盗賊たちが消えていった街道に、仲間たちが駆けつけてきました。馬に乗ったメールとポポロ、風の犬のルルに乗ったゼン、そして、馬にまたがったオリバンとユギルです。青年たちの馬は先の爆発で地面にたたきつけられたのですが、幸い怪我はしていないようでした。
夜の闇に向かってフルートが叫んでいました。風の犬のポチの背中からロキの名前を呼び続けます。小さな男の子の姿はもうどこにも見当たりません。盗賊たちに連れ去られてしまったのです。
「ちっきしょう!」
とゼンがわめきました。
「おい、行くぞ! ロキを取り戻すんだ!」
「でも、どこに!? あいつらがどこに行ったのか全然わかんないんだよ!」
とメールが言い返します。
ポポロが一瞬遠い目をして、すぐに溜息をつきました。
「だめだわ、見えない……。街道をすごく濃い闇がおおっているの。盗賊たちはその中に逃げ込んでしまったんだわ」
フルートはポチの背中で震え続けていました。激しい怒りをどうしても抑えることができません。ロキを目の前で奪われていったのです。何もできなかった自分自身が情けなくて、拳を握って夜の闇をにらみつけてしまいます。
オリバンがユギルを振り向きました。
「連中がどこへ行ったのか見えないのか?」
ユギルは答えました。
「ポポロ様のおっしゃるとおりです。濃すぎる闇に阻まれて、見通すことができません……。ですが、最善を尽くしてみましょう」
と馬を下り、荷物の中から丸い石の円盤を取り出します。占盤です。それを地面にじかに置き、前に座り込んでのぞき込みます。夜の中、コネルアの町はまだ燃え続け、赤い光を占盤の上まで投げかけています――。
その時、街道脇の森の方角から声が聞こえてきました。
「ロキ――ロキ、どこなの!?」
「ロキ、どこだ――!?」
若い男女の声です。フルートたちは、はっとしました。ロキの両親が子どもを捜して森の隠れ家から出てきたのです。真昼のように明るい野原を見回して必死で呼び続けています。
思わず青ざめた少年少女たちにオリバンが言いました。
「私が話してこよう。ここで待っていろ」
とロキの両親の元へ馬で走っていきます。
ポチが空から舞い下りて子犬の姿に戻りました。
地面に下り立ったフルートは、そのまま地面に座り込んでしまいました。仲間たちが驚く前で、力任せに地面をたたき始めます。
「くそっ……! ロキ! ロキ――!!」
怒りと悔しさに歪んだ顔は、今にも泣き出しそうです。同じくルルと地上に下りたゼンは、親友の隣に立ちつくしました。
「フルート」
と言ったきり、何も言えなくなります。フルートは目に涙をにじませながら地面を殴り続けています。
すると、金の籠手に包まれた手を、ふいに華奢な手が抑えました。フルートは、その手ごと拳をたたきつけそうになって、驚いて動きを止めました。ひざまずいて自分を見上げる少女を見つめ返します。
「ポポロ……?」
少女は大きな緑の瞳に涙をいっぱいにためていました。フルートよりももっと泣きそうな顔をしながら、それでも懸命に言います。
「大丈夫よ、フルート……。ロキはあたしたちを呼び寄せるための囮(おとり)に、さらわれていったんだもの。敵は絶対ロキを殺したりしないわ……」
フルートはまた大きく顔を歪めました。歯を食いしばると、目の前の少女をいきなり抱き寄せます。
ポポロは驚いて息を呑み、すぐにまた泣き出しそうな顔になりました。自分を抱きしめるフルートの腕や全身が震え続けています。自分自身のふがいなさを心で激しく責めているのです。
ポポロは、そっと手を伸ばしました。コートを着た腕を金の兜に回すと、少年の頭を抱き寄せます。
「行きましょう、フルート。そして……ロキを助け出しましょう」
少年はいっそう強く少女を抱きしめました――。
そこへロキの両親がオリバンに連れられてやってきました。座り込んでいる少年を見ると、若い母親が駆け出します。
「フルート! フルート――!」
いつも屈託のない笑顔の母親も、今は青ざめた顔をしていました。フルートの前まで来ると、ポポロから奪い取るようにして少年の両手を握ります。
「お願いよ、フルート――! ロキを助けてちょうだい! あの子は何もわからないの! ひとことも話せないし、何もできないのよ――! お願い、あの子を助けて!!」
ひしとフルートを見つめる目は、泣きはらして真っ赤になっています。その必死な顔が、夢の中で「ロキを守って!」と泣いて訴えてきたアリアンの顔とだぶりました。
ポポロはフルートの隣にいました。もう腕はフルートから離していましたが、何も言わずにすぐそばに座っています。フルートは右手を伸ばして、少女の華奢な手を握りしめました。そのまま、ぐっと引いて一緒に立ち上がります。
「助けます」
とフルートは、母親に向かってはっきりと言いました。右手はポポロの手を握りしめたままです。
「ロキはぼくたちが取り返します。必ず――絶対に!」
