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第9巻「仮面の盗賊団の戦い」

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33.乱戦

 先陣に立って戦うフルートたちに少し遅れて、ロムド軍が突撃していました。二百名あまりの軍勢です。

 森の木立の間から、勇者たちが盗賊を相手に戦っているのが見えていました。ほんの数名で大勢の敵の動きを止め、まともに渡り合っています。それを見て、ロムド兵たちも勇み立ちました。

「皇太子殿下と金の石の勇者に続け!」

「盗賊どもを倒すぞ!」

 再び鬨の声が上がり、軍勢が盗賊団に襲いかかろうとします。

 

 ところがその時、ワルラ将軍の耳に少女の声が聞こえました。

「だめ! 待ち伏せされてるって、ユギルさんが言ってます!」

 ポポロの声です。将軍は、ぎょっとしました。自分の近くに魔法使いの少女はいません。ユギルと同じ馬に乗って、行く手の勇者たちのそばにいるのです。空耳だろうか、と一瞬考えますが、少女と占者が遠くから自分たちを振り向いているのを見て即座に命令を下しました。

「突撃中止! 停止の合図を鳴らせ!」

 兵士たちはざわめきました。部隊に戦闘命令を伝える信号兵が、角笛を口に当てて停止の信号を吹き鳴らします。ざわめきととまどいが軍全体に広がっていきます――。

 けれども、彼らはロムド正規軍でした。しかも、ワルラ将軍直轄の部隊です。将軍の命令は直ちに軍全体に伝えられ、雪崩を打って突撃しようとしていた兵士たちが、たちまちその場に止まりました。 とたんに、軍隊のすぐ目の前でいきなり火の手が上がりました。木立が突然激しく燃え上がったのです。同時に強風が起こり、炎をあおって行く手の森を火に包みます。そのまま突撃していれば、大勢の兵士たちが火に巻き込まれて命を失うところでした。

 盗賊たちは森での戦いになれています。フルートたちに足止めされても、後方の者たちが素早く集団を離れ、木立に隠れてロムド軍を待ち伏せていたのでした。

「危ないところだった――」

 とワルラ将軍がつぶやいたとたん、ポポロの声がまた聞こえてきました。

「将軍、敵が左右から襲ってきます! 戦ってください!」

「了解」

 老将軍は日に焼けた顔でにやりと笑うと、再び信号兵に向かってどなりました。

「盗賊どもが挟み撃ちをしてくるぞ! 迎え撃て!」

 今度は迎撃の角笛が吹き鳴らされ、ロムド兵たちはいっせいに剣と盾を構えました。そこへ、いゃっほぉぉ! と奇声が響き渡り、三人の盗賊が飛び出してきました。黒い仮面をつけた男たちが、十数メートルもの高さまで飛び上がっています。

「あれぇ、こいつら気がついてやがったぞ、兄貴」

「待ち伏せと奇襲は盗賊のお家芸なのにな。勘のいいヤツらだ」

「なぁに、上から片っ端に血祭りよ」

 三人の盗賊は空中でそんなことを話し合いながら剣を構え、頭上から軍隊の真ん中に飛び込んでいきました。とたんに血しぶきが上がり、ロムド兵が倒れます。

「この!」

 兵士たちがいっせいに盗賊へ切りかかったとたん、盗賊たちはまた高く高く飛び上がりました。誰の剣も届かないほどの高みです。そこからまた、勢いをつけて別の場所に切り込んできます。またロムド兵が悲鳴を上げて倒れます。

「防げ! 敵をよく見ろ!」

 と隊長の声が響きます。

 高飛びの盗賊たちが切り込んできたのと同時に、野獣のうなり声が両脇の森から聞こえてきました。虎やオオカミ、熊といった猛獣に似た姿の男たちが次々と現れ、ロムド兵に襲いかかってきます。獣に変身する盗賊たちでした。たちまち激しい戦闘が始まります。

 大柄な盗賊ものっそり現れて、突然三倍もある大男に変わりました。巨人になったのです。ロムド兵の中に飛び込み、次々と兵士たちを捕まえては投げ飛ばし始めます。

「抑え込め! 人数で動きを封じるんだ!」

 また隊長が命じます。

 襲いかかる盗賊たちと、迎え撃つロムド兵。森の中は乱戦状態になっていきます――。

 

 馬の上から戦場の森をじっと眺めながら、ユギルがつぶやきました。

「妙ですね……。いなくなったはずの盗賊が復活しております」

「巨人の盗賊。そ、それに、炎使いもいますよね。前の戦いで死んだはずなのに」

 とポポロが答えます。ユギルは占いの目で戦況を見渡していますが、こちらは魔法使いの目で直接敵の姿を見ることができます。巨大化した盗賊や炎を操る盗賊が次々にロムド兵を殺していく様子を、震えながら見つめます。

