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第9巻「仮面の盗賊団の戦い」

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45.ガーゴイル

 彼らの周囲で咲く闇の花が、突然ざわりと揺れました。風もないのに、急に激しく揺れだしている箇所があります。

 ずっと地面にうずくまっていたポチとルルが、ぴんと耳を立てて飛び起きました。

「ワン、ついに来ましたよ!」

「闇の怪物だわ!」

 フルートとゼンとメールはそれぞれに剣を構えていましたが、それを聞いていっそう身構えました。ロキが花畑に目をこらしながら言いました。

「一匹じゃないよ。あっちにもこっちにも怪物が出てこようとしてる。闇の怪物は探すものの居場所を感じ取る闇の目を持ってる。まして、ここは限られた空間だもの。じきに見つかっちゃうよね」

 フルートはまだしゃがみ込んでいたポポロに手を触れました。びくり、とポポロが体を震わせ、我に返った顔になります。

「あ……ご、ごめんなさい。出口はまだ……」

 と申し訳なさそうな顔で謝り始めます。フルートは首を振って見せました。

「違うよ。また闇の怪物が集まってきたんだ。魔法使いの目を使うのは一度中断して」

「闇の怪物が――!?」

 とポポロは跳ね起き、そのとたん、ふらつきました。長時間、魔法使いの目で出口を探し続けて、もう相当疲れていたのです。フルートがとっさに支え、自分の後ろにかばいます。

 

 血のように赤黒い花の間から、闇の怪物が現れました。得体の知れない不気味な姿をしています。キ、シ、シ、シィィ……と金属がきしむような音を立ててあたりを見回し、フルートを見つけて飛びかかってきます。

「見つけたァ! 鎧兜――金色! 貴様ガ金の石の勇者だァ!」

 すると、フルートの前にゼンが飛び出してきました。手にした剣で怪物をなぎ払います。とたんに、リーン、と涼やかな音が響き渡って怪物が霧散しました。

 ゼンがちょっと口を尖らせました。手の中の聖なる剣を見下ろします。

「悪い剣じゃねえんだけど、やっぱり俺にはちょっとだけ長すぎるな。振り回しづらいぜ」

「また来たよ!」

 とメールが叫んで、別の方向から新たに飛びかかってきた怪物へ切りつけました。ゼンから借り受けたショートソードです。こちらは聖なる力がないので、傷を負わせてもすぐ復活してきますが、一瞬攻撃を鈍らせることはできます。そこへフルートが炎の剣を振り下ろし、怪物を真っ二つにしました。黒い体が炎を噴き上げて激しく燃え出します。

「闇の花を攻撃しちゃだめだぞ!」

 とロキが声を上げました。

「とばっちりを食らわせてもだめだ! 花は誰が誰と戦ってるかなんてわからないんだから!」

「けっこう難しいぞ、それ!」

 と言いながらゼンはまた聖なる剣を振りました。怪物がその切っ先をかわして飛びのきます。とたんに、闇の花畑に後ろ向きに倒れ込みました。つまづいたのです。怪物の背中が闇の花を押しつぶしました。

 とたんに、鋼のロープのような花の蔓が何本も飛び出しました。たちまち怪物にからみつき、四方八方に体を引きちぎって破片を奪い取っていきます。きゃっ、とポポロが声を上げて、思わずフルートの背中にしがみつきました。花が怪物を食い尽くす場面から目をそむけて、金の鎧の背に顔を埋めてしまいます。

 

 闇の花が危険に揺れる中、闇の怪物たちはますます数が増えていました。黒い幽鬼のような姿がいたるところに立っていて、声を上げながらフルートたちに迫ってきます。

 とても相手にしきれないと見て、フルートはまた言いました。

「逃げるぞ、ポチ、ルル!」

「ワン!」

 二匹の犬たちが一瞬で風の犬に変身しました。突然巻き起こった強い風に、怪物たちがあおられてたじろぎます。その隙に、少年少女たちは犬の背中に飛び乗りました。次の瞬間には空に舞い上がります。

 ポチの背中の上から、フルートは炎の剣を振りました。地上にいる怪物と闇の花が炎に包まれます。

 とたんに、花畑からまた蔓が飛び出しました。炎を食らわせた敵を探すように宙で揺れ、すぐに花畑の中の怪物を見つけて飛びかかっていきます。怪物たちが悲鳴を上げて逃げまどい始めます。チガウ、おれたちじゃナイ、などとわめいている声も聞こえてきます――。

 すると、突然大きな翼を広げた連中がいました。闇の花の蔓に捕まる前に空に飛び上がり、風の犬へ向かってきます。フルートたちは顔色を変えました。

「しまった! 空飛ぶ怪物もいたんだ!」

 フルートが剣から炎の弾を撃ち出し、ゼンが襲ってきた怪物に聖なる剣を振り回します。けれども、翼の怪物たちはすばしこく、攻撃をかわしては、またすぐに襲いかかってきます。その数はどんどん増え、やがて花畑の上空も怪物でいっぱいになってしまいました

