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第9巻「仮面の盗賊団の戦い」

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31.開戦

 森の木々の間に大勢の兵士たちが散っていました。銀の鎧兜を身につけ、マントをはおったロムド兵です。左腕に装備した盾には、獅子に山と樹を配したロムドの紋章が描かれています。

 ゼンが背中の弓を外しながらユギルに尋ねました。

「盗賊どもはどっちから来るんだ?」

 ロムド城の一番占者は、色違いの瞳をじっと彼方へ向けていました。森の中を見透かしているようですが、その視線はさらに遠い、肉眼では見えない象徴の世界を眺めていました。

「敵は闇の濃い場所から抜け出しつつあります。ようやくその姿が見えてまいりました。南西の方角です――」

「南西!」

 周囲の人々はいっせいにそちらの方向を振り向きました。敵が近づいてくる気配はまだ感じられません。

 ワルラ将軍が大声で伝令に命じました。

「盗賊団は南西の方角から出現する。備えろ!」

 伝令たちが各部隊の隊長に命令を伝えるために散っていきます。

 

「我々はどこにいれば良い?」

 と今度はオリバンがユギルに尋ねました。いぶし銀の鎧兜を着込み、黒いマントをはおり、腕には珍しく盾も装備しています。腰に下がっているのは愛用の大剣と、闇の敵を霧散させる魔力を持つ聖なる剣です。

「殿下と勇者の皆様はどうぞお好きなところへ。そこが皆様方の必要とされる場所です」

 ユギルのことばを聞いて、全員は彼らのリーダーを振り向きました。

 フルートは小柄な体を金の鎧兜で身を包み、大きな丸い盾を装備し、炎の剣とロングソードの二本の剣を背負って、いつもの恰好をしていました。吹き抜けていく風が緑のマントを揺らします。

「ぼくたちは最前線に出る」

 とフルートは落ちついた声で言いました。

「ロムド兵は勇敢だけれど、盗賊たちが使う闇の魔法に対抗するのは難しい。ぼくらが一番前で盗賊たちを迎え撃とう」

「要は、俺たちでまず壁になるってことだろう。いつものことだぜ」

 とゼンが笑って、エルフの弓の弦を弾きました。びぃん、と音が響き渡ります。

 すると、その腰からメールがショートソードを引き抜きました。あっ、この野郎また――とゼンがわめくと、メールが口を尖らせました。

「しょうがないじゃないか。今はあたいの使える花がないんだからさ。冬でも咲く花とか、雪や氷でできてる花とか、そういうのってないの? ホントにこのへんの花って根性ないよね」

「根性で花が咲くか、馬鹿。気をつけろよ。危なくなったらすぐに下がれ」

 悪態をつきながらもゼンはメールを心配します。

「盗賊が姿を現したら私たちが足止めしてやるわよ」

 とルルが言いました。今にも風の犬に変身しそうに、低く身構えています。ポチも尻尾を振って言いました。

「ワン、ぼくたちが気をつけなくちゃいけないのは、吹雪使いの盗賊だけですからね。今度あいつが来たら真っ先に倒します。そうすれば、ぼくらは無敵ですよ」

「あたしはユギルさんと一緒に、みんなのそばにいるわ」

 と言ったのはポポロでした。両手を祈るように組み合わせて、真剣な表情をしています。身につけている黒っぽいコートの中は、今日は緑の上着に灰色のズボンという服装で、茶色い革の胴衣をその上に着ています。星空の衣がこの場面に一番ふさわしいデザインの服に変わったのです。

「あたしの魔法は二回だけだから、ここぞって時にしか使えないけど――絶対に、みんなを危険から守ってみせるから」

 それを聞いて、仲間たちはちょっと目を丸くしました。今までのポポロにはなかったような、積極的で強いことばです。

 そのかたわらにはフルートが立っていました。盗賊たちが現れる瞬間を待ちかまえて、森の奥を見つめています。その顔は他人を守ることばかり考えていて、自分自身の危険はまるで頭にありません。そんなフルートを、ポポロがそっと見上げます。

 とたんに、仲間たちは肩をすくめました。ポポロが特に「誰を」守ろうとしているのか、わかってしまったのです。

「ああ、はいはい、そういうことね!」

 とメールが声を上げれば、ゼンも苦笑いをします。

「そうだ。その馬鹿をしっかり頼むぜ、ポポロ」

「まったく良い娘に捕まえてもらったものだな、フルート」

 とオリバンまでが笑って言います。

「は?」

 森から視線を戻したフルートは、仲間たちが言っている意味がわからなくて、きょとんとしました。その隣で、ポポロが真っ赤になってうつむいています。

 ユギルとワルラ将軍が、そんな二人を見て静かに笑っていました――。

 

 森を目に見えない緊張がおおっていました。木の陰で、茂みの後ろで、ロムド兵たちが剣を手に敵を待ちかまえています。森の中の空き地には、馬に乗った騎兵の集団が待機しています。

