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第9巻「仮面の盗賊団の戦い」

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38.人質

 森の中からそそり立つ怪物が、金の石の光に照らされて溶け出していました。巨大な体の表面が火に当たった蝋(ろう)のようにどろどろになり、黒い塊になって落ちていきます。金の光がますます強くなると、溶ける速度もさらに速くなり、やがて体全体が流れるように崩れ始めました。怪物の絶叫が何度も響き渡り、森中を揺るがします。

「ォおおォォ……勇者! 金の石ノ勇者めェェ……!!!」

 けれども、その声もやがてとだえました。叫ぶ口も咽も光の中で完全に溶け去ってしまったからです。長い手足も溶け落ちて、人の姿が失われていきます。

 やがて、テナガアシナガはゆっくりと足下の火の中に倒れていきました。再び地響きが起こります。炎が怪物の体を包み、さらに激しく燃え上がります。

 風の犬のポチに乗ったフルートとポポロの隣で、金の石の精霊が口を開きました。空中に浮かんだままの恰好です。

「あいつはもう心配ない。完全に焼き尽くされてしまうよ。フルート、ぼくを森の中へ運ぶんだ。他の怪物たちも一掃しよう」

 森の中にはもっと小さな闇の怪物たちが数え切れないほど姿を現して、ロムド兵を襲い続けていたのです。ほっとした顔になっていたフルートたちはすぐに真剣な顔に戻り、森の中へと急降下していきました。風の犬のルルがそのすぐ後についてきます。

 

 金の石はフルートの手の中で光り続けていました。暗い森の中をまばゆく照らします。

 とたんに、そこここで絶叫や悲鳴が上がり始めました。光に照らされた闇の怪物たちが溶け始めたのです。テナガアシナガと同じように、たちまち姿を失って崩れ落ち、その場で消滅してしまいます。

「急げ」

 と金の石の精霊がポチと一緒に飛びながら言いました。

「ポポロの魔法は二、三分しか効かない。ぼくの中に力があるうちに怪物たちを消滅させるんだ」

 フルートは石をかざし続けました。ポチが森の中を縦横無尽に飛び回り、光がいたるところを照らします。怪物たちがどんどん消えていきます。

 すると、彼らはふいにオリバンの元に出ました。オリバンは片手で馬を操りながら怪物と戦っていました。聖なる剣で闇の怪物を次々に霧散させていきます。

 ところが、オリバンは驚くほどの数の怪物に囲まれていて、切っても切っても倒しきれずにいました。勇者だ、こいつが金の石の勇者だ、と怪物たちが口々に言っています。怪物相手にめざましい戦いぶりを見せるオリバンを、金の石の勇者と勘違いしているのでした。

 フルートは怪物たちに叫びました。

「どっちを見ている!? 金の石の勇者はぼくだぞ!!」

 怪物たちが、ぎょっとしたようにフルートを振り向きました。とたんに聖なる金の光を全身に浴び、たちまち溶けて消えていってしまいます。

 

 オリバンがフルートたちを見上げました。激しい戦いに肩で息をしていますが、怪我はありません。兜の面おおいを引き上げ、輝く金の石と精霊の少年を見て笑います。

「金の石が復活したのだな。よかった」

「ポポロの魔法です」

 とフルートもにこりとしましたが、そのとたん、ふうっと精霊の姿が薄れて消えました。石もたちまち輝きを失ってしまいます。ポポロの魔法の効果が切れたのでした。

 あっ、と思わず一同が声を上げたところへ、メールとゼンが馬で駆けつけてきました。

「いたいた! やっぱりフルートたちだよ」

「金の光が見えたからな」

 と駆け寄ってきます。

 フルートが真剣な顔で金の石とポポロを見比べていました。

「ポポロ、もう一度石に力をあげられるかい……?」

 とためらいがちに尋ねます。ポポロがひどく疲れた顔をしていたからです。石に魔力を与えるというのは、とても大変なことなのに違いありません。

 けれども、ポポロはやつれた顔に、にっこりとほほえみを浮かべました。

「大丈夫よ。今日の魔法はもう一回残っているから……。金の石に森中の怪物を完全に消してもらいましょう……」

 と華奢な手の中に、また金の石を包み込もうとします。

 

