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第9巻「仮面の盗賊団の戦い」

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35.怪物

 それは盗賊団とロムド軍が戦うまっただ中に突然姿を現しました。

 森の地面から黒い丸いものが現れ、みるみるうちにふくれていきます。そこに青い一つ目があるのを見て、ロムド兵も盗賊たちも思わず戦いの手を止めました。

「な、なんだありゃぁ!?」

 と盗賊が声を上げます。この森を根城にしている盗賊たちも初めて見るものだったのです。丸いものはさらにふくれあがって地面から抜け出してきます。

 それは巨大な怪物でした。丸い頭に続いて、人の形の体が地中から現れます。その頭に髪の毛はなく、顔つきもまったくわかりません。真っ黒な頭の正面に、ぎょろりと青い一つ目が光っているだけです。全身も黒一色で手足が異様に長く、背中を丸めるようにして地面に立ち上がります。そうすると、頭は木々の梢をゆうに越して、森の上に突き出ました。

「怪物だ――!」

「巨人だぞ!」

 口々に騒ぎ出すロムド兵の中で、その怪物の姿に思い当たる者がいました。

「あれはテナガアシナガだ!」

「なんだ、それは!?」

 と隊長が聞きつけて鋭く尋ねます。

「じ、自分の故郷の伝説の怪物です! 山や湖をひとまたぎにして、山を崩したり、災厄を引き起こしたりするんです――!!」

 怪物が長い腕をぶん、と振りました。たちまち森の木々がへし折れ、その下にいた数人のロムド兵がたたき殺されます。

 兵士たちが仰天しているところへ、ワルラ将軍が副官と一緒に馬で駆けつけてきました。巨人の怪物を見るなり大声で命じます。

「怪物から距離を取れ! 弓矢部隊、前へ!」

 その目の前でまたテナガアシナガが腕を振り下ろし、数人の兵士を森の木ごと押しつぶします。

 弓矢部隊が進み出て怪物へ射かけ始めました。巨体に矢が次々に突き刺さりますが、怪物に応える様子はありません。矢が体から押し出されて地上に落ち、傷が見る間に消えていきます。

 ワルラ将軍は白い眉をひそめました。

「闇の怪物か」

「将軍、ここは危険です。お下がりください!」

 と副官が進言しますが、ワルラ将軍はその場を動こうとしません。さらに命令を下します。

「闇の怪物は全身を焼き尽くせば復活することができん! 怪物の足下に油を流して火矢をかけろ!」

 将軍の声に迷いや恐れはみじんもありません。怪物に尻込みしていた兵士たちが勢いを取り戻し、攻撃に転じ始めます。駐屯地から油を運んでくるために兵士たちが駆け出します。

 

 その様子をあっけにとられて眺めていた盗賊たちが、やがてにんまり笑いました。

「どうやらあの怪物は俺たちの味方らしいな。代わりにロムド兵をやっつけてくれるじゃねえか」

「どえらく強いなァ。こりゃあいい。しばらく高みの見物と行こうぜ」

 森の中に散っていた黒い仮面の盗賊たちが一カ所に集まり、危険のない場所から観戦を始めます。

 そこへフルートたちが馬で駆けつけてきました。怪物を見るなり、ユギルが叫びます。

「将軍、兵をお退かせください! 無駄に殺されるだけです!」

 フルートも声を上げました。

「ポチ!」

「ワン!」

 風の犬になったポチが飛んできました。フルートは走る馬の上からポチの背中へ飛び移り、背中の炎の剣を引き抜きました。

「怪物の正面に行って!」

 フルートが叫び、ポチがうなりを上げて怪物へ飛びかかります。

「私も行くわ!」

 とルルが飛び出そうとしたので、オリバンは呼び止めようとしました。自分もルルと一緒に空から攻撃しようとしたのです。すると、ユギルに引き止められました。

「殿下はこの場に――。間もなく殿下が必要になります」

「なに?」

 オリバンが驚く間にルルは怪物に飛びかかっていきました。森ごとロムド兵を押しつぶそうとした手に、風の刃で切りかかっていきます。黒い腕がすっぱりと切れましたが、傷口から血は吹き出しません。まるで粘土細工の人形を直していくように、傷がつながりあい、また元に戻ってしまいます。

 ゼンはメールが手綱を握る黒星の上からエルフの矢を連射しました。聖なる魔力を持たない矢は、闇の怪物に致命傷を与えることはできませんが、それでも大きな一つ目を狙って矢を放ち続けます。

