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第9巻「仮面の盗賊団の戦い」

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25.戦闘・4

 燃える町の方角から、二人の仮面の男が近づいてきました。一番最初にゼンの矢で馬から落ちた鼻の盗賊と、肩に矢を受けた盗賊です。

「だめだぜぇ、『炎』――」

 と矢傷の男が口を開きました。呼びかけられた炎使いはもういないのに、乾いた声で話し続けます。

「隠れ家の場所を白状したりしたら、俺たち全員がお頭から処刑されちまうからなぁ。それでなくても、この報告をしたらお頭からこっぴどく叱られるってぇのによ」

 と盗賊のほとんど全員が倒れている野原を見渡します。

「それで仲間を吹き飛ばしたのか」

 とフルートは声を震わせました。恐怖ではありません。激しい怒りにかられていたのです。

 ふん、と矢傷の盗賊が笑いました。

「哀れな盗賊に同情してくれるのか? 心配ねえ。炎使いはこいつだけだったが、他にも強力な攻撃ができる仲間はまだ大勢いるからなぁ。かく言う俺もその一人でな、どんなものでも爆発させることができるのよ。そら、こんなふうにな――」

 と、傷の痛みに少し顔をしかめながらも、両腕をフルートに向けてきます。

 

 とたんに、フルートは息ができなくなりました。自分の内側で急速に熱い大きな塊が育っていくのを感じます。外からその変化はわかりませんが、あっという間に内側いっぱいに広がってしまいます。

 フルートはとっさに自分の体を抱きました。必死で抑えようとしますが、ふくれるものは止まりません。フルートの体を突き破り、炎の盗賊と同じように破裂させようとします。

 すると、フルートの全身を金の光が包みました。胸当ての下で金の石が輝いたのです。あふれようとする内側の力を外側から抑え込み、見えない押し合いを始めます。

「フルート!」

 とオリバンが飛び出しました。駆けつけて爆発男を切り捨てようとします――。

 そこに細い少女の声が響きました。

「セエカ!」

 ポポロが馬の上から爆発男に向かって片手を突きつけていました。宝石のような瞳が鮮やかな緑に輝き、華奢な指先から、星のような緑の光が散ります。

 とたんに、フルートの内側から力が消え、彼らの間の地面が爆発してすさまじい土砂を噴き上げました。爆発男も、鼻の盗賊もフルートも、駆けつけていたオリバンも、もっと離れた場所にいたユギルやゼンまでもが全員地面にたたきつけられます。

 きゃっとポポロは悲鳴を上げました。フルートに向けられた爆発の魔法をとっさに自分の魔法で返したのですが、返した先で元より大きな爆発を起こして、全員を吹き飛ばしてしまったのでした。

 メールだけは黒星の手綱を握って、かろうじて吹き飛ばされずにいました。鋭い目で野原を見ながら叫びます。

「盗賊たちが逃げていくよ!」

 仮面の男たちが跳ね起きて、我先に野原を逃げ出していくところでした。走りながら、気絶した仲間を蹴飛ばして起こし、口笛で馬を呼んで飛び乗ります。

「逃がすな!」

 とオリバンが飛び起きてどなりました。それより先に立ち上がっていたフルートが少女を振り返ります。

「ポポロ、停止の魔法だ!」

 ポポロは我に返りました。コリンの上でまた手をいっぱいに伸ばすと、逃げていく盗賊たちに向かって呪文を唱えようとします。

「レマートヨチタクゾウートレマー……」

 

 ところが、その時、場にそぐわない音が聞こえてきました。

 リンリンリン……と鳴り響く鈴の音です。

 フルートたちは、はっと音の方向を見ました。赤々と燃え上がる町の手前の野原に、小さな小さな人影がありました。手に持ったものを地面に投げ、転がる後を追いかけて拾い上げている姿が、炎の灯りの中に黒い影になって浮かんでいます。

