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第9巻「仮面の盗賊団の戦い」

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37.力(ちから)

 眼下の森にちらちらと赤いものが広がるのをみて、上空のフルートとポチとルルは、はっとしました。

「火事だ――!」

「煙と油の匂いがするわよ!」

「ワン、ロムド軍が怪物に火をかけたんだ!」

 森の中からそそり立っている黒い巨人は、まだ火に気がついていません。飛び回るフルートを追いかけ続けています。

 そこから逃げながら、フルートは森の様子を眺め続けました。火は急激に大きくなり、炎が木立伝いに広がっていきます。

 すると、突然どっと北から風が吹き出しました。鈍色だった空が、いつの間にかいっそう暗くなっています。風に吹かれて火がごうごうと燃え上がりました。あおられながら森の中に広がっていくのが見えます。

「いけない!」

 とフルートは声を上げました。

「このままだと森全体が火事になるかもしれないぞ! ロムド軍が火に巻き込まれる! ルル、風下に飛んで木を切り倒すんだ!」

「え――どうして?」

「類焼を防ぐんだよ! 枝から枝に燃え広がらないように、木を倒すんだ!」

「わかったわ!」

 ルルがうなりを上げて飛んでいき、火の風下に当たる森を風の刃で切りたおし始めました。ずしん、ずしんと木の倒れる音が響き渡る中、パチパチ、ごうごうと炎の燃える音が大きくなっていきます。黒い煙が立ち上ってきます。

 

 ようやく巨人が火事に気がつきました。青い一つ目で森を見回し、足踏みをします。さすがに熱さは感じるようです。火の中から抜け出そうと動き出します。

「足止めするんだ!」

 とフルートが叫び、怪物に向かって飛ぶポチの背中から剣を振りました。魔剣の切っ先から炎の弾が飛び、怪物の背中に炸裂します。

 テナガアシナガは振り向きました。その長い手にフルートが捕まってしまいます。ポチが身をかわすのが一瞬遅れたのです。

「ワン、フルート!」

 ポチは身をひるがえすと、フルートを奪い返そうと渦を巻いて飛びかかりました。

 すると、フルートも手にした剣で怪物の手を突き刺しました。何度も何度も貫くと、突然その手全体が大きな炎に包まれます。怪物が悲鳴を上げて手を放したとたん、落ちてくるフルートをポチが素早く背中に拾い上げました。

 フルートは燃え上がるマントを外して空に捨てると、剣を握り直して言いました。

「行け、ポチ! あいつが燃え尽きるまで、絶対にあそこから移動させないようにするんだ!」

 ポチがまたうなりを上げながら怪物に飛びかかりました。フルートが炎の剣で怪物に切りつけます――。

 

 森の中の木立の切れ間から、馬に乗ったユギルがじっとその様子を見上げていました。青と金の色違いの瞳をわずかに細めながら、目の前の光景に象徴の世界を重ねて、戦いの行方を読み続けています。

 やがて、ユギルはつぶやきました。

「難しいですね……。闇が濃すぎます」

 この世ならないものを見る占者の目は、森全体を非常に濃い闇がおおっていることも、その闇が怪物を活性化させていることも見取っていました。激しい炎に焼けた怪物の体が、土の塊のようにぼろぼろと崩れていきます。けれども、その下から次々と新しい体が生まれてきていました。再生のスピードが速すぎて、燃やしても燃やしても、焼き尽くすことができません。

 ユギルはなおも怪物を見つめ続けました。この後に起きることを、遙かなまなざしで読み取っていきます。

 と、ユギルは急に我に返ったような顔になり、自分の前に座っている小さな少女を見下ろしました。

 ポポロは鞍の縁にしがみつきながら、怪物と戦うフルートたちを見上げていました。いつも本当に泣き虫な彼女なのに、今はひとしずくの涙も見せていませんでした。代わりに毅然とした表情を浮かべています。

「お行きになりますか、ポポロ様?」

 とユギルが尋ねると、ポポロは、こっくりとうなずきました。その瞳は空を見上げたままです。

 ユギルは静かに手綱を放して、自分の腕の間から少女が自由に出て行けるようにしました。少女が両手を大きく前に広げて呼びかけます。

「ルル――! ルル、来てちょうだい――!」

 幼い頃から姉妹のようにして育ってきたポポロとルルは、心の中でつながっていて、どんなに離れていても、互いの呼ぶ声を聞くことができます。森の奥から風のうなる音が聞こえてきたと思うと、あっという間にルルが飛んできました。

