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第9巻「仮面の盗賊団の戦い」

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42.闇の花

 静まりかえっていた闇の結界に、ざわざわと泡立つような気配が高まっていました。風もないのに一面の闇の花が揺れて、黒い霧のような花粉をあたりにまき散らし始めます。急速に暗くなっていく世界の中で、地の底からまた声が響いてきました。

「勇者……勇者……金の石ノ勇者はドコダ……?」

 フルートは剣を構えました。一同の前に飛び出し、後ろのポポロに尋ねます。

「闇の怪物は!? どこに出る!?」

 ポポロは魔法使いの目を素早くあたりに向けました。左前方の花畑を指さして叫びます。

「あそこよ!」

 花の群れがひときわ大きく揺れたと思うと、そこから突然真っ黒なものが姿を現しました。巨大な蛇のような怪物です。ぬらぬらした体を光らせながら、まっしぐらにフルートたちめがけて襲いかかってきます。

「見つけたァァ! 金の石ノ勇者ダァァ!」

 フルートは剣で切りつけました。飛びかかってきた怪物が真っ二つになり、次の瞬間、炎を吹いて燃え上がりました。石ころだらけの地面に落ちて激しく燃え出します。

 ロキが目を丸くして言いました。

「黒ヒルだよ。危なかった。こいつ大食いだから、おいらたちみんな食われちゃうところだったぞ」

 けれども、フルートは警戒を解いていませんでした。炎の剣を構えたままロキに言います。

「ここは闇の国の一部を閉じた結界だって言ってたね……? ってことは、闇の国の怪物も一緒に閉じこめられてるってことだ。ぼくは闇の怪物たちから狙われてる。ぼくの中に願い石が眠っているからだ。そして、金の石は力を失っているから、ぼくたちを闇の目から隠すことができなくなってる。怪物たちがぼくを狙って襲いかかってくるんだよ」

「な――? 何のことだよ、兄ちゃん? 願い石って――?」

 フルートから一気に聞かされた話が理解できなくて、ロキはますます面食らっていました。けれども、その間にも周囲ではうごめくものの気配が高まっています。花畑の中を何かが迫ってきます。

 ゼンが背中の弓を外して矢をつがえました。

「要するに、怪物の大群が襲ってくるってことだよ! 気をつけろ!」

 どなりながら矢を放ちます。花畑から出てきた別の怪物が、頭を貫かれてすさまじい悲鳴を上げます。

 

 すると、また声が聞こえてきました。

「イタ――!」

「金の石ノ勇者ダ」

「アソコにイルぞ――!!」

 ざわざわと花畑が一面に揺れ、そこここに怪物が姿を現しました。何十という数です。人のような形のもの、獣のような形のもの、虫のような形のもの、その何にも似ていないもの、さまざまな姿形をした怪物たちです。

 ゼンがまた次々に矢を放ちました。エルフの矢は狙い違うことなく命中しますが、怪物たちは一度倒れても、すぐにまた起き上がってきます。たちまち矢傷が治っていきます。

「だ――だめだよ、ゼン兄ちゃん! 闇の怪物に矢なんか効くもんか!」

 と焦って言うロキに、ゼンはまたどなりました。

「そんなことは知ってらぁ! 時間稼ぎをしてんだよ! 囲まれるぞ、逃げろ!」

 怪物たちが迫っていました。フルートが剣を振ります。とたんに大きな炎が切っ先から撃ち出されて、怪物を花畑ごと火に包みます。

 すると、ロキがまた焦った声を上げました。

「闇の花を攻撃しちゃだめだ、フルート兄ちゃん! そんなことしたら――!」

 ばしゅっ、ばしゅっ、と何かを撃ち出すような音が花畑から響きました。鋭く空を貫いて何かが飛んできて、たちまち彼らの真ん中に飛び込みます。とたんにメールとポポロが悲鳴を上げました。それは長い蔓(つる)でした。花畑から伸びていて、少女たちを縛り上げています。

