全員がようやく落ちつき、嬉し涙もおさまると、フルートはロキに少女たちを紹介しました。
「北の大地にいた時には直接会わなかったよね? ここにいるのがぼくたちの仲間の女の子たちだよ」
すると、メールが言いました。
「あたいたちはロキをよく知ってるけどね。心はずっとあんたたちのそばにいたから」
北の大地の戦いの時、少女たちはオオカミ魔王に捕まって力を奪われていたのですが、心を飛ばして少年たちのそばに駆けつけ、ずっと彼らを助け続けたのです。
すると、ロキも言いました。
「おいらのほうも、教えられなくてもどれが誰かわかるよ。兄ちゃんたちからずいぶん話を聞かされたもんな。あんたがゼン兄ちゃんの好きなメール姉ちゃんだろ? で、こっちがフルート兄ちゃんの好きなポポロ姉ちゃんで、こっちがポチの好きなルルだ」
年上の少年たちはたちまち真っ赤になりました。特にポチはとてもうろたえてしまいました。
「ワ、ワン、ロキ! そ、それは……!」
「あれ、違ったのかい? ずっとそうだと思ってたんだけど」
とロキがポチとルルを見比べます。思いがけないことを言われて少女たちも真っ赤な顔で照れていましたが、中でもルルはとても面食らった様子をしていたのです。やがて、つん、と顔をそむけてしまいます。それを見てポチがしょげます。
ゼンが苦笑いしながら言いました。
「ったく。相変わらず、変なところにばかり目が利くヤツだな。いいから今はこれからのことを話そうぜ。こんな不気味な場所に長居なんかしたくねえや。どこが出口かわかんねえのか?」
「ロキ、君、さっきここは魔王の作った闇の結界だって言ってなかったかい? やっぱりあの盗賊の首領が魔王だったんだね?」
とフルートも言います。
すると、黒髪に灰色の瞳のロキが、ちょっと困ったように首をかしげました。
「うーん……実はそれがよくわかんないんだ」
「わからない?」
フルートたちは聞き返しました。
「うん。おいらのすぐそばには魔王がいたんだ。それは確かに感じたし、そいつがおいらをこの闇の結界に放り込んだんだけどさ、それがあの盗賊なのかどうか、よくわかんないんだ。……おいらさ、ちっちゃなロキの時には、周りの出来事がよく見えなかったし、聞こえなかったんだよ。本当に小さかったし、それに、おいら、兄ちゃんたちのことを忘れないようにってずっと思い続けていたからさ。これ、大変なんだぜ。普通は生まれ変わったら、その前の人生の記憶はなくなっちゃうんだから。でも、おいらは絶対もう一度兄ちゃんたちと会おうって思ってたから、何もしゃべらなかったし、見たり聞いたりもしないようにしてたんだ。それをしたら、兄ちゃんたちのことを忘れちゃいそうな気がしたからね。……おかげで、本当に兄ちゃんたちに会っても、ちっちゃなロキの時には気がつかなかった。この闇の結界に来て元の姿に戻ったら、兄ちゃんたちが一緒にいることもわかったんだよ」
そう言って、ロキは苦笑いをして見せました。フルートたちは、不思議な話に目を丸くしてしまいます。黄泉の門をくぐって死者の世界に行ったことも、そこから生まれ変わってきたこともない彼らにとっては、とても想像もつかないことでした。
ロキは話し続けました。
「おいらがちっちゃなロキの姿で盗賊の隠れ家に連れていかれた時にも、魔王の気配はしていたんだよ。なんか、すぐそばにいたような気もする。盗賊の頭に逆らった盗賊がそいつに食われてたからね。だけど、盗賊の頭が魔王だったのか、他の別なところにいたのか、それがよくわかんないんだ。おいら、ほんとに、世界のところどころしか見えなかったし、だいたいはこのボールばっかり見てたからさ」
と手のひらの上で黄色いボールを転がして見せます。
フルートたちは考え込んでしまいました。
「あの盗賊の首領は金の石の聖なる光が平気だったんだ。ユギルさんも、あいつは魔王じゃない、って言っていた。ユギルさんは素晴らしい占者だからね。いつだって、言っていることは正しいんだ。だとしたら、首領のすぐそばに魔王が潜んでいた、ってことになるな」
とフルートが言いますが、すぐにゼンが反論してきました。
「でもよぉ、あの時首領のそばに他のヤツなんかいなかったぞ? 姿でも消してたって言うのかよ?」
すると、ポポロが首を振りました。
「それは違うと思うわ……。姿を消していても、あたしの魔法使いの目にはわかるし、ユギルさんだって気がつくと思うもの。魔王の気配は確かにあの首領のところから伝わってきたの。だけど……」
「首領は魔王じゃない」
とフルートがまた言います。一同は考え込んでしまいました。
すると、急にルルがロキのそばに行って、ふんふん、と匂いをかぎました。少しの間足下をうろついて、また元の場所へ戻っていきます。
「な、なに?」
とロキが驚くと、ルルがすまして言いました。
「別に何でもないわ。ちょっと確かめただけ」
「何を?」
と今度はメールが尋ねます。ルルは腰を下ろすと、まるで人間のように肩をすくめて見せました。
「ロキの中にデビルドラゴンが隠れてないかどうかを、よ。ロキが魔王にされてる可能性だってあるわけだから」
