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第9巻「仮面の盗賊団の戦い」

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44.占者

 ロムドの北の街道沿いに広がる森の中に、怪物や盗賊とロムド兵が戦う音が響き渡っています。

 その中で、ユギルは占盤を見つめる目を細めました。象徴が闇に包まれて見えなくなっていきます。占盤を使っても、もう追いかけることはできません。

「どうだ、ユギル?」

 とオリバンが尋ねてきました。ロムドの皇太子は自分やユギルに襲いかかってくる怪物を撃退しています。刃がひらめくたびに怪物は倒れますが、すぐにまた起き上がって飛びかかってきます。オリバンが使っているのは普通の剣です。聖なる剣のように闇の怪物を霧散させる力はないのでした。

 すると、ふいにユギルが顔を上げて叫びました。

「殿下、左です!」

 山猫のような怪物が森の茂みから飛び出してくるところでした。オリバンの死角を突いてかみつこうとします。オリバンは、とっさに盾でそれを防ぎました。大剣を振り下ろして怪物の首を切り落とし、体から遠い場所へ蹴飛ばします。頭を切り落としても体を焼き払わなければ、闇の怪物はいつかよみがえってきますが、頭と体が遠い場所にあれば、復活に少し手間取るのでした。

 ユギルは立ち上がりました。地面にじかに置いていた占盤を馬の荷袋に納めて言います。

「もうこれ以上、勇者殿たちを追うことは不可能です。今はこちらの戦いに専念いたしましょう」

「あいつらはどうなった!?」

 とオリバンがまた尋ねました。激しく戦いながらも、闇の結界に飛び込んでいったフルートたちを心配します。

 ユギルは色違いの瞳を、彼らが消えた空へ向けました。

「もう見ることはかないません。闇に完全に隠されてしまいました。ですが――直感ですが、その闇の中に魔王の気配は感じられないような気がいたします。勇者殿たちと一緒にあったのは、同じ光の仲間の象徴です。おそらく、闇の結界の中でもご無事でいらっしゃるでしょう」

 闇に紛れる直前、占盤の上で変化していったロキの象徴を思い出します。それは、淡く光る灰色の石で、魔王を示す闇には染まっていなかったのです。

 オリバンはうなずきました。

「では、いずれ戻ってくるな。生きてさえいれば、必ずまた戻ってくる――。あいつらはそういう連中だからな」

 飛びかかってきた怪物へ、また大剣をふるいます。

 

 その時、森の右手で火の手が上がるのが見えました。巨人の怪物が燃える火ではありません。突然激しい炎がわき起こったのです。火に包まれたロムド兵たちが悲鳴を上げながら転げ回るのが木立の間に見えます。

「炎使いの盗賊です!」

 とユギルが言いました。

 オリバンは即座に反応しました。

「行くぞ、ユギル!」

 と先に駆け出します。その後ろについて走りながら、ユギルはまた叫びました。

「殿下! 頭上にご注意を!」

 オリバンが大剣を振り上げるのと、上から黒い仮面の盗賊が降ってくるのが同時でした。高飛びの盗賊です。剣をオリバンに防がれて体勢を崩し、オリバンの体を蹴ってまた高く飛び上がります。

「盗賊どもがまた暴れ出したな」

 とオリバンは身構えたまま言いました。行く手の森では次々に火の手が上がり、ロムド兵が火だるまになって倒れていきます。炎使いの盗賊に襲われているのです。早く駆けつけたいのですが、頭上からはまた高飛びの盗賊が襲いかかってくるところでした。

 とたんに、ユギルがまた声を上げました。

「殿下、剣を右へ!」

 盗賊は真上から襲いかかってくるのに、そんな指示を出します。けれども、オリバンはためらいませんでした。ユギルの言うとおり、即座に右へ剣を突き出します。

 高飛びの盗賊が歓声を上げました。

「もらったぞ、でかいの!」

 と見上げるオリバンの顔へ剣を突き立てようとします。

 その時、いきなり森に風が吹きました。森の上にたれこめた雲から冷たい突風が吹き下りてきたのです。空中にいた盗賊があおられて体勢を崩します。落ちていく先には突き出したオリバンの剣が光っていました――。

 森に絶叫が響き、盗賊は地面に落ちて動かなくなりました。ユギルの読みの通りでした。

 

 オリバンはすぐに剣を振って血を払い、また駆け出しました。行く手の森で暴れ回っている炎使いに向かいます。ユギルが言いました。

「殿下、炎使いの術にはまらないよう、視線の先に三秒以上留まりませんように!」

「わかった!」

 オリバンがさらに駆けていきます。木立の陰にその姿が見えなくなったと思うと、剣の音が響き、立木が火を吹いて燃え上がりました。その炎をかわすように飛びのき、また剣を構えて走るオリバンの姿がちらりと見えました。

