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第9巻「仮面の盗賊団の戦い」

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第9章 森・1

30.首領の部屋

 フルートやロムド軍たちが盗賊の襲撃に備え始めた場面から、少し時間をさかのぼった夜明け前。

 森の奥の隠れ家で、二人の盗賊が首領の部屋に向かっていました。コネルアの町を襲撃した爆発男と鼻男です。リーダー役を務めていた炎使いを吹き飛ばして始末してしまったので、今は爆発男がそのグループのリーダーになっていました。

 二人は揃いの黒い仮面をつけていましたが、その奥で、眠そうな目をしばしばさせていました。

「まったく、お頭は本当に人使いが荒いぞ。襲撃から帰ってきたばかりでろくに休んじゃいねえのに、すぐこうして呼びつけて。まさか、また襲撃に行けとか言うんじゃないだろうな。俺も他の連中も、もう動けねえぞ。あの変に馬鹿強い連中に負傷させられた奴も大勢いるってぇのに……」

 痩せた鼻男はぶつぶつと文句の言い通しです。残虐な行為を繰り返して町や村を壊滅させる盗賊たちですが、その彼らでさえ、自分たちがやり過ぎていることを感じているのです。

「だよなァ。それに、こんな調子で行ったら、北の街道に人は誰もいなくなっちまうぞ。そうしたら、俺たちは商売あがったりだ。本当に、お頭は何を考えているんだか」

 と爆発男も首をひねります。そう言う彼自身が、ゼンの矢で傷を負った肩に包帯を巻いています。

 元から盗賊だったとは言え、彼らが仮面の盗賊団の傘下に入ったのはつい最近のことです。白い仮面の首領から不思議な力を与えられたことには感謝していましたが、それにしてもこのやりようには納得がいかずにいたのでした。

 ところが、首領の部屋の前まで来て、二人の盗賊たちは足を止めました。扉代わりに何重にも下げられたカーテンの奥から、こんな会話が聞こえてきたのです。

「どうしてこちらから出なくちゃならん。何もしなくとも、じきに向こうからやってくるんだ。そこを待ち伏せた方が効果があるだろう」

 これは彼らのお頭の声です。

「軍隊は間もなく一カ所に集結する。ロムドの皇太子と金の石の勇者が参戦したからだ。すぐにここを見つけて、全軍で攻めてくるぞ」

 手下たちが聞いたことのない男の声でした。爆発男と鼻男は仮面をかぶった顔を思わず見合わせました。

 ふん、とお頭が鼻を鳴らした音が聞こえました。いかにも盗賊らしいふてぶてしい口調で反論します。

「森の中で俺たちが負けるとでも思っているのか? 北の街道の森は俺たちの庭も同然だぞ。しかも、こっちには五十人をくだらない手下がいる。あんたが力をくれた連中だ。地の利も捨てて攻めて出る意味がどこにある?」

「向こうにはロムドの一番占者がついている」

 と謎の声が答えました。

「しかも、金の石の勇者の一行には桁外れな力を持つ魔法使いもいる。知っているか? 西隣のザカラス王国の城を崩壊させたのは、その魔法使いだぞ」

 ふん、とまたお頭が鼻を鳴らしました。沈黙になります。もう謎の男の声も聞こえてきません。

 二人の手下はまた顔を見合わせ、あわてて入り口のカーテンを押し開けました。首領の部屋に入っていきます。

 幾重にも下がったカーテンと分厚い絨毯の真ん中で、彼らの首領が長椅子に寝そべっていました。いつものように、かたわらのテーブルの酒を手酌で呑んでいるだけで、他に人の姿はありません。手下たちが思わずきょろきょろすると、首領が言いました。

「どうした、てめえら?」

 迫力のある低い声です。今ここで話してたのは誰ですか、と尋ねようとしていた手下たちは、思わずことばを呑み込みました。なんとなく、それを聞いてはいけない気配を感じたのです。探るような目で首領を見つめますが、白い仮面が骨のように冷ややかに光るだけで、自分たちの親分がどんな表情をしているのか、読み取ることはできませんでした。