 フルートたちは立ちすくみました。ロキがいつの間にか森の隠れ家を抜け出していたのです。その場所にいるからには、戦場の野原を横切ったのに違いないのですが、フルートたちは誰一人それに気がつきませんでした。

 男の子はまた、ボールを地面に転がしては追いかける遊びをしていました。ボールを投げるたびに、リンリンリン……と鈴の音が響きます。ととと、と小さな体がその後を走り、ボールが止まるとかがみ込んで拾い上げます。また目の前の地面にボールを投げます。延々その繰り返しです……。

 

「ロキ!」

 とフルートは真っ青になって駆け出しました。仮面の盗賊が乗った馬が、そちらに向かって走っていきます。

 すると、鼻の盗賊が、くん、と匂いをかいで鋭く振り向きました。

「小さな子どもだ! せめてこいつだけでも頭に土産だぁ――!」

 そう言うなり身を乗り出し、手を伸ばして小さなロキを捕まえました。走る馬の上に引っ張り上げて抱え込んでしまいます。

「ロキ!!」

 とフルートたちはまた叫びました。盗賊にさらわれていく男の子を取り戻そうと、いっせいに駆け出します。メールとポポロが馬で飛び出し、風の犬になったルルとポチがそれを追い越します。

 すると、逃げていく馬の上で太った盗賊が振り返りました。気絶から目を覚ました風使いです。吹雪使いの盗賊も振り返ります。後を追ってくる者たちに向かって、いっせいに風と雪を吹きつけてきます。

 キャン、とルルとポチが悲鳴を上げて犬の姿に戻りました。激しい風に馬たちも思わず二の足を踏みます。走って後を追っていたフルートたちも、風にあおられて進めなくなります。

 その間に盗賊たちは野原から飛び出していきました。北の街道に入り、石畳に蹄の音を立てて逃げ去っていきます。

「待て!」

 とフルートは叫びました。必死でまた後を追いかけようとすると、吹雪をやり過ごしたポチがまた風の犬になって飛んできました。

「フルート、乗ってください!」

 フルートは即座にその背中に飛び乗りました。うなりを上げながら盗賊たちの後を追います。

 痩せた鼻の盗賊が子どもを小脇に抱えて馬を走らせているのが見えます。小さな小さな姿のロキです。驚きのあまり声も出なくなっているのでしょうか。泣き声は聞こえてきません。ただ黙って連れ去られていきます。

 渡すもんか!! とフルートは心の中で叫びました。ポチは風を切って飛んでいます。逃げていく盗賊たちの後ろ姿がぐんぐん近づいてきます。青い服を着たロキの小さな姿も――。

 

 と、その目の前で、突然盗賊たちの姿が揺らめきました。馬も人もまるで暗いかげろうに包まれたように揺れながらかすみ、薄くなっていきます。フルートとポチは息を呑みました。盗賊たちが消えていくのです。

「ロキ!」

 とフルートはポチの背中から精一杯に腕を伸ばしました。盗賊から男の子を奪い返そうとします。

 けれども、その手が届くより早く、盗賊たちは消え失せてしまいました。薄暗い影があたりに漂い、それもすぐに消えていきます。

 風の犬のポチは、ぐるぐると渦を巻きながらあたりを飛び回りました。ほえながら敵を探し続けます。

 フルートは茫然としました。街道にはもう、盗賊たちの姿はありません。ただ燃える町が投げかける光に、街道の石畳が赤く染まり、黒々とした影を浮き上がらせているだけです。

「ロキ……?」

 フルートは呼びかけました。返事はありません。リンリンリン、という鈴の音も聞こえてきません。街道を夜風が渡っていきます。

 フルートは、ぎりっと奥歯をかみしめました。激しい怒りに全身が震え出します。ロキを奪われてしまったのです。魔王の配下の盗賊から、守ることができなかったのです――。

「ロキ!! ロキーーッ!!!」

 行く手に横たわる闇の中へ、フルートは叫びました。

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