 ユギルは立ち止まりました。少し息を弾ませながら、遠い視線を虚空へ向けます。

「残る盗賊はあと二十人あまりですか……。半分まで減ったことになりますが」

 その生き残りが盗賊団の中でも特に凶暴で凶悪な連中なのだと、ユギルの予感は告げていました。人数が少なくなっても、決して安心はできません。しかも、森には闇の怪物もまだ数え切れないほど残っているのです。

 

 その時、ユギルの背後から突然人影が飛び出しました。ユギルに襲いかかり、細い首に腕を回してきます。――それは盗賊でした。黒い仮面の下からのぞく顔は、まだら模様のうろこにおおわれて、まるで毒蛇のように見えました。

「油断したな! 仲間の方ばかり気にしているからだ! おとなしくしないと、その綺麗な頭が体と永遠におさらばすることになるぞ!」

 とあざ笑います。ユギルは動けません。すぐ目の前に剣が突きつけられていたからです。横目で盗賊を見ながら言います。

「おとなしくしていても、結局わたくしを殺すのではありませんか? 私の占いにはそう出ておりますが」

 蛇のような盗賊は、おっと驚きました。

「貴様、占い師か。どうりで俺たちの攻撃がことごとく先読みされたはずだ。捕まえれば高く売れると思ったが、なるほど、こいつは生かしておくわけにはいかねえな――。俺の毒を食らって死ね!」

 盗賊は口を大きく開きました。蛇のように鋭い歯がずらりと並び、上顎の二本の牙からは黄色い毒がしたたっています。その牙をユギルの首筋に突き立てようとします。

 

 とたんに、するりとユギルが身をかわしました。まるで風のように盗賊の腕をすり抜け、思わず前のめりになった盗賊の腕に手刀を振り下ろします。盗賊が取り落とした剣を、思いきり遠くへ蹴り飛ばします。

「こ――この野郎!?」

 ふいを突かれた蛇の盗賊は怒って振り向き、ぎょっと目を見張りました。ユギルの手に、いつの間にかナイフが握られていたのです。盗賊が自分のベルトに下げていたものでした。剣をたたき落とされた瞬間、ナイフまでユギルに奪われていたのです。

 ユギルが言いました。

「あなたがわたくしたちをずっとつけ狙っていたのはわかっておりました。殿下と一緒のところを襲撃されては殿下のお手をわずらわせるので、わたくし一人にかかってきてくれるのを待っていたのです」

 整ったその顔が微笑を浮かべました。ぞっとするほど美しく冷ややかな笑顔が広がります。

 蛇の盗賊は歯がみしました。

「えぇい! トウシロウがそんなナイフ一本で何ができる! 俺様にはこの毒の牙がある! この皮膚のうろこもナイフくらいじゃ傷つかねえぞ!」

 とまた牙をむいて飛びかかっていきます。ユギルはまたその攻撃を先読みして身をかわしました。流れるような動きで飛びのき、ナイフを盗賊に振り下ろします。蛇の盗賊は片手を上げました。本当にうろこにおおわれた腕でナイフの刃を受け止めてしまいます。

 とたんに、盗賊はまた目をむきました。前のめりになって口を大きく開けます。その咽の奥からうめき声がもれました。ユギルの膝が思いがけない方向から飛んできて、盗賊の腹にめり込んだのです。

 ユギルはナイフと膝を引きました。よろめいた盗賊の首の後ろへ、今度は思いきり肘鉄(ひじてつ)を食らわせます。蛇の盗賊は、どうっと音を立ててその場に沈み、そのまま動かなくなってしまいました。

「首の骨がずれましたよ」

 とユギルは言いました。息ひとつ乱していない、冷静な声です。

「あなたの体はもう元のようには動きません。生涯、車椅子のお世話になることでしょう。占い師には戦うことができないなどという、誤った認識は改めることです」

 けれども、盗賊の返事はありませんでした。完全に気を失って倒れていたのです。

 

 ユギルは手の中のナイフを見ると、今度はひとりごとを言いました。

「久しぶりですね――」

 そこへ、森の奥から一匹の怪物が飛び出してきました。コウモリに似た、翼のある怪物です。あまり大きくはありませんが、牙をむいて襲いかかってきます。ユギルはそれへナイフを投げつけました。空飛ぶ怪物は体を貫かれて、そばの立木にはりつけにされました。

 ふむ、とユギルは自分で感心しました。

「それほど腕は落ちていなかったようですね。昔取ったなんとか、というところですか」

 闇の怪物はナイフに串刺しにされてもまだ生きていました。キィキィと怒って叫び続けています。間もなく脱出してきてしまうでしょう。こんな場所に長居は無用でした。

 昔々不良グループのリーダーをしていた占者は、長い銀の髪をひるがえすと、行く手の森で戦っている皇太子に向かって、また駆け出しました。

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