一同はびっくりしました。ルル! と思わずポポロが声を上げてしまいます。ロキを疑うなどもってのほかだと思ったのです。
すると、ルルが一同を見回して続けました。
「そんなに怒るけど、心配しなくちゃいけないことなのよ。ロキは元々闇の民だわ。その記憶を持っているからこそ、この闇の結界の中で元の姿に戻ったのよ。デビルドラゴンは人の闇の心に棲みついて、そいつを魔王にする怪物だもの。ロキの闇の記憶に忍び込んでる可能性はあるのよ」
ロキはとても驚いた顔をしていましたが、それを聞いて苦笑しました。
「ルルって厳しいんだなぁ……。そんなに綺麗な恰好をしてるのにさ」
「私自身がデビルドラゴンに魔王にされたことがあるからよ。あいつの怖さは身にしみて知っているの」
淡々とした口調の陰に、語り尽くせない記憶と想いがあります。仲間たちは思わず、そうか、と考え、ロキもうなずきました。
「そういうことならわかったよ。で、おいらはどうだった? 知らない間に魔王にされてた?」
「大丈夫ね。あなたから闇の匂いは全然しないわ。……これだけ闇が濃い場所ですもの。デビルドラゴンが取り憑いていたら、絶対に気配や匂いをさせているはずよ。でも、ロキからは人間の匂いしかしないわ。闇の気配は本当に全然ないの。闇に呼び起こされたのは、その姿形だけだったみたいね」
それを聞いて、一同はほっとしました。
フルートがほほえみます。
「ロキは昔から闇じゃなかったんだよ。確かに闇の民には生まれていたけどさ、ずっと光の心を持っていたんだ。闇の国に行ったって、魔王から命令されたって、その光はずっとなくさなかったんだよ」
信頼を込めてそう言い切られて、ロキは思わず照れたように顔を赤くしました。
「だが、これで話はまた元に戻ったな」
とゼンが言いました。
「魔王はいったい誰か、ってことだ。で、もっと問題なのが、どうやったらここから抜け出せるかってことだな。さっきからずっと感じてたんだけどよ、ここ、出口がないんじゃねえのか? 黄泉の門の戦いの時に俺が放り込まれた狭間の世界に、なんかやたらと近いものを感じるぞ。あそこには出口なんか全然なくて、いくら歩いても果てがなかったんだよな」
「あたしの魔法使いの目でも、この世界の果ては見えなかったわ」
とポポロが身震いしながら言いました。行けども行けども赤黒い花が延々と咲き続ける不気味な光景は、思い出しただけでも恐ろしくて気が遠くなりそうでした。
ロキがうなずきました。
「闇の結界だからね。ここはたぶん、闇の国の一部だと思うんだ。闇の国にしか咲かない闇の花があるから。魔王が闇の国を切り取って、そこを閉じて結界にしたんだ。ゼン兄ちゃんの言うとおり、結界には出口はないよ。どうにかして出口を作り出して、そこから抜け出すしかないんだ」
それを聞いて、少年少女たちはまた考え込みました。どうやって出口を作ればいいんだろう、と思いめぐらします。彼らの周囲に広がっているのは、花が咲く薄暗い空間です。打ち破るような壁があるわけでもありません。
やがて、ポチが口を開きました。
「ワン、そういえば大藻海(だいそうかい)の戦いの時にもありましたよね。魔王が作った闇の中に閉じこめられちゃったこと……。あそこはもっと真っ暗で花も咲いていなかったけど、やっぱり出口のない結界の中でした。今と同じように、金の石も力を奪われてしまったんですよ」
フルートたちは思わず顔を見合わせました。謎の海の戦いの最終決戦の話です。
「ええと、あん時は確か――」
と思い出す顔になるゼンに、ポポロが言いました。
「あたしが闇の中に行ったのよ。フルートの呼び声を道しるべに。そして、そこに天空王様がみんなの力を送り込んでくださって、魔王を倒した後は、闇に道を開いてあたしたちを闇から出してくださったの」
「そうそう、そうだったね」
とメールがうなずきました。その時、メールは父の渦王たちと一緒に闇の中へ自分の力を送ったのです。
フルートは考え込みながら言いました。
「ポポロの今日の魔法はまだもう一回残っている。魔法で外の世界へ出口を開くことはできないかな?」
ところが、緑の瞳の少女は悲しそうに首を振りました。
「方向がわからないのよ……。さっき魔法使いの目で探ってみたけれど、外につながる方向がつかめないの。あたしの魔法は二、三分しか続かないわ。道を開く前に、きっと魔法が切れてしまうと思うの」
うーん、とまた一同は考え込んでしまいました。その後は、しばらく誰も何も言うことができません。
すると、沈黙になった世界から、かすかな声が聞こえてきました。
フルートは物思いから覚めました。空耳かとも思ったのですが、聞き耳を立てていると、また声が聞こえてきました。
「――ダ? ……は、ドコダ……?」
誰かが何かを探しています。地の底から響いてくるような、不気味な声です。
フルートは一気に総毛立ちました。この口調にはなじみがあります。
「ドコダ? ――はドコダ? 願イ石は、ドコにアル……?」
と声は言い続けていました。
「闇の怪物だ!!」
とフルートは叫ぶと、背中から剣を引き抜きました――。