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第9巻「仮面の盗賊団の戦い」

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29.兵士たち

 ゼンとメールとポポロ、それにポチとルルの三人と二匹は、野営地の兵士たちに混じって朝食を取っていました。

 食事はつぶした麦のおかゆで、煮上がったものにチーズを削って混ぜ、とろりとしてきたところをスプーンで口に運びます。戦闘食なので実にシンプルですが、体が暖まって即座に力になる、効率の良い食べ物でした。

 戦士は食事を決しておろそかにしません。一同が夢中で食べていると、そこへ他の兵士たちが話しかけてきました。ジャックと同じように銀の鎧を着ただけで、階級章などはまったくつけていない兵卒たちです。食事中なので皆、兜を外していましたが、その顔もそれほど年上ではないようでした。

「え、ええと、金の石の勇者のみなさんですよね?」

「お会いできて光栄です」

 と照れたように赤くなりながら言います。

「皆さんの噂はかねがね。ぜひお会いしてみたかったんですよ」

「そうそう。勇者は子どもだし、女の子もいるとは聞いていたんだけれど、まさかこんなに綺麗な人たちだとは思わなかったなぁ」

 そんなふうに兵卒たちが話しかけている相手は、ゼンではなく、メールとポポロでした。あっという間に二人の少女を取り囲んでしまいます。

「なんだ、あれ?」

 一人取り残されて憮然としたゼンに、足下からポチが言いました。

「ワン、軍隊に女性はいないですからね。みんな、女の子が珍しいんですよ。しかも、あれだけの美人だし」

「ちょっと、何よそれ。冗談じゃないわ。ポポロに変な虫を近寄らせるもんですか!」

 とルルが憤然と立ち上がって、人の輪の真ん中に入っていきました。大勢に囲まれておどおどしているポポロの前に、かばうように立ちはだかります。

 フルートがジャックと話しながらこっちを見ていました。それに気がついて、ポチが笑います。

「フルートも気にしてる。ゼンはいいんですか? 放っておいて」

「馬鹿馬鹿しい。あいつは渦王の鬼姫だぞ。見た目にだまされて近寄ったら、痛い目にあうのは連中だ」

「へぇ? 痛い目にあわせるのはゼンでしょう。盗賊団が襲ってきた時だって、虎男をひんむいたのはゼンだし」

「う――うるせえな、生意気犬!」

 ゼンが真っ赤になってポチと口喧嘩を始めます。

 

 そこへまた別の兵士たちが近づいてきました。こちらは士官を表す青いマントをまとい、肩に少尉の階級章を光らせています。身分は高いのですが、年齢は先に少女たちに話しかけた兵卒とあまり違いません。

「俺になんか用か?」

 とゼンはじろりとにらみ返しました。馬鹿にする目で見下ろされたと感じたのです。

 若い士官たちは兵卒たちより上品で、鎧を着ていてもなんとなく垢抜けた雰囲気でしたが、その分高慢そうな顔つきもしていました。士官学校を出た貴族の子息たちだったのです。ゼンの前に立って、遠慮もなく見回してきます。

「ふぅん、キミが金の石の勇者の仲間か。怪力のドワーフっていうのは、キミのことかい? 確かに背は低くてちんちくりんだけど、全然強そうに見えないね」

 そう言ったのは赤毛の士官でした。仲間たちがどっと笑います。貴族出身の士官たちは、金の石の勇者たちがやってきたと聞いて、からかいに来たのでした。

 ゼンは、またじろりと見返すと、すぐにつまらなそうに言いました。

「ああ、そうだぜ。用がねえならあっち行けよ。朝飯中だ」

 と無視して食事の続きに戻りますが、若い士官たちは立ち去ろうとしません。ちくちくと、とげのあることばを言い続けます。

「金の石の勇者の一行って、どんなにすばらしい連中なのかと思っていたんだけどなぁ。こんな貧弱な奴らだったなんて、期待はずれもいいところだ」

「人の噂がどれほどいい加減かっていうことの証明だな。噂が噂を呼んで、どんどん大げさに話されるようになるんだよ」

「あそこの金の鎧の奴が金の石の勇者なんだろう? まるっきり女みたいじゃないか。あんなのが勇者だなんて笑わせる。どうせ顔で採用されたんだ。城の一番占者といい、陛下は美形好みだって評判だからな」