 その時、激しい蹄の音と共に、森の奥からユギルが馬で駆けつけてきました。

「皆様方、ご注意ください! 敵が闇から出ます――!」

 と空を指さします。

 とたんに、その場所に一本の剣が現れ、ポポロに向かって飛んできました。誰かが投げつけてきたような動きです。

「危ないっ!」

 フルートはとっさに自分の体でポポロをかばいました。剣が金の鎧に当たってはじき飛ばされます。

 続いて空中の同じ場所から姿を現したのは、白い仮面をつけた男でした。また宙に立ちながら一同を見下ろしてきます。

「まったく、金の石の勇者というのは一筋縄では行かねえな。三年前と同じだ」

 フルートは目を見張りました。まるで自分と以前にも会ったことがあるような口ぶりです。盗賊の首領を見直しますが、仮面の下にどんな顔があるのか、見極めることはできませんでした。

 メールが声を上げました。

「ポポロ、あの男を攻撃しな! あいつが闇を呼ぶから怪物も集まってくるんだ! あいつを倒せば怪物もいなくなるよ!」

 ポポロは、どきりとした顔になりました。ポポロの魔法は非常に強力ですが、コントロールが悪くて、いつも周囲の人々まで巻き込んでしまいます。敵を攻撃すれば、きっと仲間たちにまで被害を与えてしまうでしょう。

 魔法使いの少女が躊躇していると、盗賊の首領がにやりと笑いました。

「迷う必要はねえさ。こいつを見ても攻撃できるんなら、やってみろ」

 高く上げた右手の先に、いつの間にか一つのものが握られていました。――それは青い服を着た小さな男の子でした。

 

「ロキ!!」

 とフルートたちはいっせいに叫びました。

 ロキは盗賊の首領に片手をつかまれて、まるで物のようにぶら下げられていました。目もくらむほど高い場所だというのに、小さなロキは少しも泣いていません。ただ、自由になろうと懸命に身をよじり続けています。つかまれていない方の手には、黄色いボールがしっかりと握られていました。

「この野郎! ロキを放せ!」

 とゼンがエルフの矢を首領めがけて放ちました。けれども、矢はまた闇の障壁に防がれてしまいます。

「ワン、ロキ!」

 ポチが背中にフルートとポポロを乗せたまま突進していきました。首領からロキを奪い返そうとしますが、やはり障壁に激突して弾き返されてしまいます。ポチの背中から落ちそうになったポポロを、フルートがあわてて抱き止めます――。

「ルル、来い!」

 とゼンが叫び、飛んできたルルの背中に飛び移りました。メールも黒星からルルに乗り移ります。すると、オリバンが呼び止めました。

「待て、ゼン――! これを使え!」

 と投げ渡してきたのは聖なる剣でした。それを空中で受け止めて、ゼンは、にっと笑いました。

「ありがとよ、オリバン」

 風の犬のルルが空を駆け上がりました。首領のいる場所まで飛び上がっていきます。ゼンが聖なる剣を両手で握って振り下ろすと、黒い壁が真っ二つに切り裂かれた姿で現れ、黒い霧になって崩れていきました。やった! とメールとルルが歓声を上げます。闇の障壁が消滅したのです。

「行け、ポチ! ロキを助けるんだ!」

 とフルートが叫び、ポチがまた急上昇しました。障壁があった場所を抜け、首領がつり下げている小さな男の子を奪い返そうとします。

 すると、首領が、ふん、と鼻で笑いました。自分に向かってくる勇者たちの目の前で子どもの手を放します。

 フルートたちは息を呑みました。盗賊の首領は森の梢のあたりに浮いています。そこから地上に向かってロキを放り投げたのです。とても無事ではすまない高さです。

「ロキ――!!」

 ポチが落ちていく子どもに向かって飛び始めました。フルートがロキを捕まえようと両手を伸ばします。ゼンとメールを乗せたルルも同じ場所へ突進します。

 

 その時、地上で見上げていたユギルがふいに目を細めました。占者の目は、落ちていくロキの周りで急速に闇が濃くなっていくのを見取ったのです。それは、今までになかったほど濃く深い闇でした。まるで底なしの穴のように見えます。

 ユギルは思わず叫びました。

「いけません! 罠です!!」

 ロキを中心に闇がますます濃くなっていきます。暗いかげろうに包まれたように、その姿が揺らいで消え始めます。

「ロキ!!」

 フルートたちはまた叫びました。――ユギルの警告は聞こえていたのかも知れません。けれども、彼らは止まりませんでした。消えていこうとするロキに向かって空を飛び、精一杯に手を伸ばし続けます。

 と、その彼らの姿も空から消え始めました。ロキと一緒に暗がりの中に見えなくなっていきます。

「フルート! ゼン!」

 オリバンが駆け出しましたが、地上から彼らのいる空中に駆けつけることはできません。ロキの小さな姿が消え、フルートとポポロを乗せたポチも、ゼンとメールを乗せたルルも、次々と姿を消していきます。空に漂う暗い影はすぐに消え、後には風に吹かれて揺れる森の梢だけが残ります。