 ポチとルルが右へ左へ激しく飛び回り始めたので、フルートたちはあわててその背中にしがみつきました。怪物が次々襲ってくるのを、飛びながらかわしているのです。一瞬でも気を抜くと振り落とされそうで、フルートたちはまったく何もできなくなりました。攻撃されても、それを受け止めることさえできません。

 フルートがまた叫びました。

「このままじゃ捕まる! もう一度下りるんだ!」

「ワン、でも――」

 地上の花畑でも蔓が揺れ動いています。危険極まりありません。

 

 その時、頭上から一匹の怪物が飛びかかってきました。黒い翼と獣に似た頭部――ガーゴイルです。キ、シ、シィとまた金属がきしむような笑い声を上げ、鋭い爪と牙で、フルートではなく、ポポロやロキに向かって襲いかかってきます。

「コイツらのほうがうまそうダ! コイツらを食ってから、金の石ノ勇者を食ってやる!」

 ポチはとっさに身をかわしました。ポポロとロキが悲鳴を上げて、いっそう強くポチにつかまります。

 とたんに、その背中からフルートが飛び下りました。まだかなりの高さがあるのに、落ちるように地面に下り立ちます。そこは花畑の切れ間でした。周囲では闇の花の蔓が揺れ、怪物が右往左往を続けています。

「ワン、フルート!!」

 ポチはあわてて助けに飛んでいこうとしましたが、ガーゴイルに襲われて急旋回しました。背中でまたポポロとロキが悲鳴を上げます。

 すると、フルートが地上から声を張り上げました。

「間違えるな、おまえたち!! 金の石の勇者はぼくだぞ!! 願い石はここだ!! 早く来ないと、他の奴に石を奪われてしまうぞ――!!」

 上空の仲間たちは思わず息を呑みました。フルート! とポポロが小さく叫びます。

 闇の怪物は欲の深い連中です。しかも、願い石を狙って集まる怪物は、あまり頭も良くありません。誘いを罠とは気づかず、即座にフルートめがけて押し寄せ始めました。フルートの姿が怪物たちの中にたちまち見えなくなってしまいます。

「フルート!!」

 と仲間たちはまた叫びました。怪物たちがフルートに集中していったので、もう空に敵はありません。あわててフルートを助けに駆けつけようとします。

 すると、フルートの声がまた響きました。

「来るな! 巻き込まれるぞ!!」

 ゴゴゥッと怪物たちの大群の奥から音が響き、激しい炎が吹き出しました。通り道の怪物を火に巻き込み、さらにその向こう側の花畑を焼きます。

 とたんに、闇の花が反応しました。何百という蔓を鞭のように飛ばしてきます。

 また、フルートがゴゥッと炎の弾を撃ち出しました。怪物の間を飛び抜けて、花畑で燃え上がります。また花の蔓が襲いかかってきます。蔓が絡みついていくのは、数え切れないほど集まっていた闇の怪物たちです。

 怪物たちがはがされるように蔓に引きずられていった後から、フルートがまた姿を現しました。金の鎧兜に炎の色を映しながら、剣を構え続けています。また炎の弾を撃ち出して、怒った闇の花に怪物を襲わせます――。

 

 ところが、その時、花の蔓がフルートの腕に絡みつきました。一瞬の隙を突かれたのです。炎の剣で断ち切ったところに、また別の蔓が飛びかかってきて、あっという間にフルートをがんじがらめにしてしまいます。

「フルート!!」

 仲間たちは空から急降下しました。ゼンがフルートの隣に飛び下ります。

「馬鹿野郎! 無茶するな!」

 とどなりながら剣をふるいます。リーン、リリーン、と聖なる剣が鈴のような音を響かせ、フルートに絡みついた蔓を霧散させていきます。

 ルルの背中からメールが叫びました。

「気をつけな! 蔓がまた来るよ!」

 花畑から、また数え切れないほどの蔓が飛び出していました。一度上空めがけてまっすぐに伸び上がり、それから放射状に広がっていきます。まるで噴水が高く吹き上がり、周囲に広がっていくような眺めです。闇の怪物だけでなく、その中央に立つフルートやゼンにまで絡みついていきます。ゼンとフルートが必死で剣をふるって切り払おうとしますが、数が多すぎて防ぎきれません。

 すると、突然少年の悲鳴が上がりました。空に伸び上がった蔓の一本がロキを捕まえたのです。ポチの背中から奪い取っていきます。

「ロキ!!」

 とフルートとゼンは叫びました。黒髪の小柄な少年が花畑の中へ連れ去られていきます。今は人間になってしまったロキです。花に襲いかかられたら、あっという間に引きちぎられて殺されてしまいます。

 フルートとゼンは絡みつく蔓を切り払うと、ロキの後を追って花畑に飛び込んでいきました――。

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