「この――!」

 ゼンが飛びかかって蔓を引きちぎると、また花畑から蔓が飛んできました。今度はゼンに襲いかかって縛り上げようとします。

 ロキが叫び続けていました。

「闇の花は攻撃してきたヤツを襲うんだよ! 花畑に引き込んで食っちゃうんだ! 手を出しちゃだめなんだよ!」

「ち。メールが言ってた通りかよ。とんでもねえ花だな!」

 言いながらゼンは自分を縛っていた蔓を力任せにまた引きちぎり、少女たちも蔓から引きはがしました。ちぎってもむしっても、闇の花はまた蔓を伸ばして襲いかかってきます。

「メール! これでも花には違いないんでしょう!? 操ることはできないの!?」

 とルルが尋ねました。すでに風の犬に変身して、襲いかかってくる花の蔓を風の刃で切り裂いています。そんなルルにも蔓は絡みつこうとしています。

「無理だよ! 闇の花があたいの言うことを聞くわけないじゃないか――!」

 とメールが叫び返しました。手にゼンから借りたショートソードを握って、自分やポポロやロキに襲いかかってくる蔓を切り払っています。新たな蔓がまた花畑から飛んできました。怒り狂ったような勢いです。

「危ない!」

 フルートがまた剣を振りました。炎が蔓と花畑を包みます――。

 

 その時、まったく別の方向から数本の蔓が飛んできました。フルートの手足に絡みついてしまいます。

「しまった!」

 フルートは蔓を振り切ろうとしました。が、蔓は鋼のロープのように堅くて、とても引きちぎれません。ゼンの怪力だからこそ断ち切れたのです。剣で切ろうにも、そこにも蔓が絡みついています。身動きのとれなくなったフルートを、じりっと蔓が花畑へ引き寄せ始めました。同じ花畑から、闇の怪物たちが飛び出してきて、奇妙な声を上げながら襲いかかってきます。

「いたァァ! 金の石ノ勇者だァァ――!」

「願イ石をヨコセぇぇ――!」

「金の石! 金の石!!」

 とフルートは必死で胸のペンダントに呼びかけました。けれども、金の石は輝きを失って灰色になっています。聖なる光を放つことができません。闇の怪物がフルートに飛びかかって、食らいつこうとします。

 その時、フルートの前にゼンが飛び出してきました。手にした剣で蔓を切り払い、さらに襲いかかってくる怪物に切りつけます。

 とたんに、リーン、と涼やかな音が響き渡りました。闇の花の蔓も怪物たちも、黒い霧のように崩れて消え、フルートの体が自由になります。聖なる剣です。

 驚くフルートにゼンが笑って見せました。

「オリバンが貸してくれてた剣だ。助かったな!」

 言いながら、また闇の怪物へ切りつけていきます。再び鈴の音が響き渡って怪物が霧散します。

 けれども、切っても燃やしても霧散させても、闇の怪物は後から後から姿を現していました。花畑が怪物でいっぱいになっていきます。闇の花の蔓も何百と彼らに襲いかかってきます。とても戦いきれる数ではありません。

 フルートは仲間たちに叫びました。

「みんな、ポチとルルに乗るんだ!」

 たちまち風の犬のルルが舞い下りてきました。ポチも風の犬に変身します。ルルの上にゼンとメールが、ポチの上にポポロとロキが乗ります。フルートもポチの背中に飛び乗ります。そこへまた蔓が襲いかかってきたので、聖なる剣と炎の剣で撃退します。

「空へ――!」

 フルートの声で二匹の風の犬は飛び立ちました。空に向かって高く舞い上がります。

 その後を闇の花の蔓が追いかけてきました。捕まえ引き戻そうとするように、こちらも長く長く伸び上がってきます。

 ポチとルルはさらに高く飛び上がりました。眼下の花畑が急速に遠ざかっていきます。

 花の蔓は、ついにそれ以上伸びることができなくなりました。ざわざわと空中で音を立て、フルートたちの後を追いかけようと揺れ動きますが、どうしても届きません。

 すると、悔しがるように揺れていた蔓が、突然向きを変えました。空を見上げて地団駄を踏んでいた闇の怪物たちへ、いっせいに襲いかかっていきます。たちまち闇の怪物たちは蔓に幾重にも絡みつかれて、花畑の中に引き倒されました。絶叫が響き渡り、そこここで血しぶきが上がります。闇の花が、捕まえられなかったフルートたちの代わりに、怪物たちを引きちぎって食っているのです。

 

 フルートたちは上空からそれを見下ろしていました。花畑の中に、もう怪物の姿は見当たりません。一匹残らず花にやられたのです。ポポロが目をそむけるようにして顔をおおい、ゼンとメールは花がいっそう赤さを増していくのを黙って見つめます。

 ロキは青ざめていました。闇の花畑で怪物たちと同じ目にあったのは、自分たちだったのかもしれないのです。

 そんなロキを、フルートは抱き寄せました。少年の小さな体は震えています。それを抱きしめながら、フルートは心で繰り返していました。

 今度こそ守る。今度こそ、きっとロキを守り抜いてみせる――と。

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