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第9巻「仮面の盗賊団の戦い」

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32.激戦

 仮面の盗賊団の首領は手下たちにも増して不思議な技がいくつも使えます。闇をくぐり抜けて別の場所に出るトンネルを作る力もその一つです。ロムド軍が駐屯する森へと闇のトンネルを開き、そこへ手下たちを送り込みました。

 ところが、この奇襲はロムドの一番占者に見抜かれていました。森では二百名あまりの兵士たちが待ちかまえていて、盗賊たちが姿を現したとたん、いっせいに突撃を始めたのです。

 その先陣に二匹の犬の怪物と四頭の馬に乗った戦士がいました。風のような勢いで盗賊団に迫り、襲いかかってきます。

 フルートは鼻の盗賊と切り結びながら叫びました。

「ゼン、できるだけ矢を撃て! 敵を足止めするんだ!」

「おう!」

 後方から声がしたと思うと、白い矢が飛び始めました。フルートとオリバンが戦っていても、ゼンはためらうこともなく連射してきます。矢はフルートたちの体や馬をかすめて飛びすぎていきますが、決して当たることはありません。行く手の敵だけを次々に馬から射落としていきます。

 盗賊たちは手綱を絞って馬の足をゆるめ、盾を構えました。矢が盾に次々と当たります。驚くほど正確な狙いです。

「えぇい、一時だ! すぐに矢が尽きるぞ!」

 と盗賊の一人がどなります。が、その予想は外れました。どれほど矢を撃っても、ゼンの矢はなくなりません。魔法の矢筒の中で、矢がどんどん増え続けるからです。盾で矢を防がれるようになると、今度は乗っている馬を狙います。馬がばたばたと倒れて盗賊たちが地面に投げ出されます。

 黒星を操りながらメールが感心しました。

「最近あんまり出番がなかったけどさ、やっぱりエルフの弓矢も頼りになるじゃないか。役に立つよね」

「あったりまえだ! 俺の命の次に大事な武器だぞ」

 とゼンが言い返します。その手は少しも休むことなく矢を撃ち続けています。

 オリバンは馬と共に盗賊団のど真ん中に切り込んでいました。大剣を振り回し、周囲の敵を片端からなぎ倒していきます。その攻撃は力強く、まともにくらった盗賊は一瞬で絶命してしまいます。

 すると、盗賊たちの中から小柄な男が突然両手を突き出してきました。とたんに、オリバンの体が動かなくなります。馬が地面を蹴りますが、まったく進むことができません。『力』使いに抑え込まれたのです。

「そぉら! その首を兜ごと引きちぎってやるぜ!」

 と小柄な盗賊が笑いました。その両手を宙で回すと、本当に、ぎしり、とオリバンの鎧の首元がきしみ、兜をかぶった頭がねじられ始めます。

「む……お」

 オリバンは必死でその力に逆らいましたが、とても抵抗しきれません。無理やりに頭を真後ろへ向けられそうになります。首の骨と筋肉に激痛が走ります。

 すると、そこへフルートが飛び込んできました。鼻の盗賊との戦いを投げ出して駆けつけたのです。オリバンの前で丸い大きな盾を構えます。とたんに、オリバンの首から見えない手が外れ、力使いの盗賊が馬の上で大きくのけぞってよろめきました。フルートの持つ盾は魔法を跳ね返す聖なるダイヤモンドで強化されています。小柄な盗賊が繰り出してくる『力』の魔法を、盾でさえぎって返したのでした。

「大丈夫ですか、オリバン!?」

 とフルートが尋ねました。

「なんとかな。助かったぞ」

 とオリバンは首に手を当てて答えました。首筋が痛みますが、我慢できないほどではありません。

 そこへ二人に向かって黒い光の矢が飛んできました。盗賊の一人が闇魔法の矢を撃ち出したのです。とっさにフルートがまた盾で受け止めましたが、勢いを止めきれなくて馬から転がり落ちました。

 そこへ茂みの中から別の盗賊が飛び出してきました。蛇のように音もなく忍び寄っていたのです。

「覚悟しろ、勇者! その女みたいな顔を切り刻んでやる!」

 笑いながらフルートを押し倒し、二本のナイフで切りかかってきます。ナイフ使いの盗賊でした。

「フルート!」

 オリバンは助けに駆けつけようとしましたが、寸前で手綱を大きく引きました。身をかわした馬のすぐ隣で、ひゅうっと空を切り裂く音が起こります。ナイフ使いが見えないナイフで切りつけてきたのです。近づくことができません。

「フルート、顔を守れ!」

 とオリバンはまたどなりました。とっさにフルートが盾を構えるのが見えます。

 ナイフを盾に返された盗賊が、仮面の奥で笑いました。

「無駄だぜ。俺のナイフは鋭いんだ。鎧の隙間からおまえの心臓をえぐりだしてやる」

 したたるような声で言いながら、鎧の胸当ての継ぎ目にナイフを突き立てます。

 ところが、次の瞬間、ナイフが根本からぽっきりと折れました。フルートが来ているのは魔法の鎧です。金色の金属でできた鎧のパーツだけでなく、その隙間の部分までが、目には見えない守りの魔法でおおわれているのでした。