「なに!? ポポロ――!」

「あたしをフルートのところまで運んでちょうだい!」

 ルルは一瞬驚いた顔をしましたが、ポポロの表情を見てすぐにうなずきました。

「いいわ、乗って」

 ごうっと音を立てて鞍のすぐ隣まで下りてきます。ポポロはその背中に飛び移りました。一緒に森の梢を突き抜け、空に舞い上がっていきます。

 ユギルは馬の上から、黙ってそれを見送り続けました。

 

 森の上空ではフルートとポチがテナガアシナガ相手に必死で戦い続けていました。火事はますます大きくなり、輝く火の粉の混じった真っ黒な煙が、渦を巻きながら激しく立ち上ってきます。

 すると、そこに少女の声が聞こえてきました。

「フルート――!」

「ポポロ!?」

 驚いたフルートとポチの目に、森から自分たちの方へ駆け上ってくるポポロとルルの姿が飛び込んできました。まっしぐらに飛んできて、ポチのすぐそばをかすめていきます。

 とたんに、ポポロがポチの方へ飛び移ってきました。黒いコートの裾がひるがえり、赤いお下げ髪が風にはためきます。仰天したフルートが、とっさに腕を広げて受け止めます。

「ど――どうしたの、ポポロ。危ないよ」

 とフルートは言いました。心臓が早鐘のように脈打っています。一瞬、ロムド城の城壁での出来事を思い出してしまったのです。

 ポポロがフルートにすがりついてきました。

「フルート、このままじゃ、あの怪物は倒せないわ。闇の怪物だから、周りの闇をエネルギーにして再生しているの。金の石を使わないと」

「でも――」

 フルートは思わずまた唇をかみました。そうしたいのは山々でも、金の石は闇に力を奪われてしまっているのです。

 すると、ポポロが宝石の瞳でフルートを見上げながら言いました。

「あたしの力を金の石に分けてあげる。金の石に魔法の力を送り込んでみるわ――ザカラス城でやったみたいに」

 フルートは、はっとしました。そうです。薔薇色の姫君の戦いの時、ポポロは金の石に自分の魔力を送って、ザカラス城の崩壊を食い止めたのです。

 

 彼らの頭上でテナガアシナガが、ほえるような声を上げました。森はますます激しく燃えています。体は再生を続けるものの、熱さに耐えきれなくなってきたのです。フルートたちをひとまず放っておいて、火の中から抜け出そうとします。

「ワン、あいつが逃げる!」

 とポチが叫びました。ルルが素早く飛んでいって怪物の顔に切りかかります。怪物がまた立ち止まり、うるさそうに手を振り回します。

 フルートは鎧の中にしまっていたペンダントを引き出しました。その先でかすかに光っている金の石を、ポポロが両手で包みます。

 とたんにポチが大きく方向転換しました。やみくもに振り回す怪物の手が当たりそうになったのです。バランスを崩してポチから落ちそうになったポポロを、とっさにフルートが抱き支えます。

 フルートの腕の中でポポロは目を閉じました。呪文を唱えます。

「レワータツヨラカチニイレイーセ!」

 淡い緑の光がポポロの手の間で輝きました。一度大きく広がったと思うと、吸い込まれるようにまた手の中に収まっていきます――。

 

 すると、その光が緑から金へ色を変えました。再び大きく広がり、明るさを増していきます。ポポロは両手を開きました。その手の上で、金の石が輝きを取り戻していました。光がみるみる強まっていきます。

 思わず笑顔になったフルートとポポロの前に、小さな少年が姿を現しました。黄金の髪に鮮やかな金の瞳――金の石の精霊です。空中に浮かびながら少女と少年に向かって言います。

「よくやったポポロ。これでまた聖なる光が出せる。フルート、ぼくをかざせ。あの馬鹿でかいのを倒すぞ」

 精霊に言われて、フルートはペンダントを握りました。

 テナガアシナガは今まさに燃える火の中を抜け出そうとしていました。風上に向かっていたのです。ルルが必死でそれを止めようとしていましたが、いくら切りつけても巨人の歩みを止めることができずにいました。

 風を切って怪物に迫るポチの背中から、フルートは金の石を突き出しました。怪物をにらみつけて強く念じます。

 すると、そのすぐ隣の空中で、金の石の精霊も同じように手を伸ばし、鋭い声を上げました。

「はっ!」

 とたんに、石がまばゆい光を放ちました。強烈な金の光であたり一面を照らし出します。

 光を浴びて怪物が絶叫しました。黒い体が溶け出します。

「やった!!」

 とフルートとポポロと犬たちは歓声を上げました――。

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