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第9巻「仮面の盗賊団の戦い」

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36.ロムド軍

 テナガアシナガの腕をすり抜けてかわしたフルートと風の犬のポチに、同じ風の犬の姿のルルが飛んできました。

「大変よ! 森の中にますます闇の怪物が増えているわ! オリバンだけじゃ、とても手に負えないわよ――!」

 見下ろしても、オリバンの姿は森の梢の下に隠れてここからではわかりません。ただたくさんの黒い怪物たちと戦うロムド兵の姿が、木の間の至るところに見えていました。ロムド兵は勇敢ですが、相手は切っても突いても死ぬことのない怪物です。倒しても倒しても、何度でも復活してきて、ついにはロムド兵の方が怪物にやられてしまうのでした。

 フルートは歯ぎしりをしました。闇の怪物たちの狙いはフルートの中に眠る願い石です。自分の欲望をかなえるために、誰より早くフルートを食って石を手に入れようと押し寄せてきているのです。けれども、怪物の大半は知能が低く、誰が探し求める金の石の勇者なのか見分けがつきません。鎧兜を着ているのが勇者だ、程度にしか理解していないので、武装した兵士たちに手当たり次第襲いかかっているのでした。

「ワン、どうします? このままじゃロムド軍にすごい被害が出てしまいますよ!」

 とポチが尋ねました。その間にもフルートを捕らえようとしたテナガアシナガの手をまたかわしています。

 フルートは自分の胸を見ました。金の石は闇に力を奪われて、かすかな金色に光っているだけです。聖なる光は放てません。フルートは唇をかみ、すぐに森の彼方を見ました。

「怪物たちをこっちに惹きつけよう。ぼくが大声で金の石の勇者だと名乗る。そして、この場から離れるんだ。怪物はみんな、ぼくの後を追ってくるはずだよ――」

 犬たちはなんとも言えない表情になりました。そんなことをしても、フルートに怪物たちを倒す手段はありません。ただ、膨大な数の怪物たちに追われ、追い詰められることになるだけです。それでも、フルートはためらうことなく言いました。

「行こう!」

 

 ところが、地上の怪物たちに名乗りを上げようと彼らが森の中へ飛び込むと、テナガアシナガが騒ぎ出しました。

「ドコダ!? ドコに行った、金の石ノ勇者ァ――!?」

 フルートを見つけ出そうと腕を伸ばし、森の木を手当たり次第に引きむしり始めます。梢が折れる音が響き渡り、太い枝が森の中へ降り始めます。

「ワン、危ない!」

 ポチは落ちてきた大枝に直撃されそうになって、あわてて身をかわしました。枝が地面に落ちたとたん悲鳴が起こります。ちょうどそこにいた闇の怪物が押しつぶされたのです。怪物と戦っていたロムド兵も、もう少しで巻き込まれるところでした。雨のように降ってくる枝に、人間も怪物も右往左往して逃げ回ります。

「だめだ! もう一度森の上に出て!」

 とフルートは叫び、ポチはすぐに言われたとおりにしました。またテナガアシナガの目の前に飛び出します。

 巨人はにやぁ、と笑うと、森をかき分けて探すのをやめて、フルートを追いかけ始めました。それをかわしながらフルートはまた唇をかみました。どうしても怪物たちをロムド兵から引き離すことができません――。

 

 一方森の中には駐屯地から油の樽が到着していました。

 ワルラ将軍が命じます。

「あの巨人の周囲に油をまけ! 急げ!」

 無数の闇の怪物たちが動き回り襲いかかってくる中、ロムド兵の一隊が進軍を始めました。森の中からは、巨人の姿はひょろ長い黒い両足しか見えません。そこへ向かって数十台の荷馬車と共に進み始めます。

 その中には、青いマントをはおった士官たちもいました。戦いが始まる前、ゼンに難癖をつけてきた青年たちです。今は悪口も軽口も嘘のように、必死の顔で馬の手綱を引き、油の樽を怪物の足下まで運ぼうとしています。

 そんなロムド軍の動きを、離れた場所から盗賊たちが見ていました。

「あれは油だぞ。あいつら、巨人に火を放つつもりだ」

「面白くねえなぁ。せっかくがんばって暴れてるのによ」

「どれ、あれを失敬してやるか――」

 彼らは強奪が生業です。慣れた様子で森を走り出しました。フルートたちやロムド兵にやられてだいぶ数は減っていましたが、それでもまだ三十人近い数が残っています。生き残った馬にまたがり、いよっほぉぉ! と声を上げながら荷馬車に襲いかかっていきます。

「盗賊だ!」

「馬車を守れ!」

 ロムド兵と盗賊たちの間で戦いが始まります。

 が、敵は不思議な魔法を使ってきます。たちまちロムド兵は吹き飛ばされ、火だるまになり、獣の姿に変身した盗賊にかみ殺されました。青いマントの士官にも高飛びの盗賊が襲いかかっていきます。ゼンを、全然強そうに見えない、と馬鹿にした赤毛の青年です。はるか頭上から切りかかってくる盗賊に、金縛りにあったように立ちすくんでしまって動くことができません。

「そぉら、もらったぞ!」

 高飛びの盗賊が短剣を青年士官に突き立てようとした瞬間、その肩を矢が貫きました。盗賊が悲鳴を上げ、空中でもんどり打って地面に落ちます。肩に突き刺さった矢には白い矢羽根がありました。

 