 

 オリバンは腰の大剣を引き抜きました。宙にまだ浮かんでいる盗賊の首領へどなります。

「彼らをどこへやった!?」

「闇の結界の中よ。深い深い闇の底だ。そこで連中は何を見るだろうな? もう貴様らとは生きて会えねえよ」

 高笑いを残して首領も消えていきました。白い仮面が冷たく光って見えなくなります。オリバンは歯ぎしりをしました。本当に、どうすることもできません。

 

 ユギルは馬の上で茫然と空を見続けていました。心の奥底から予感を告げるものがあります。何かが起きる、これから何かが起きるぞ、と――。

 何が、とユギルは聞き返しました。勇者の一行は闇の結界の中に連れ去られ、閉じこめられてしまいました。小さなロキも一緒です。金の石も力を失っている今、そこで何が起きるというのでしょう。彼らがそこから抜け出してくる方法はあるのでしょうか。闇は渦巻きながら行く手に横たわっています。

 ユギルはつぶやきました。

「ロキは闇の民の生まれ変わりだと勇者殿は言われた……この深い闇が何か影響するのだろうか……?」

 それは疑問の形の予感でした。予感をたどって闇に呑み込まれた象徴を追いますが、どうしても奥まで見通すことはできません。

 ユギルは声を上げました。

「殿下!」

「何だ!?」

 駆け戻ってきたオリバンが目を丸くしました。ユギルは自分の馬を下りて荷物から占盤を取り出していたのです。

「わたくしは勇者殿たちの行く先を占います。その間の護衛をお願いいたします」

 彼らの周囲にはまだ闇が濃く漂い、それに惹かれてまた闇の怪物たちが集まり出していました。森の木立の間に、不気味な黒い影が動き回っています。今はまだ気配は感じませんが、仮面の盗賊たちも同じ森に潜んでいるのです。

「よし、任せろ」

 とオリバンは馬から下りて大剣を抜きました。ユギルを守って仁王立ちになります。

 その後ろでユギルは地面に占盤を置き、かがみ込みました。長い銀髪が流れるように垂れて占盤にかかります。それをうるさそうに払いのけ、さらに占盤の表面を見つめ続けます。磨き上げた石の表面に映る象徴を追いかけ始めます――。

 

 いくつもの象徴が闇の中へ落ち込んでいました。四人の勇者たちを表す金の光、銀の光、青い炎、緑の光、そして二匹の犬たちを表す星の輝きと白い翼です。

 そして、金の光のその先に、もう一つの象徴が見えていました。小さな黄色いボール――ロキの象徴です。

 彼らを取り巻く闇はますます濃く深くなっていました。占盤を使っても、象徴がかすんで見えなくなってきます。ユギルは必死で心の目をこらし続けました。全神経を集中させて、彼らの後を追い続けます。

 その一方で、ユギルはこの状況を分析し続けていました。占いは象徴を「見る」だけでは意味がありません。それが何を意味するかを分析し、この先どう動き、何が起きてくるかまでを読み取らなければ、役には立たないのです。

 ユギルは空に浮かぶ盗賊の首領を見た時、魔王にも匹敵する強大な闇の気配を感じていました。ところが、首領は金の石の光にまったく平気でした。首領自身は魔王ではないのです。

 あの時、首領の後ろの闇の中にはロキがいました。形勢が不利になったらいつでも人質に突き出せるよう、首領が手元まで連れてきていたのに違いありません。黄色いボールの象徴が首領のすぐ陰にいるのが、ユギルには見えていました。

 魔王の気配がする中にいたのは、その二人だけでした。白い仮面の首領と、ボールを抱えた小さなロキです――。

 すると、占盤の上で象徴の一つが変化を始めました。先頭を行く黄色いボールです。闇の中に溶けるように形を失い、違うものへ変わっていきます。

 やはり、とユギルは心でつぶやきました。闇は闇を活性化させます。強力な闇がロキの中にある闇を呼び覚ましたのに違いありません。変化する象徴を食い入るように見つめてしまいます。

 

 ところが――。

 ユギルの予想に反して、ロキの象徴は闇に染まっていきませんでした。

 黄色いボールは溶けるように姿を失い、代わりに別の象徴が姿を現します。闇を表す黒い色をしていません。逆に闇の中でかすかに明るく光り出します。

 ユギルは信じられないようにその象徴を見つめ続けました。

 黄色いボールから変化したそれは、楽しげに転がる灰色の玉の姿をしていたのでした――。

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