 仰天したナイフ使いの腹をフルートが蹴り上げました。敵がよろめいた隙に跳ね起きて剣を構えます。

 ナイフ使いは腰のベルトから新しいナイフを取り出していました。ナイフが空を切り裂いたとたん、ザリッとフルートの兜の表面で音が起こります。また見えないナイフで切りつけてきたのです。盾で守っていなかったフルートの顔に深い傷が走り、頬から血が噴き出します。

 オリバンは新しい敵と戦い始めていました。髪の毛をするすると伸ばし、自在に操って攻撃してくる盗賊です。蛇のように絡みついてくる髪の毛を剣で切り払いながらオリバンが尋ねます。

「フルート、大丈夫か!?」

「大丈夫です」

 とフルートは静かに答えました。頬の傷からは真っ赤な血があふれ、顎からしたたり落ちています。骨まで届くほどの深手です。ところが、それが見る間にふさがり始めました。傷の中から肉が盛り上がり、血が止まり、あっという間に皮膚がおおってしまいます。ほんの数秒で傷は跡形もなく消え去り、ただ頬から顎にかけてを紅い血が染めているだけになりました。金の石が癒したのです。

 ナイフ使いが、ぎょっとしたように身を引きました。仮面の奥からまじまじとフルートを見つめてきます。

 その薄緑の目が、ふいに何かを思い出したような表情を浮かべました。

「貴様……ひょっとしたら、あの時の……」

 フルートも思わず相手を見返しました。どこかで会っている人物なのだろうか? と仮面をつけた顔を見極めようとします。

 その時、髪の毛を操る盗賊が悲鳴を上げて走ってきました。ナイフ男を盾にするように後ろへ飛び込みます。その髪の毛は肩のあたりでざんばらに切られていました。

「な、なんだよ、こいつらは――!?」

 と髪の毛の盗賊がわめき出しました。

「むちゃくちゃ強いじゃねえかよ! こいつら、これで本当に人間か!? どうして魔法が使える俺たちとまともに渡り合えるんだよ!?」

「だから言ってたじゃねえか。こいつらはとんでもなく強いから油断するなって!」

 とナイフ男がどなり返し、また見えないナイフをふるいました。今度はフルートが盾でそれを防ぎます。

 オリバンが馬の上から言いました。

「貴様たちは人を殺すことを何よりの楽しみにしている屑だ。その命を救ったところで決して改心することはない。貴様たちが惨殺した者たちの痛みと苦しみを、その身と命であがなえ」

 と振り上げた大剣をためらうこともなく髪の毛の盗賊に振り下ろします。血をまき散らしながら男の首が飛び、体がどうと地面に倒れます。

 フルートは思わず顔をそむけました。わかっていても……これが戦いというものなのだとわかっていても、胸が貫かれるように痛み、心がひるんでしまいます。殺された男の断末魔の声が森にこだまします。

 と、その体がいきなり後ろからはがいじめにされました。ナイフ男に捕まったのです。鋭いナイフの切っ先がフルートの顔にぐっと迫ります。

「戦いの最中にぼおっとしてるんじゃねえぞ」

 とナイフ男が笑いました。目の前で仲間が切り殺されたのに、少しも動揺していません。

「さっき、そっちのでかいのが顔を守れと言っていたな。さしずめ顔は急所なんだろう。本当は生きたままで切り刻んでいく方が好きなんだが、おまえにはそんな悠長なことは言ってられねえからな。このナイフ、おまえの脳みそまで一気に突き刺してやるよ」

 フルート! とオリバンがまた叫びました。フルートを捕らえられて、手出しができません。

 フルートはもがきました。男の腕を振り切ろうとしますが、がっちりと抑え込まれていて、頭を動かすことさえできません。その目の前でナイフが冷たく光っていました。男がナイフを引き、力任せにフルートの顔に突き立てようとします。

 すると、ひゅっと音がして一本の矢が男の手に突き刺さりました。男が悲鳴を上げて思わずナイフを取り落とします。矢には白い矢羽根がついていました。

 少し離れた場所に立つ黒星の背中でゼンが弓を構えていました。フルートに向かってどなってきます。

「この馬鹿、なにこんなところで危なくなってやがんだよ! 集中しろ、集中!!」

 手に矢を突き立てたまま逃げだそうとした盗賊に、オリバンが後ろから切りつけました。本当に、まったくためらうことのない太刀筋です。ナイフ男は絶叫と共に倒れ、それきり動かなくなりました。

 立ちつくすフルートに、オリバンが馬で近づいてきました。その大剣は血で濡れています。

「相変わらずだな。だが、戦場で余計な情けは無用だぞ。命取りだ」

 と低い声で言います。フルートは黙ったままうなずきました。顔は青ざめたままです。

 けれども、やがてフルートは思い出したようにかがみ込み、死んだナイフ男から仮面を外しました。額に傷のある、いかにも凶悪そうな顔が現れます。が、フルートの知っている顔ではありません。

 フルートは首をひねりました。この男はフルートを知っているようでした。どこかで会っているのかもしれません。どこでだっただろう、とフルートは考え続けました――。

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