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第9巻「仮面の盗賊団の戦い」

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46.光の道

 闇の花畑は興奮しきっていました。何万という蔓を四方八方へ伸ばし、触れるものを手当たり次第に捕まえてちぎっていきます。果ては、蔓同士が絡み合って仲間を引きちぎる始末です。

 その中をフルートとゼンは駆けていきました。蔓に捕まったロキが行く手の空に見えています。蔓はフルートたちにも襲いかかってきます。降りかかる無数の蔓はシャワーのようです。

 フルートは立ち止まりました。剣を大きく振ります。とたんに激しい炎が飛び出し、行く手の蔓と花畑を焼き払いました。ぽっかりと通路ができます。

「行け、ゼン!」

 とフルートは先を走るゼンへ叫びました。自分もまた駆け出し、振り向きざま、今度は後ろの蔓へ炎を撃ち出します。闇の花は怒り狂いました。危険な剣を持つフルートへ、いっせいに襲いかかっていきます。

 その間もゼンは全力で走り続けました。襲いかかってくる蔓は聖なる剣で切り払います。

 ロキがみるみる花畑に引き寄せられていました。それに向かって、他の花たちが蔓の腕を伸ばしてきます。小さな体を引きちぎり、奪い合おうとしているのです。

 すると、そこへうなりを上げてルルが急降下してきました。風の刃でロキを捕まえている蔓をすっぱり切り落とします。ロキは蔓に絡まれたまま宙に放り出され、真っ逆さまに落ち始めました。大きな悲鳴を上げます。

 ゼンはものもいわずにロキの落下地点まで走りました。落ちてきた小柄な少年を片腕で受けとめ、もう一方の手の剣で襲いかかってくる蔓をまた切り払います。リーン、という音と共に蔓が崩れて消えます。

 彼らの周囲では、至るところで闇の怪物が蔓に捕まっていました。引きちぎられ、花畑に引き込まれた怪物の体が、みるみる溶けるようになくなっていって骨に変わります。足下は花に食われたものたちの白骨でいっぱいです。

 

 そこへ蔓を焼き払いながらフルートが駆けつけてきました。ゼンと背中合わせに立って、襲ってくる蔓にまた切りつけます。

「無事か、二人とも!?」

「おう。だが、さすがに数が多すぎるな。どうやって脱出する?」

 とゼンが答えると、ロキが口を開きました。

「に、兄ちゃんたち、なんで助けに来たのさ……? おいらをここに残して行けよ。おいらは足手まといなんだから。兄ちゃんたちだけなら、ここから脱出できるだろ……?」

 ゼンの腕の中で震えているくせに、そんなことを言います。

 年上の少年たちはたちまちかっとなりました。

「馬鹿野郎! そんな真似するくらいなら、最初から助けに来るか!!」

「そうさ! それに――ぼくらはもう、二度と君を死なせないんだ!!」

「兄ちゃん……」

 ロキは目を見張りました。次の瞬間には涙ぐんで、ゼンの肩に顔を伏せてしまいます。

 頭上からまたメールの声が響きました。

「来る! すごい数だよ!」

 何万という蔓が、闇の怪物たちをすべて食い尽くし、いっせいに花畑の中のフルートたちに襲いかかろうとしていました。とても防ぎきれる数ではありません。

 ルルは何度も急降下して風の刃で切りつけましたが、切っても切ってもすぐに別の蔓が飛んできて背中のメールを捕まえようとするので、フルートたちのところに近づけません。ポチも同様です。

 花畑の上で無数の蔓が寄り集まりました。絡み合い、まるで巨大な蛇の鎌首のようによじれながら、少年たちめがけて襲いかかって行きます。

「危ない――!!」

 とルルとポチとメールは思わず悲鳴を上げました。

 

 その時、ポチの背中に乗っていたポポロが言いました。

「メール! 花に命令して!」

 か細いけれども、凛とした声です。メールはびっくりしました。

「そ――そんな、無理だよ! あれは闇の花だもん! あたいの言うことなんて全然――」

 けれども、ポポロは首を振りました。緑の瞳を燃え上がらせながら花畑を見下ろして言います。

「ううん、花はメールの言うことを聞くわ。だって――あたしが光の花に変えるんだもの!」

 その華奢な右手はまっすぐ花畑に向けられていました。指先が淡い緑の光を宿しています。

「レナーニリカヒーヨナハニミーヤ!」

 呪文と共に指先から緑の光がほとばしりました。星のようなきらめきになって、一面の花畑に降りそそいでいきます。

 

 すると、花畑で変化が起き始めました。蔓は相変わらず伸び上がり、ねじれ合いながら、フルートたちに襲いかかろうとしています。けれども、魔法のきらめきを浴びたとたん、その色が変わっていったのです。どす黒い花から暗いにごりが消え、伸びる蔓や葉も鮮やかな緑色になります。まるで薄汚れた花たちを光の雨が洗い流していくようです。