 すると、瞳に矢が刺さった瞬間、それまで平然としていた怪物がたじろぎました。矢が抜けて傷が治るまで動かなくなります。

「効いてるよ!」

 とメールが言い、おう! とゼンが答えました。

「さすがに目をやられると、治るまで何も見えなくなるようだな。俺たちはあそこを狙って足止めだ!」

 またエルフの矢が宙を飛びます。

 その矢と共にポチが飛んでいました。怪物の前まで迫ります。怪物がぎょろりとそれを見たとたん、また大きな目に矢が突き刺さりました。怪物がポチとフルートを見失います。

 フルートは怪物の頭の下を飛びすぎながら、太い首に剣で切りつけました。鋭い傷が走り、たちまち傷口から炎が吹き出します。

「ワン、やった!」

 とポチが言うと、フルートは厳しい声で言いました。

「だめだ。大きすぎて一気に燃やせない!」

 振り返った彼らの目の前でテナガアシナガの首の火が消えました。炎を押し返すように傷口の中から肉が盛り上がってきて、また首を元通りにしてしまいます。

 フルートは唇をかみました。敵は闇の怪物です。炎の剣でも致命傷は与えられません。金の光を浴びせればたちどころに溶けていくのはわかっていますが、金の石は力を失って輝くことができないのです――。

 

 すると、テナガアシナガがまた見えるようになった目で森や兵士たちを見回し、ふいに声を上げました。

「ドコダ――ドコダぁ――!!? 金の石ノ勇者ハ、ドコにいるゥゥ――!!!」

 耳をふさぐようなすさまじい声が森中を揺るがします。

 ロムド兵たちはいっせいにはっとしました。この怪物が金の石の勇者を捜して現れたのだと知ったのです。

 その中には、ロムド軍の鎧兜をつけたジャックもいました。

「なに!?」

 と思わず目の前の敵を見直してしまいます。

 巨人は森の上に上半身を突き出し、身をかがめるようにして探し続けていました。視界をさえぎる木々を鬱陶しそうに払いのけ、そこにいたロムド兵に手を伸ばしてきます。

「ソコか――!? 金の石ノ勇者――!!」

 巨大な手にわしづかみにされた数人の兵士が悲鳴を上げます。

 とたんにまた目に白い矢が突き刺さりました。兵士をつかんだ手にルルが切りつけ、さらにポチの背中からフルートが剣を振り下ろします。巨大な手がついに断ち切られ、兵士たちを放します。次の瞬間には手が炎を吹いて燃え上がります。

 けれども、怪物の目と手はすぐにまた復活してきました。ぎょろりと動いた怪物の一つ目の前に、フルートはポチと一緒に舞い下りました。炎の剣を構えながら叫びます。

「金の石の勇者はぼくだ!! 間違えるな――!!」

「金の石ノ――勇者ァ――!!!」

 怪物が長い両腕をフルートめがけて伸ばしてきました。黒い手の中に捕らえようとします。

「食ワセロ、勇者! 貴様を――食ワセロぉ――!!!」

 フルートは、ポチと共にその手をすり抜けました。

「嫌だ。おまえたちになんて、絶対に食われてやるもんか!」

 と答えて、また炎の剣を怪物へ振ります。

 

 すると、森の中からまた悲鳴が上がりました。黒い猿のような集団がいつの間に姿を現して、ロムド兵に襲いかかったのです。

 ユギルがまた声を上げました。

「それも闇の怪物です! ご注意を!」

 とたんにオリバンが駆け出しました。

「なるほどな、これは私の出番だ。このくらいの大きさなら、私にも倒せる」

 と言いながら馬で駆け寄り、ロムド兵にしがみついて食い殺そうとしていた怪物たちに聖なる剣を振り下ろしました。リーン、リーンと涼やかな音が響いて、猿のような怪物が消えていきます――。

 オリバンは空を見上げてどなりました。

「こちらは私に任せろ! おまえはその巨人を倒せ!」

 上空ではフルートが心配そうに地上の様子を見ていましたが、オリバンに言われて、こくりとうなずきました。また剣を握り直して、怪物に真っ正面から切りかかっていきます。

 

 森の中の怪物がさらに増えてきました。金の石の勇者、金の石の勇者はどこにいる――と不気味な声で口々に言っています。

 ゼンがメールと馬で駆けつけてきて、闇の怪物相手に矢を放ち始めました。オリバンが聖なる剣で怪物を倒していきます。

 空ではポチに乗ったフルートが巨人に炎を撃ち出し、ルルが風の刃で攻撃を繰り返していました。何度炎を撃っても切りつけても、巨人はびくともしません。それでもフルートは決して退かず、怪物の真っ正面で戦い続けていました。怪物に捕まりそうになっては、その手をすり抜け、また戻ってきて攻撃します。巨大な敵を相手に一歩も退きません。

 そんな様子をロムド兵の恰好のジャックが見上げていました。信じられない顔をしています。そこで戦っていたのは、ジャックがよく知っているシルの町のフルートではなかったのです。

「あいつ……今までずっとこんな戦いをしてきたのか……?」

 とジャックは茫然とつぶやきました――。

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