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第9巻「仮面の盗賊団の戦い」

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40.嬉し涙

 ロキ? とフルートに尋ねられて、小柄な少年が、にこりとしました。人なつこい笑いが広がります。

 それは、フルートやゼン、ポチがよく覚えている笑顔でした。北の大地の白い景色とブリザードの音が、突然周囲によみがえってくるような気がします。驚きのあまり何も言うことができません。

 彼らが茫然と見つめているだけなので、少年は今度は口を尖らせました。文句をつけるように言ってきます。

「何そんなに驚いてんのさ? また会えるって言ったじゃないか。あんなに約束したのに忘れちゃってたのかよ、兄ちゃんたち?」

 まだ十かそこらの歳なのに変に大人びたことを言う、小生意気な調子も変わりません。ロキは、本当にあの頃のままでした。黒い服に黒い髪――闇の少年の姿です。ただ、その瞳は赤ではなく、トジー族の時のような灰色をしていました。額にあった一本の角や、口の両端からのぞいていた牙も、今はもうありません。

 フルートはおそるおそる手を伸ばしました。ためらい、思い切って少年の肩に触れてみます。――さわれます。つかむこともできます。フルートの手のひらに、ロキの体の感触と体温が伝わってきます。

「どうして……?」

 とフルートはまた尋ねました。信じられなくて、つぶやくような声にしかなりません。

「君……どこから現れたんだい……」

 なんだか夢を見ているようで、夢なら覚めないでいてほしいと願ってしまいます。

 すると、ロキが、へへっと笑いました。その笑い方も彼らには涙が出るほど懐かしいものでした。

「おいら、ずっと兄ちゃんたちのそばにいたじゃないか。ほら」

 と手に握っていたものを放り上げて見せます。それは黄色いボールでした。リンリン、と鈴の音が響きます。

 フルートたちはまた驚きました。あわててあたりを見回しましたが、青い服を着て黄色いボールを追いかけていた男の子は、どこにも姿がありませんでした。

 そんな一同の様子に、黒髪のロキがまた笑いました。

「探したって、ちっちゃなロキはもう見つかんないってば。おいらがここにこうしているんだからさ。ここは闇がすごく濃いからね、闇の民だった頃のおいらの姿が呼び出されたんだよ。ま、おいら今はもう人間だから、完全に昔通りってわけじゃないんだけどね」

 ポチがそっとその足下に近づいて鼻を押し当てました。懐かしい懐かしい匂いがします。北の大地で出会ったロキの匂いでした。

「ワン、ロキだ――! 本当に、本物のロキだぁ!!」

 ポチは歓声を上げました。ワンワン鳴きながら飛びついて、黒髪の少年の顔をなめ回してしまいます。

「よせよ、ポチ。くすぐったいよ!」

 ロキが笑いながらそれを抱きとめます。

 

 ゼンはまだ茫然としていました。目の前のロキを見つめて、本物――とつぶやきます。

 と、みるみるその顔が真っ赤になっていきました。怒ったような表情です。突然ロキに飛びつくと、がば、とその体を捕まえて押さえ込んでしまいます。

「本物だと!? この――馬鹿野郎! なんでもっと早く出てこねえんだよ!」

「いたたっ! 痛い、痛いよ、ゼン兄ちゃん! なんで怒るのさぁ!?」

 ロキが悲鳴を上げて抗議します。

「うるせえ! おまえが北の大地で消えて、俺たちがどれくらい悲しんだかわかるのか!? こんなに――こんなに心配かけやがって!! この馬鹿野郎!!」

「そんなこと言ったってぇ! しょうがないじゃないか。おいらにどうしろって言うのさ」

「そうやって居直るところが気にいらねえ! 心配させてごめん、の一言くらいねえのかよ!」

 けれども、口では盛大に怒りながらも、ゼンの目は涙でいっぱいになっていました。手の中に捕まえたロキを、まじまじとのぞき込みます。

「本物なんだな――? 本当に、あのロキなんだな――?」

 確かめる声は、今にも泣き出しそうに震えていました。

 ロキは、灰色の瞳を丸くすると、首をかしげてゼンを見上げました。照れ隠しをする表情で答えます。

「おいらだったら。見てもわかんないなんて、もう老眼かい、ゼン兄ちゃん? ちょっと早すぎるんじゃないの?」

「るせぇ! 相変わらず、くそ生意気なガキだな! 死んでもその性格は直らなかったのかよ!?」

 どなりながらゼンの目から涙がこぼれます。嬉し涙です。

 すると、フルートがゼンの手からロキを奪い取りました。やはり、こちらもまじまじと顔をのぞき込んでしまいます。ロキがまた照れた表情になりました。

「ちぇ、フルート兄ちゃんまでおいらを信じられないのか? 本物だったら。幽霊なんかじゃ――」

 とたんに、金の籠手をはめた腕がその体に絡みつきました。フルートがいきなりロキを抱きしめたのです。フルートは小柄ですが、ロキはもっと小さな体をしています。それを強く抱きすくめてしまいます。

「フ、フルート兄ちゃん……?」

 びっくりして目を白黒させるロキを、フルートは何度もなでました。手の中の体の感触と暖かさを繰り返し確かめます。間違いありません。本当にロキです。本当に、あのロキが、ここにいるのです。

 とたんに、どっと涙があふれてきました。次々にこみ上げてきて止まりません。

「や、やだな兄ちゃん、泣くなよ。おいらよりずっと大きいんじゃないか。泣いたらおかしいぞ。泣くなったら……」

 ロキがあわてたように言っていました。驚きと照れくささで頬が真っ赤に染まっています。

 フルートはそんなロキを抱きしめ続けました。遠い日、雪原にぽつんと置き去りにされていたマントを思い出します。墓標のように突き立てられた銀のロングソード、青い友情の石のペンダント。それらと一緒に残されていたマントはあまりにも軽く、はかない手応えでした。今、腕の中にいるロキの確かさが嬉しくて、また涙にむせんでしまいます。

「フルート兄ちゃん」

 とうとうロキの声も震えました。たちまち泣き声に変わります。

「兄ちゃん……。フルート兄ちゃぁん……」

 ぽろぽろと涙を流しながら、フルートにしがみついてしまいます。そんなロキをフルートがいっそう愛おしく抱きしめます。

 すると、ゼンが泣き笑いしながら言いました。

「こら、ロキ。フルートだけじゃなく俺のことも呼べよ」

「ワン、ぼくもですよ」

 ポチもゼンの肩に飛び乗ってロキの顔をのぞき込みます。

「ゼン兄ちゃん。ポチ――」

 ロキも泣きながら笑います。ゼンが腕を回してフルートごとロキを抱きしめ、ポチがまた身を乗り出してロキをなめます。

 

 そんな少年たちを少女たちが見ていました。メールは笑顔、ポポロは大粒の涙を流して嬉し泣き、ルルももらい泣きしながら尻尾を振っています。少年たちは泣きながら笑っています。その幸せそうな姿が、少女たちには何より嬉しかったのです。

 周囲にはまがまがしい赤い花が咲き乱れる闇の結界が広がっていました。底知れない暗がりが取り巻き、強い憎悪が渦巻いている世界です。けれども、その暗さも不気味さも、彼らの喜びを損ねることはできませんでした――。

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