 それを見たとたん、メールもルルの背中で両手を上げました。澄んだ高い声で呼びかけます。

「花たち! 光の花たち、おやめ! そこにいるのは味方だよ! お戻り!」

 とたんに、蔓がぴたりと止まりました。その先端はフルートやゼンやロキのすぐ目の前まで迫っていましたが、一瞬、とまどうようにざわめき、すぐにするすると元へ戻り始めます。縮んだ蔓は花の根元に消えていき、あっという間に、あたりは輝くように咲き乱れる赤い花畑になります――。

 フルートたちは歓声を上げて、頭上にいる少女たちを見上げました。

「メール! ポポロ!」

 少女たちが笑顔で舞い下りてきました。メールがポチの上のポポロを笑いながら抱き寄せます。

「まったくもう、ポポロったらさ! ホントに、ここぞって時にはあんたなんだから!」

「メールこそ」

 とポポロが笑顔を返します。

「ワン、早くぼくたちに乗って。またすぐに花が闇に戻っちゃいますよ」

 とポチとルルが背中にフルートたちを拾い上げました。ポポロの魔法が切れて花が闇に戻る前に空に舞い上がろうとします。

 

 すると、彼らの近くにふいに光がわき上がって、花畑の中に黄金の髪と瞳の少年が姿を現しました。

「金の石の精霊!」

 とフルートは驚き、自分の胸の上のペンダントを見下ろしました。いつの間にか、石が金色に輝いています。

「お――どうして元に戻ったんだ、おまえ?」

 とゼンも目を丸くします。石は闇の結界の中で力を失っていたのです。

「この光の花のおかげだよ」

 と精霊の少年は一面の花畑を顎で示しました。見た目は小さな少年なのに、相変わらず大人のようなしぐさです。

「これだけの分量の花がすべてポポロの魔法で光の花に変わったからね。ものすごい光の力を生んだのさ。おかげでぼくも力を取り戻した。今のうちだ。この力を使って、ここから脱出するぞ」

 少年少女たちはいっせいに歓声を上げました。輝く赤い花畑の中で、精霊が高く片手を上げるのを見守ります。

 精霊の手から金の光がほとばしり、空の向かって立ち上りました。光の柱がそそり立ちます。

 とたんに、花畑に風が巻き起こりました。うなりを上げながら花を引きむしり、光の柱に沿って空へ吹き始めます。風と共に舞い上がるたくさんの花は、まるでメールの花使いの力で操られているようです。

 金の石の精霊が言いました。

「光の花が次々と光に変わってぼくたちを守る。花と一緒に光の道を行くんだ。道の先が外につながっているよ」

 言っているそばから精霊自身も浮き上がり、光の柱の中に飛び込みました。先に立って空へ上っていきます。ポチとルルはそれに続きました。それぞれの背には、フルートとロキとポポロ、そしてゼンとメールを乗せています。

 

 彼らの周囲では赤い花が一緒に舞い上がり、燃えるように輝いて光に変わっていました。それが精霊の飛ぶ目の前に、どんどん光の道を延ばしていきます。

 まばゆいほどのきらめきの中で、ロキが目を丸くしていました。

「これ……聖なる光の中なんだよな? おいらが闇の民のままだったら、絶対無事じゃすまなかったなぁ」

 フルートは思わずポチの上で振り向きました。片手をロキに回して抱き寄せます。

「このために、君は人間に生まれ変わってきたんだろう? 金の石を持ってるぼくたちと一緒にいられるようにさ」

 フルートは笑顔でした。ロキの黒髪を、くしゃくしゃにかき混ぜてしまいます。

「や――やめろったら、フルート兄ちゃん! おいら、そんなことされるような子どもじゃないぞ――!」

 とロキが顔を真っ赤にして言いました。照れて怒る陰に、子ども扱いされて喜んでいる素直な気持ちがのぞきます。

 ポチと並んで飛ぶルルの背中から、ゼンがからかうように言いました。

「この甘ったれめ」

「甘ったれなんかじゃない!」

 むきになって言い返すところがいかにもロキらしくて、フルートたちは思わず笑ってしまいました。

「なんだよ! 笑うな!」

 ロキがまた怒って言い返します。懐かしい懐かしい口癖です。

 

 彼らは金色の光の中を飛び続けました。やがて空の彼方に別の光が見え始めます。一同は行く手を見上げ続けました。白く澄んだ光です。みるみる明るくなっていきます。

 ポポロが言いました。

「出口よ!」

 白い光が広がって、一同を包み込みました。見えない何かをくぐり抜けていく感触がします。

 そして――

 

 彼らは元の世界に戻ってきていました。

 針葉樹の森が眼下に深緑色に広がっています。もう闇の花畑はどこにも見当たりません。

「やったぁぁ!!!」

 少年と少女と犬たちは、両手を振り上げ、手をたたき合わせ、風をうならせて、いっせいに歓声を上げました――。

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