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第9巻「仮面の盗賊団の戦い」

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第13章 帰還

47.盗賊と霧

 オリバンは森の中で炎使いの盗賊と戦っていました。

 先に戦った男ではありません。あの時の炎使いは、仲間の爆発男に口封じに爆破されて死にました。今、オリバンの目の前にいる炎使いは、もっと細身で背の高い男でした。やはり顔の上半分を黒い仮面でおおって、黒いぼろぼろのマントをはおっています。両手を突き出してにらみつけると、視線の先のものが突然燃え上がるのは同じです。

 オリバンは炎使いの視線をかわしながら走り続けました。間合いに飛び込んで切りつけようとしますが、そのたびに手を突きつけられ、にらまれそうになって飛びのきます。近づくことができません。

 そんなオリバンを物陰から狙っている男がいました。やはり黒い仮面をつけた小柄な盗賊です。両手をオリバンへ向けます。

 とたんに、オリバンが勢いよく倒れました。見えない手に両足をつかまれて引き倒されたのです。「力」使いの盗賊でした。立ち上がろうとしますが、体が押さえ込まれていて動けません。

「そら、今のうちだぞ」

 と力使いの盗賊が炎使いの盗賊に話しかけながら姿を現しました。にやにやと笑っています。

「おう、ありがとうよ」

 痩せた炎使いも笑い返します。オリバンへ両手を突きつけ、鋭い目つきでにらみつけようとします。オリバンは焦りました。はおっているマントや自分自身の体が急激に熱を持ち始めるのがわかります。火を押しつけられたような熱さです。なんとか脱出しようとしますが、どうしても体は動きません。

 ユギル――とオリバンは叫ぼうとしました。何か困ったことが起きた時、銀髪の占者の名を呼ぶのが、すっかり癖になっているのです。けれども、この時、ユギルは蛇の盗賊を倒したばかりで、まだオリバンのそばまで駆けつけていませんでした。

「そぉら、丸焼けになれよ、でっかいの!」

 炎使いが最後のひとにらみをしようとします。

 

 その時、誰かが木立の間から突然飛び出してきて、力使いの盗賊に切りかかって行きました。小柄な盗賊が仰天して飛びのきます。とたんに、オリバンを抑え込んでいた力が消えました。

 オリバンはとっさに大きく飛びのきました。黒いマントが大きくひるがえり、次の瞬間、火を吹いて燃え上がります。オリバン自身は無事です。すぐに燃えるマントを外して捨て、窮地を救ってくれた人物を振り向きました。

 紺色の鎧兜で身を固めた大きな男が、力使いの盗賊に切りつけていました。ワルラ将軍です。ロムド王より少し年配の老齢にもかかわらず、繰り出す剣には力があふれています。狙いも正確です。小柄な盗賊は剣の切っ先を避けてさらに飛びのきます。

 戦いながらワルラ将軍がどなりました。

「ご無事ですか、殿下!?」

「ああ、ありがとう。助かったぞ」

 とオリバンは答え、また炎の盗賊へ切りかかっていきました。こちらの盗賊もあわてて飛びのきます。

 ところが、その時、力使いの盗賊が両手をワルラ将軍へ突きつけました。いきなり将軍の体が動かなくなってしまいます。次の瞬間には、どん、とそばの立木にたたきつけられます。

 思わずうめいた将軍の首が、ぐっと押さえ付けられました。見えない手が将軍の咽元に絡みついて絞め始めたのです。将軍は咽をかきむしりました。首を絞める手を振りほどこうとしても、何もつかむことはできません。兜の下の将軍の顔が、みるみる土気色に変わっていきます――。

「将軍!」

 オリバンは助けに駆けつけようとしました。が、また炎使いの盗賊ににらまれそうになって、あわてて飛びのきました。すぐそばの茂みが火を吹いて燃え上がり、オリバンと将軍の間を隔ててしまいます。

「将軍――!!」

 オリバンはまた叫びました。老将軍は返事ができません。すさまじい力に、咽の骨を今にも砕かれそうになっています。

 

 すると、突然、力使いの盗賊に別の人物が飛びかかりました。ワルラ将軍の副官です。剣ではなく素手で飛びかかり、小柄な盗賊を地面に押し倒してしまいます。

 とたんに、将軍の首を絞める力が消えました。老将軍は激しく咳き込み、よろめきながら剣を握りなおしました。また力使いの盗賊へ切りかかろうとします。

 副官が叫びました。

「将軍、退いてください! 将軍がこんなところで倒れてしまっては――」

 言いかけて、副官は息を呑みました。銀の鎧兜をつけた体が高々と宙に舞い上がったのです。小柄な盗賊が怒りに目を燃やしながら両手を副官に突きつけていました。

「いい気になるなよぉ……! 俺の『力』を思い知らせてやる!」

 副官の体はさらに高く持ち上げられ、突然、地上へ落ち始めました。小柄な盗賊が、さっと両手を下に向けたのです。ガシャーン、と鎧が激しい音を立て、副官は地面にたたきつけられて動かなくなりました。