 すると、首領が言いました。

「夜が明けたら軍隊に総攻撃をかけるぞ。みんなを起こして準備をさせろ」

「総攻撃!」

「ロ、ロムド軍にですかい!?」

 二人の手下たちは驚きました。黒い仮面を外して、不満の表情を露わにします。

「俺たちはついさっき帰ってきたばかりですぜ!? それなのに、また出動ですかい!?」

「だいたい、軍隊に総攻撃だなんて正気じゃねえ! お頭、考え直しやしょう。誰にそそのかされたか知らねえが、軍に喧嘩を売ったら、いくら俺たちでも無事では――」

 突然、爆発男の声がとぎれました。目をむき、咽をかきむしりながらうなり始めます。みるみるその顔が蒼白になり、脂汗が流れ出します。まるで誰かに咽を絞められているように見えますが、男のそばには誰もいません。

 仰天して立ちすくむ鼻男に、首領が冷ややかに言いました。

「俺が呼ぶまで外にいろ」

 絶対の命令でした。一瞬でもぐずぐずしたら、爆発男と同じ目にあわされると直感して、鼻男は部屋を飛び出していきました。その後ろから爆発男のうなり声が聞こえてきます。

 と――それが突然消えました。あたりはまったくの静寂に包まれます。

 鼻男は、ぎょっと部屋を振り向きました。全身を冷たい汗が流れ落ちていって、動くことができません。

 すると、首領が呼びました。

「入ってこい」

 おそるおそる部屋に戻ると、中に爆発男の姿はありませんでした。首領の部屋は分厚いカーテンに何重にも囲まれていますが、その向こうは岩壁になっています。森の中の岩場を利用した自然の要塞なのです。今、鼻男が入ってきた入り口以外に人が出て行ける場所はありませんでした。もちろん、カーテンの陰に隠れている様子もありません……。

 首領は長椅子に寝そべったまま、さっきと同じ恰好でいました。鼻男の足下に転がっているものを示して言います。

「今からおまえはそれをつけろ。そして、他の連中を起こして出撃準備をさせるんだ」

 それは爆発男がつけていた黒い仮面でした。ついさっきまで一緒にいた相棒は、仮面だけを残して消えてしまったのです。

 鼻男はますます冷たい汗をかき、大あわてで仮面を拾い上げてかぶりました。部屋の中には得体の知れない不気味な雰囲気が漂っています。それに捕まる前に逃げ出そうとします。

 とたんに、鼻男はすぐ後ろにいたものにつまずきそうになりました。彼がコネルアから連れてきた、小さな男の子です。

 子どもは青い服を着ていて、手に黄色いボールを抱えていました。おっ、と鼻男が声を上げても、ちらりとも振り向かず、床に向かってボールを投げます。ボールはリンリン……と鈴の音を響かせて転がっていきます。ボールが止まると、男の子は追いかけていって、拾い上げてまた床に投げます。

 子どもは見ず知らずの場所に連れてこられても泣くことがありませんでした。おびえることもしません。周りに気味の悪い仮面の男たちがひしめいているというのに、気にする様子もなく、自分の遊びに没頭しています。ボールを投げて拾う。拾ってはまた投げる。投げては後を追っていって、また拾う……本当に、延々その繰り返しです。

 鼻男は子どもに疑わしい目を向けました。いつの間にこの部屋に入り込んでいたのでしょう。いえ、最初から部屋にいたのかもしれません。まったく気がつきませんでした。そして、この子どもがいつまでもこうして隠れ家にいることが不思議でした。今までさらってきた子どもは、いつの間にか首領の部屋で姿を消していたというのに……。

 すると、首領の声がまた飛んできました。

「ぐずぐずせずに、さっさと行け。余計なことは考えるんじゃねえ!」

 とたんに、黒い仮面の奥で鼻男の目が白っぽくにごりました。疑いや恐れの色が消えて、無表情な目つきになってしまいます。

「がってんだ、お頭」

 鼻男は返事をすると、首領の部屋から出て行きました。もう小さな男の子には目も向けません。

 子どもがまたボールを投げました。リンリンリン、と鈴の音が響きます。それを追って走る小さな姿が、下りてきた入り口のカーテンの陰に隠れました――。

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