 メールとゼンが荷馬車のところへ駆けつけていました。メールが操る馬の上で、ゼンがエルフの矢を次々に放っていきます。盗賊たちや馬が射抜かれてばたばたと倒れます。

 そこへ、ワルラ将軍が率いる兵たちも応援に駆けつけてきました。たちまちまたロムド兵と盗賊の乱戦が始まります。

「えぇい、退却だ! 退くぞ――!」

 鼻の盗賊が叫び、仮面の盗賊たちはいっせいに戦いを放棄してその場から逃げ出しました。あっという間に森の中に見えなくなってしまいます。

「追うな! 今は油を運ぶ方が先だ!」

 とワルラ将軍がまたどなり、ロムド兵は止まりました。すぐに引き返してきます。

 ゼンは命を救った士官を馬の上から見下ろしました。さっき、あれほどゼンを侮辱した青年が、今は青ざめきって座り込んでいます。盗賊に殺される、と思った瞬間、腰が抜けて動けなくなったのです。貴族の子弟は士官学校を卒業すると、そのまま少尉の階級で軍に配属されます。実を言えば、この青年にはこれが生まれて初めて経験する本物の戦闘だったのでした。

 ゼンは鼻の頭にしわを寄せました。

「ったく、情けねえな。士官学校とやらで一番だったくせに、この有り様かよ。人のことを弱そうだの何だのって値踏みする暇があるんなら、自分が強くなるように努力しやがれってんだ。口先ばかりのヤツになんか誰もついてきやしねえぞ」

 貴族の青年は何も言い返すことができません。

 

 すると、メールが振り返ってきました。

「見なよ、ゼン。盗賊のヤツら、荷馬車を壊していったよ」

 抜け目のない盗賊たちは、退却するときに荷馬車の車輪をたたき壊して、動けないようにしていったのでした。ロムド兵たちが数人がかりで樽を馬車から降ろし、森の中を転がして運ぼうとしていました。

「ちっきしょう! つくづく頭に来る盗賊どもだな!」

 とゼンはわめくと馬から飛び下りました。兵士たちに駆け寄って、荷馬車に手をかけます。

「おら、どけどけ! おまえらにやらせてたら、いつまでかかるかわかんねえや!」

 と言うなり、荷台の樽を片手でひょいと持ち上げ、テナガアシナガの黒い足に向かって投げつけます。重たい樽が何十メートルも飛んでいって、巨人の足下で砕けました。ばしゃり、と油が飛び散ります。

 ロムド兵たちは本当に仰天しました。彼らが三人がかりで荷台から下ろして転がしていた樽を、ゼンは無造作につかんで次々と投げているのです。恐ろしいほどの怪力です。

 腰を抜かした青年の回りに、いつの間にか仲間の青年士官たちが集まっていました。立っている者も座っている者も、皆、信じられない顔でゼンを眺めています。黒星の鞍の上で手綱を握っていたメールが、そんな青年たちに、ふふん、と笑いました。

「あんたたち、ゼンに弱そうだ、なんて言ったのかい? あいつが本気で怒らなくて良かったね。あんたたち、命がなくなるとこだったよ」

 青年たちはたちまち真っ青になりました。

 ゼンはその場の荷車をすべて空にして、油の樽を転がして運んでいる兵士たちへ駆け寄っていくところでした。

「そら、そいつもよこせ! 急ぐんだから、転がしてなんかいられるかよ!」

 と、樽を取り上げて、また片っ端から投げ始めます。

 青年士官たちが声も出せなくなっているのを見て、メールはまた、ふふん、と笑うと、ゼンの方へと走っていきました――。

 

 樽が一つ残らず巨人の足下に投げつけられて壊れると、ワルラ将軍が全軍に命じました。

「退却! 怪物から離れろ! 弓矢部隊、火矢をかけろ!」

 たちまち何本もの火矢が向かって飛びました。火矢とは、矢の先に油をしみ込ませた布をくくりつけて火をつけたものです。巨人の足下に広がった油の中に落ちて、あっという間に燃え上がります。

「弓矢部隊も退却!」

 とワルラ将軍が命じ、弓矢部隊も下がり始めます。燃える火が森の中に広がっていきます。

「おい、将軍も早く逃げろよ。ぐずぐずしてると火事に巻き込まれるぞ」

 黒星にまた戻ったゼンがワルラ将軍に声をかけました。将軍は副官と共にその場に留まって、退却していく部下たちを見守っていたのでした。

「先陣と共に攻め、しんがりと共に退却する、というのが五十年来のわしの主義でしてな」

 と老将軍が言うのを聞いて、メールが肩をすくめました。

「軍の総大将がそんなじゃ、副官はいつも心配ばかりさせられるんだろうねぇ」

「いいや、そんなことはありませんぞ」

 と答えるワルラ将軍の後ろで、副官が大きく何度もうなずいてメールに同意していました。

 

 炎はますます大きくなって森に広がり始めました。周囲の木々を這い上りながら、大きく燃え上がっていきます。

 それを確かめて、ようやくワルラ将軍が言いました。

「よし、我々も退却!」

 最後まで残っていた親衛隊と共に安全な場所へ離れ始めます。

 やれやれ、とそれを見送ってから、ゼンはまた怪物を振り返りました。炎はごうごうと音を立てながら怪物を包み始めています。

「これでうまくいくかどうか、だな」

 とつぶやきます。

「あたいたちも退却するよ」

 とメールは黒星を走らせ始めました――。

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