒髪をかき混ぜるようになでました。

「会わせてあげるさ。この戦いが終わったら、きっとね。何か方法はあるはずだから」

 ロキはうつむいたままうなずきました。なんとなく、ひそかに涙ぐんでいるような気配でした。

 

 すると、ゼンが突然声を上げました。

「ああ、もう限界だ! 眠くてどうしようもねえ!」

 とその場にごろりと横になります。一日中、戦ったり力仕事をしたりして、本当に疲れ果てていたのです。腕枕に頭を載せると、あっという間にごうごうといびきをかき始めます。

「ちょっと! ゼン! こんなところで寝たら風邪ひくよ!」

 メールがあわてて言いましたが、いくら体を揺すっても顔をたたいても、ゼンはまったく目を覚ましません。フルートやオリバンが声をかけても同じでした。

「しょうがない奴だな」

 とオリバンが立ち上がってゼンを抱き上げました。ゼンは小柄ですが、がっしりした体格をしているので、見た目より体重があります。それを運ぶのは、オリバンにしかできませんでした。

「どれ、おまえたちの天幕に案内してやる。ついてこい」

 とゼンを抱いたまま先に立って歩き出します。メールとポポロ、二匹の犬たち、そしてロキがそれについていきました。ロキももう相当眠そうな様子になっていたのです。

 けれども、フルートが立ち上がらなかったので、ロキが振り向きました。

「兄ちゃんは? 来ないのかい?」

「ぼくはまだ眠くないからね。先に寝ておいで。ぼくはもう少しここにいてから行くから」

 ふぅん、と言って、ロキは他の仲間たちの後を追いかけていきました。黒い髪に黒い服の、小柄な少年の恰好のロキです。その後ろ姿をフルートは微笑で見送りました。

 

 たき火は、ぱちぱちと音を立てて燃え続けていました。森の中の野営地からは、ロムド兵たちの声や音が聞こえてきます。やはり食事をすませ、わずかな酒を飲みながら談笑して、休戦の時を過ごしています。兵士たちはこうして体力と気力を回復させて、また新たな戦いに臨むのです。

 フルートはたき火を見つめながら、そんな喧噪に耳を傾けていましたが、やがて、つと立ち上がりました。仲間たちは天幕に潜り込んで姿が見えなくなっています。そちらへ一度目を向けてから、フルートは天幕とはまったく別の方角へ歩き出しました――。

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