 その南西の方角の最前線に、フルートたちが並んでいました。それぞれ馬に乗り、武器を手にして行く手を見つめています。今回も、メールはゼンと一緒に黒星に乗っていました。ポポロはユギルの馬の上です。二人の少女の馬たちは、高まる戦いの気配に興奮して使うことができなかったのです。

「ホントに困った馬たちだなぁ。役に立たなくってさ」

 とメールがぶつぶつ言っていると、馬たちの足下からポチが答えました。まだ犬の姿をしています。

「ワン、しょうがないですよ。今まで牧場で平和に暮らしてた馬だもの。だんだん慣れてきますって」

「ちょうどいい、また黒星の手綱を頼まぁ。そうすれば、俺は弓に専念できるからな」

 とゼンに言われて、メールは、にっと笑いました。少年のような笑顔です。腰にゼンのショートソードを下げただけで、防具はまるで身につけていないのですが、恐れる様子もなく胸を張ってみせます。

「任せな。盗賊たちに目にもの見せてやろう!」

 

 そのとき、ユギルの声とポポロの声が重なりました。

「出てまいります! 盗賊団です!」

「かなりの数よ! ざっと――五十人くらい!」

 そこに、行く手を警戒していた斥候の声が響き渡りました。

「敵襲! 南西の方角から仮面の盗賊団が現れました!!」

 伝令がそれを伝える間があった後、ロムド軍の陣営から鬨(とき)の声が上がりました。おぉぉーーっと太く大きな叫びが森を揺るがします。

 フルートは居並ぶ仲間たちに向かって呼びかけました。

「行くぞ! 盗賊たちを足止めするんだ――!」

 馬の横腹を蹴り先頭を切って飛び出します。

 そこにすぐに皇太子の馬が並びました。面おおいを上げた兜の下から呼びかけます。

「一人で先に行くな。おまえだけに良いところを取られてはたまらんからな」

 大真面目な口調ですが、これはオリバンの冗談です。フルートは金の兜の下からにこりと笑い返しました。

「ぐずぐずしてると置いていきますよ」

 と答えて、いっそう馬の足を速めます。こちらも、言うときには言うようになったフルートでした。

 フルートのすぐ後にオリバンが続き、ゼンとメール、ユギルとポポロがそれに続きます。

 

 シュン、と音を立ててポチとルルが風の犬に変身しました。

「先に行くわよ!」

 と馬に乗った仲間たちを追い抜いていきます。

 行く手の森の中に馬に乗った集団が見えていました。全員が不気味な黒い仮面をつけ、こちらに向かって駆けてきます。が、集団にはなんとなく乱れが見えていました。闇の中から森へ出てきたとたん、ロムド兵の鬨の声に出迎えられて、思わず二の足を踏んだのです。すぐに立ち直りましたが、襲撃を待ち伏せされて、さすがに動揺は隠せずにいました。

 盗賊団の先頭に立っているのは痩せた男でした。顔の上半分を仮面でおおっていますが、大きな高い鼻が目立ちます。

「ワン、鼻のいい盗賊ですよ」

 とポチがルルに言いました。ルルも森の木立をすり抜けながら行く手を見て言いました。

「吹雪の盗賊もいたわ――。ポチ、気をつけなさいよ」

「ワン、ルルこそ」

 二匹の風の犬は、同時に左右に分かれました。うなりを上げながら森の中をかいくぐっていきます。

 吹雪を繰り出す盗賊が、鼻の盗賊と馬を並べて駆けていました。風の犬たちが森の中から迫ってくるのを見ると、憎々しく言います。

「来やがったな、犬ころどもめ。この仕返しはたっぷりしてやるぞ」

 と仮面の下からのぞく顎や首筋をなでます。そこには先の戦いでポチにかまれた傷が生々しく残っていました。

 風の犬たちが二手から盗賊団に襲いかかりました。森の梢がごうごうとうなりながら揺れ、小石が飛び枯葉が舞い上がります。

 と、血しぶきを上げて、どう、と一頭の馬が倒れました。乗っていた盗賊が地面に投げ出されます。ルルが風の刃で切りつけたのです。

 ポチはまっすぐ吹雪の盗賊めがけて飛んでいきました。魔法を使われる前に、馬からたたき落とそうとします。そんなポチに盗賊が吹雪を繰り出そうとします。

 とたんに、盗賊の胸に白い矢が突き刺さりました。分厚い革の胸当てを貫かれて、もんどり打って馬から落ちます。ひゃっほう! とゼンの歓声が後ろから響きました。

 ポチは立ち上がろうとする吹雪の盗賊に襲いかかり、また押し倒しました。鋭い風の牙でかみついていきます――。

 

 フルートたちと盗賊たちの馬が接近しました。フルートたちは四騎、盗賊たちは五十騎近い大集団です。けれども、先頭の鼻の盗賊がどなりました。

「油断するな! 連中はとんでもなく強いぞ!」

 そこにフルートが切りかかっていきました。鼻の盗賊がそれを受け止めます。刃と刃がぶつかり合い、ギイン、と耳障りな音を立てます。

 戦いの火ぶたが再び切って落とされたのでした。

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