「ガスト!」

 老将軍は思わず叫びました。そこへオリバンが駆けつけ、力使いの盗賊に剣を振り下ろしました。目の前の将軍や副官に注目していた盗賊は、隙を突かれてまともに剣を食らい、ばったりとその場に倒れました。

「ガスト! ガスト、しっかりせい――!」

 ワルラ将軍が副官を抱き起こして必死に呼びかけますが、返事はありません。兜を外した副官は、鼻や口から血を流しながらぐったりと目を閉じていました。

 そこへ、ようやくユギルが駆けつけてきました。一瞬で状況を見取って顔色を変えると、次の瞬間、オリバンに向かって叫びました。

「殿下! よけてください!」

 炎使いがまたオリバンをにらみつけようとしていました。皇太子は大きく飛びのきました。着地したとたん、また地面を蹴って大剣を大きく振りかざします。切りかかっていった先は、炎使いの盗賊でした。

 盗賊はすぐに両手をオリバンに向けました。真っ正面から飛びかかってくる青年を燃え上がらせようとします。けれども、オリバンの剣の方が先でした。うなりを上げて盗賊の首を跳ね飛ばします――。

 

 すると、銀髪の占者がまた声を上げました。

「ご注意ください。わたくしたちは囲まれております!」

 なに!? と驚いたオリバンの耳に、不気味な声が聞こえてきました。互いに話し合うような、大勢の声です。

「気づかれチャッタよ……」

「不意打ち、デキナカッタね」

「いいさ、アソコにおいしそうな死体がアルもの。アレをいただこう」

「ワタシは生きてイル人間の方が好きだなぁ」

 ざわざわと泡立つような気配と共に、彼らを取り巻く森の奥から、黒いものが現れました。まるで霧のように流れてきます。と、それが急にところどころに集まって、たくさんの小人や小さな動物の姿になりました。口々にしゃべり合っています。

「アソコにイルのが金の石の勇者かなぁ?」

「ワカンナイ。とにかく、食べちゃおうヨ。願い石を持ってたら、ソレが当たりダヨ」

「ボクが全部もらうカラネ。願い石が欲しいんダカラ」

「それはズルイ。ワタシだって願イ石はほしい」

「早く食べナクちゃ。早く早く」

 小人や動物の姿がまた崩れて黒い霧に戻りました。ざわざわざわとまたさざめきます。闇の怪物たちでした。

 オリバンとユギルは、副官を抱いているワルラ将軍に駆け寄りました。海の潮が満ちてくるように、ひたひたと迫ってくる霧の怪物を見回します。霧の海は彼らの周囲の地面をおおいつくしていました。逃げる道はありません。

 首を切られて倒れていた炎使いの盗賊の体が、霧に包まれました。生き物のように動く霧が黒い色を濃くしていきます。やがて、それがすうっと引いていくと、その場所にはもう盗賊の死体はありませんでした。ただ黒い仮面がぽつんと落ちているだけです。

 すると、今度は力使いの盗賊がすさまじい悲鳴を上げました。オリバンに切られて倒れたものの、まだ絶命はしていなかったのです。霧の怪物に足の先から呑み込まれようとしていました。盗賊が必死で両手を怪物に向け、「力」で霧を跳ね飛ばします。ところが、その背後にも霧の怪物が音もなく近寄っていました。地面から盗賊の背中にはい上がり、金切り声を上げた盗賊を霧の中に包み込んでいってしまいます。盗賊の絶叫が響き渡り、やがてとぎれます。霧が引いた後には、やっぱり黒い仮面しか残りませんでした。

 

 オリバンは剣を堅く握っていました。剣では倒せない怪物ですが、他に身を守るものがありません。ユギルや、副官を抱えるワルラ将軍を守るように立ち、目を強く光らせながら霧の怪物をにらみ続けます。

 ざわざわと霧がまたざわめきました。オリバンたちのすぐそばまで忍び寄ってきます――。

 けれども、この状況でも、占者の青年は絶望の顔をしていませんでした。色違いの瞳をじっと空に向けて、見えない何かを追い続けています。その足下まで霧の怪物がやってきました。爪先から占者を呑み込もうとします。

 

 その時、ユギルが突然声を上げました。

「おいでになりました!」

 同時に、森にまばゆい金の光が輝き渡りました。木立の間を澄んだ光が貫き、何もかもを黒い影でくっきりと縁取ります。霧の怪物が、たじろぐように身を引きます。

 続いて森に響き渡ったのは、明るい少年少女たちの歓声でした。

「やったぁぁ!!!」

 二匹の風の犬に乗ったフルートたちが、再び森の上空に姿を現していました――。

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