 すると、ユギルが言いました。

「あの者たちの象徴は、前の盗賊の象徴と違っております。一度死んだ盗賊が生き返ってきているわけではありません。別人なのです。なのに、同じような力を使ってきております。同じような能力者が何人もいるのであれば不思議はないのですが、先の戦いで、盗賊が仲間に炎使いは一人だけしかいない、と言っていたのが腑に落ちないのです。どういうことでございましょう……」

 そこへ、ごおっと音を立てて風の犬のポチとルルがやってきました。

「ワン、ぼくたちは次はどこへ?」

「森中が大乱戦よ。一番手っ取り早い場所を教えてちょうだい」

 誰が言ったわけでもないのに、彼らはいつの間にかユギルを司令塔にしていました。それが戦いを有利に運ぶのに一番良いやり方なのだとわかっていたのです。

 ユギルが落ちついた声で答えました。

「では、ポチ殿はあの巨人の動きを封じてください。ルル様は獣人軍団をお願いします」

 犬たちはうなずき、即座に言われた場所へ飛んでいって攻撃を始めました。

 

 ポポロは馬の上で戦いを見つめ続けていました。ロムド兵は勇敢な戦士です。魔法攻撃を受けながらも、数で敵を抑え込み、隙を狙って剣を繰り出します。ロムド兵は次々に倒れていきますが、盗賊たちもじりじりと数を減らし始めていました。高飛びの盗賊の一人が、ロムド兵に捕まって切り殺されます。

「こ……こっちが勝ちますよね?」

 とポポロはユギルに尋ねました。恐怖に声が震えてしまうのを、どうしても抑えることができません。きっと大丈夫だと思うのに、不安が心の中にふくれあがっていきます。

 フルートやゼンやオリバンの姿は、いつの間にか見えなくなっていました。森の中の至るところで、剣がぶつかり合い、激しく戦い合う音が響いてきます。フルートたちもどこかで戦い続けているのでしょう。

 魔法使いの目でフルートを必死に探しながら、ポポロはまた言いました。

「フルートたちやロムド軍のほうが勝ちますよね? 大丈夫ですよね……?」

 くどくてユギルが嫌がるだろうと思うのに、どうしても確かめずにはいられませんでした。

 すると、占者は色違いの目で少女をじっと見つめました。

「予感がなさいますか、ポポロ様? 悪い予感ですか?」

 ポポロは、はっとしました。ロムド一、中央大陸一の占者をさしおいてこんなことを言うのは失礼なのだと気がついたのです。けれども、ユギルは怒りませんでした。

「ポポロ様は天空の国の魔法使いです。占い師ではなくても、生まれつき先読みの力をお持ちなのでしょう。ご自分の直感力をお信じになることです。わたくしにはまだ、この戦況が不利になるとは感じられませんが、戦闘というのは常に変化が激しく、一瞬前の予測が次の瞬間にはくつがえされることもしばしば起こります。しかも、今のわたくしは占盤を使って占うことができません。ポポロ様が嫌な予感をお感じになっているのであれば、それは本当に起こってくることなのかもしれないのです」

 ポポロはためらいました。ちょうどその時、ポポロの魔法使いの目はフルートやオリバン、ゼンやメールの姿を捉えていました。皆、森の中で戦いを続けています。敵は闇の魔法を繰り出してきますが、彼らは少しも負けていません。

 迷うように何度も唇を震わせてから、ポポロは思い切って言いました。

「このままじゃすまないような気がするんです……。盗賊団の上にいるのは魔王とデビルドラゴンです。今だって大変な戦いだけど、なんだか――もっと恐ろしいことが起きてくるような気がして――」

「左様ですね。敵はロキを人質にしております。戦況は我々に有利に動こうとしていますが、確かにこのままではすまないだろうと、わたくしも感じております」

 そして、占者の青年はじっと戦場にまた目を向けました。その彼方で起きることを、もっと深くもっと遠くまで読み取ろうとします。

 すると、突然少女がびくりと身をすくめました。息を呑み、ユギルの前で体を硬くします。ユギルは驚きましたが、次の瞬間、こちらも厳しい顔つきになりました。見透かすように、森の奥を見つめます。

「出てまいりますね……いよいよ大物の登場だ」

 ポポロは激しく震えていました。今までよりもはるかに深く濃い闇が森をおおい始めています。そして、その中央に、何かが姿を現そうとしていました。闇は次第に寄り集まり、やがて一人の人の姿に変わっていきます。

 

 盗賊たちと戦っていたフルート、オリバン、ゼンとメールは、ぎょっと頭上を見上げました。くすんだ緑の木々の隙間から鈍色の空がのぞいています。そこに突然、一人の人間が姿を現したのです。

 年の頃はよくわかりません。筋肉質な体つきの男で、盗賊たちと同じように仮面をかぶっています。それは、片側に不気味な紅い模様を浮き上がらせた、骨のように白い仮面でした――。

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