 あれあれ、と一行の足下でポチがあきれていました。その一番占者もこの野営地に来ているというのに、あまりに無防備に話す士官たちでした。世間もろくに知らない貴族育ちのまま、軍に配属されてきたのに違いありません。

 ゼンが肩をすくめました。

「いいからあっち行けって。てめえらみたいな馬鹿と話してる暇はねえんだよ」

 とたんに青年たちの声が尖りました。

「馬鹿か! 我々が馬鹿だと言っているぞ! 卑しいドワーフのくせに!」

「我々は士官学校を主席や次席で卒業しているんだ! 貴様になど、逆立ちしたって真似できないんだぞ!」

 やれやれ、とゼンは溜息をつきました。本当に、あまり馬鹿馬鹿しくて、まともに相手にする気にもなれません。それでも青年たちはわめき続けています。

「おまえたちのような、どこの馬の骨ともしれない連中など必要はない! 我々はロムド正規軍の、しかもワルラ将軍直轄の部隊なのだ! おまえたちの力など借りなくも、仮面の盗賊団を捕まられるぞ!」

 貴族たちの中には金の石の勇者を快く思っていない者が大勢います。目の前にいる士官たちもその一派に違いありませんでしたが、それでもロムド軍には違いないので、喧嘩をするわけにもいきません。

 ああ、うざってぇ――とゼンは心でぼやきました。

 

 その時、突然野営地の真ん中の天幕で、ばっと入り口の垂れ幕が跳ね上がりました。中からいぶし銀の鎧の青年が飛び出してきて叫びます。

「敵だ!! 盗賊団がここを襲撃してくるぞ! 備えろ!!」

 大柄な皇太子の声は、伝令など使わなくても野営地中に響き渡ります。兵士たちがどよめく中、ワルラ将軍も天幕から飛び出してきてどなります。

「敵が接近中! ユギル殿の占いだ! 全員配置につけ――!!」

 兵士たちがいっせいに動き出しました。食事の火を蹴散らし、兜をかぶり、マントをはおり、武器や防具を身につけていきます。メールやポポロに言い寄っていた兵卒たちも、ゼンに難癖をつけていた青年士官たちも、あっという間に駆けていって戦支度を始めます。彼らはロムド正規軍です。私生活ではどうであれ、戦いの場では勇敢な兵士になるのです。ジャックもたちまち自分の荷物がある場所へと駆け戻っていきました。

 

 フルートたちは天幕にまた集まりました。オリバンやワルラ将軍の後ろに立つ銀髪の青年を見上げます。

「ユギルさん、仮面の盗賊団が襲撃してくるんですね!?」

「よりにもよって、ロムド軍に奇襲かよ!」

 緊張して尋ねる勇者たちに、ユギルがうなずきました。

「ここにいるのは二百名あまりの兵ですが、このままでは我々が他の隊と合流して大軍になり、手に負えなくなると考えたのでしょう。まだ小規模のところを討ちに出てまいりました」

「でも、連中、ロキを人質に取ったんだろ? どうしてあたいたちが行くのを待たないのさ――」

 とメールが納得のいかない声を上げると、オリバンが重々しく言いました。

「連中はロムド軍相手に真っ向から戦いを挑んでくるつもりなのだ。ロキはおまえたちに対する盾だ。危なくなったら、連中は必ずロキを前に出してくるぞ。覚悟しておけ」

 勇者の少年少女たちは思わず声を失いました。

 フルートが強く唇をかみしめます。

 天幕から眺める森の彼方、梢越しに見える空で、暗い雲が渦巻き始めていました――。

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