そこへロキの父親も駆けつけてきました。青ざめきった顔をしていましたが、フルートのことばを聞いて深々と頭を下げます。
父親と共に戻ってきたオリバンが、また銀髪の占者を見ました。
「どうだ、ユギル?」
「やはり闇の中を見通すことはできませんが――」
と青年は地面の占盤を見つめながら話し出しました。
「別の方向に、道が見え始めております。ひょっとしたら、この道が探し求める場所へと続いているかもしれません」
占い師のことばは、いつも抽象的です。それでもオリバンはうなずきました。ユギルは中央大陸一とも言われる優秀な占者です。その色違いの瞳が見つけたものは必ず真実につながっている、と長年の経験で知っているのでした。
「ユギルさん、それはどっちの方角ですか?」
とフルートは尋ねました。
「北です、勇者殿……。街道からも離れて、森の中へ進まれますように」
それを聞いて、ゼンが驚きました。
「森の中って――盗賊どもの隠れ家を見つけたのか!?」
「いえ、違います。ただ、そちらに頼もしい象徴が見えております。きっと勇者殿たちの力となってくれることでございましょう」
「頼もしい象徴?」
勇者の少年少女たちはまた驚きました。何のことを言われているのか見当がつきません。
すると、ユギルが続けました。
「大きな濃紺の壁でございます」
それを聞いて、オリバンがにやりとしました。
「なるほど――。このあたりまで来ていたのか」
「おい、二人だけでわかってんなよ!」
「濃紺の壁ってなんのことさ!?」
とゼンとメールが騒ぎ出します。
オリバンが微笑しながら言いました。
「ロムドを守る鉄壁だ。いつも濃紺の鎧をつけている――と聞けば、おまえたちにも誰のことかわかるのではないか?」
少年少女たちはまた目を丸くしました。ワン、とポチがほえます。
「濃紺の鎧って言ったら、ワルラ将軍ですよね? ロムドの軍の最高責任者の。いつも濃い紺色の鎧を着てらっしゃるもの」
オリバンがうなずきました。
「その通りだ。ワルラ将軍は、父上から仮面の盗賊団退治を命じられている。ロムド軍の第一師団を率いて北の街道に出動してきているのだ」
「ロムド軍――!」
と少年少女たちはまた声を上げました。銀の鎧兜で身を包み、獅子と樹と山を配置した紋章の盾を掲げた、頼もしい軍勢が思い浮かびます。
フルートはユギルに確認しました。
「ロムド軍がワルラ将軍と一緒に来ているんですね? この近くにいるんですね?」
「左様です。ワルラ将軍と合流いたしましょう。必ずや、道がまた開けてくることでございましょう」
占者の声はおごそかなほど静かです。フルートはうなずきました。仲間たちを見回して言います。
「行こう、みんな! ロムド軍と一緒に仮面の盗賊団を倒して、ロキを助け出すんだ!」
その横顔はもう後悔に溺れてはいませんでした。強い表情を刻んで、道が開けるという北の方角を見据えます。仲間たちもいっせいにうなずき返しました。
「皆様方をワルラ将軍の元へご案内します。わたくしの後をおいでください」
とユギルが占盤を荷物に戻して馬にまたがりました。長い銀の髪が夜の中にひらめきます。
メールが黒馬の上から言いました。
「ゼン、早く黒星に乗りなよ。ポチ、ルル、風の犬になってゴマザメとクレラを連れてきとくれ。怖がって森の中から出てこないんだからさ」
「ワン、わかりました」
「メールたちは先に行ってなさい。ちゃんと馬たちは連れていってあげるから」
と犬たちが答え、さっそく風の犬に変身して森の中へと飛んでいきました。ゼンはメールの乗る黒星に、フルートはポポロと一緒にコリンに、それぞれまたがって手綱を取ります。
オリバンが、青ざめたまま立ちつくすロキの両親を振り返りました。
「おまえたちは町の者たちのところへ戻って、このことを伝えるのだ。心配するな。ここにいるのは金の石の勇者の一行だ。必ずおまえたちの息子は取り返してくる」
これ以上ないというほど力強いことばです。若い母親は泣き笑いの顔になって、金の鎧の少年に呼びかけました。
「フルート、あんたって、本当に金の石の勇者だったのね……。皇太子様にまでこんなことを言われるなんてね」
ロキの母親はシルの町の出身で、フルートの母親の友だちです。フルートのことは、本当に子どもの頃からよく知っていたのです。
フルートはちょっと複雑な表情をすると、すぐに、にっこり笑って見せました。
「待っていてください。必ずロキは助け出しますから」
ロキの母親はとうとう泣き出しました。泣きながら何度もうなずきます――。
占者が馬の頭を北へ向けました。
「では、まいります」
「よし――行くぞ!」
フルートの声に、馬たちはいっせいに走り始めました。蹄の音を立てながら街道を駆け、じきに街道をはずれて右手の森へと向かって行きます。
それを見送るロキの両親が両手を組み合わせました。ことばもなく神に祈ります。その姿を、燃える町が赤々と照らし続けていました――。