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第9巻「仮面の盗賊団の戦い」

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48.駆逐(くちく)

 闇の結界を脱出したフルートたちの眼下に森が広がっていました。冬でも葉を落とさない針葉樹の尖った梢が、延々と続いています。そのところどころで、木々が煙を上げて燃えていました。剣と剣がぶつかり合い、戦い合う音も響いています。

 木立の間に人影を見つけて、ゼンが声を上げました。

「ありゃオリバンだぞ! ユギルさんも、ワルラ将軍もいる!」

「彼らを囲んでいるのは闇の怪物よ!」

 と風の犬のルルも言いました。オリバンたちは黒い霧のようなものにぐるりと取り囲まれて動けなくなっています。即座にルルとポチはそちらへ飛びました。急降下するルルの背中からゼンがどなりました。

「そら、オリバン! これを返すぞ!」

 と聖なる剣を地上へ投げます。

 オリバンは片手を差し上げてそれを受けとると、空に向かって、にやりと笑いました。

「やはり無事に戻ってきたな」

「へっ。俺たちがどうにかなるわけねえだろ!」

 とゼンが陽気に答えます。

 オリバンはうなずくと、取り囲む霧の怪物へ剣をふるいました。リーン、と涼やかな音が鳴り響いて、黒い霧がたちまち消えていきます。

「ウヒャァ、聖なる剣ダヨ!」

「消滅されられチャウ!」

「逃げロ逃げロ……!」

 怪物たちが大騒ぎする声と共に、ざーっと霧が引いていきます。

 

 すると、空に一緒に浮いていた金の石の精霊がメールに言いました。

「ポポロの魔法はもうじき切れる。花たちに光になるように命じるんだ。森を聖なる光で照らせ」

「あいよ!」

 メールは即座に反応しました。ルルの上で両手を高くかざし、周囲に乱れ飛んでいる光の花に呼びかけます。

「花たち! みんな光におなり! 森の中から闇の存在を追い出すんだよ! 早く――!」

 赤く輝く花たちが彼らの周囲で渦を巻き、次の瞬間、ほどけて森の中へと飛んで行きました。次々と燃えるように輝いて、まばゆい光に変わります。光が森の至るところを照らし出します。

 とたんに、森中ですさまじい声がわき起こりました。闇の怪物たちがいっせいにほえたのです。強い光を浴びて、黒い闇の体が溶け出しています。怪物たちは光を避けて逃げまどい、地に潜り、空へ飛び上がります。燃える光の花が、なおもそれを追いかけていきます――。

 と、急に花が勢いを失いました。雪のように舞い落ちながら、澄んだ赤から、どす黒くにごった血のような色の花に変わっていきます。ポポロの魔法が切れて、闇の花に戻ったのです。地上に落ちると、そのまま崩れて消えてしまいます。

 ロキが言いました。

「闇の花は闇の国にしか咲けないんだよ。地上に出ると消えちゃうんだ。地上には光があるからね」

 それを聞いて、フルートたちは、ほっとしました。あの危険な花が地上で根付いてしまっては大ごとだったからです。

 

 森の中が静かになりました。闇の怪物の声も怪物と戦う音も、もうどこからも聞こえてきません。光の花も闇の花も、一輪残らず姿を消していました。

 風の犬たちは空からオリバンたちのそばへ舞い下りました。すぐにオリバンとユギルが駆け寄ってきます。

「フルート!」

「皆様方――」

 けれども、地上に着くや、フルートはオリバンたちを無視して走り出しました。駆けつけた先は、ワルラ将軍に抱かれた副官のところです。叫ぶように尋ねます。

「息は!? まだありますか!?」

「まだ事切れてはおりません。だが――」

 血にまみれた副官を抱く将軍は悲痛な表情をしていました。五十年あまりの歳月、いつも戦いの最前線で指揮をとってきた老将軍です。人の生き死にも数え切れないほど見てきています。自分の部下がもう助からないことを悟っていたのでした。

 けれども、フルートはきっぱりと言いました。

「死んでさえいなければ大丈夫です。どいてください」

 国の最高司令官である将軍を無造作に押しのけて、首から外したペンダントを副官に押しつけます。

 金の石が副官の体に触れたとたん、奇跡が起きました。青ざめていた副官の顔が血の気を取り戻し、今にも止まりそうだった息づかいが、みるみる規則正しく力強くなっていったのです。頭や鼻からの出血も止まります。

 やがて、副官は目を開けました。不思議そうに自分の体を見下ろし、それから、自分をのぞき込むフルートと将軍を見て言います。

「もう苦しくありません。痛みが消えました――」

 フルートは、にっこりしました。

「もう大丈夫ですよ。金の石がすっかり治しましたから」

「ガスト!!」

 老将軍が歓声を上げ、太い両腕を広げて副官を抱きしめました。そのまま、フルートに向かって何度も頭を下げます。

「かたじけない。まことにかたじけない、勇者殿。わしの大事な片腕を助けていただいた。感謝しますぞ!」

 ワルラ将軍は日に焼けた顔に流れる嬉し涙を隠そうともしていませんでした。

「しょ、将軍、大げさです。私などのことでそのような――」

 と副官の方が焦ったように言っています。見守っていた人々から笑いがもれました。

 

 すると、ふいに彼らの頭上から男の声が降ってきました。

「ほんとにまァ、いまいましい連中だな、貴様らは」

 いつの間にか白い仮面の男が空中に現れて、腕組みしながら一同を見下ろしていました。盗賊の首領です。

 フルートとオリバンは即座に剣を構え、ゼンが拳を握りました。

「こンの野郎! そんなこと言ってんなら、下りてきて俺たちと勝負しろ! 俺たちが怖いから空から下りられないでいるんだろう!?」

 けれども、首領はゼンの挑発に、ふん、と鼻で笑っただけでした。余裕の声で言い続けます。

「この勝負はひとまず預けておくぞ。俺と勝負がしたいなら、捜し出して来い。――てめえら、引き上げるぞ!」

 最後の一言は、フルートたちではなく、周囲の森に向かって呼びかけたことばでした。

 とたんに、彼らの周囲の木陰から、次々と黒い仮面の盗賊たちが姿を現しました。オリバンやロムド兵たちにずいぶん倒されたのですが、それでもまだ二十名近く残っています。負傷した者もありますが、まったく無傷な者も大勢いました。何も言わずに仮面越しに一同をにらみつけると、口笛を吹き鳴らし、駆けつけてきた自分たちの馬に飛び乗って駆け去っていきます。

「ワン、待て――!」

「逃がさないわよ!」

 風の犬の姿のままだったポチとルルがあわてて後を追いかけようとしましたが、とたんに見えない壁に激突して跳ね返されてしまいました。白い仮面の首領が、片手をかざしています。ポチたちの目の前に闇の障壁を張ったのです。

「仕切り直しだと言っているだろうが。出直してこい。大歓迎してやるぞ」

 声高く笑いながら、首領はくるりと背を向けました。そのまま、空中を歩み去っていきます。やっぱり、どことなく貴族めいて見える後ろ姿です。そのまま、空中に薄れて消えていってしまいます。

「やはりあの首領は闇を使いこなします。我々の周囲に手下を隠していたことを見抜けませんでした。今も闇の中に立ち去って、もう追うことができません」

 とユギルが考える声で言いました。オリバンが答えます。

「だが、連中を探し出さねばならん。ユギル、なんとしても盗賊の隠れ家を見つけ出せ」

「承知いたしました。少しお時間をいただきたく存じます」

 と占者は深く頭を下げました。長い銀の髪が輝きながら揺れました。

 

「しばし休戦ですな」

 とワルラ将軍が言いました。紺色の鎧兜で身を包んだ将軍は、老いてもなお堂々としています。その後ろに、すっかり元気を取り戻した副官が控えています。

「この間に、北の街道に散っている他の部隊と合流します。そうすれば、我々は総勢千騎あまりの軍勢になります。ユギル殿が盗賊の根城を発見したら、一気に攻め込んで一掃するのが良いかと存じます」

「もとより、この第二師団はワルラ将軍直属の部隊だ。すべて将軍に任せる」

 とオリバンは言い切りました。たとえ自分が皇太子であっても、ロムド軍への指揮権はワルラ将軍にあることを明言したのです。将軍と副官がオリバンへ一礼します。

 すると、オリバンは自分の後ろに立っていた少年少女たちを振り向きました。一人一人の無事な顔を眺めていきます。ポチとルルは風の犬から元の姿に戻っていました。

「全員怪我はなかったようだな。良かった。ところで、この子どもは何者なのだ?」

 と一人見覚えのなかった黒髪の少年へ目を向けます。そびえるようなオリバンに気おされて、少年が思わず後ずさります。

 すると、フルートが少年の肩に両手を置いて笑いました。

「ロキです、オリバン。これが、ぼくたちのロキなんですよ」

 そう言ったフルートは、本当に嬉しそうな顔をしていました――。

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