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第9巻「仮面の盗賊団の戦い」

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23.戦闘・2

 馬の上でユギルは手綱を引きました。銀髪の占者は黒い服の上に灰色のマントをはおっただけで、武器も防具もまったく身につけていません。激戦が始まった野原の中央からゆっくり退くと、戦場全体を見渡しました。

 コネルアの町はまだ激しく燃え続けています。炎が放つ赤い光が、真昼のように野原を照らしています。

 町から一番近い場所で、フルートが炎使いの盗賊と戦っていました。双方が馬に乗って、剣と刀とで切り結んでいます。敵はものを燃え上がらせる闇魔法が使えますが、両手で刀を握っているので、今は火を操れないようです。

 野原のちょうど中央では、オリバンが三人の盗賊相手に戦っていました。やはり馬に乗っていて、駆け寄っては離れることを繰り返しながら、剣と剣とをたたき合わせています。大柄な皇太子が繰り出す剣は力強く、同時に三人を相手にしてもまったく押されることがありません。馬たちが激しく踏みならす蹄の下で、小川の岸辺の薄氷が割れ、水しぶきが上がっていました。

 その近くではゼンの乗った黒星が小柄な盗賊に襲いかかっていました。また見えない『力』を使われたようで、一瞬馬とゼンの動きが止まりますが、振り切るようにゼンが身をよじると、逆に小柄な盗賊の方が馬から転げ落ちました。

「メール、黒星を頼まぁ!」

 とゼンがどなって小柄な男へ飛びかかっていきます。

 メールは即座に黒星の手綱を握り、盗賊の乗っていた馬を追い立てました。馬たちの蹄にゼンが巻き込まれないようにしたのです。

 

 さらにその手前では犬たちが戦っていました。

 風の犬のポチが太った盗賊の吹き出す風に逆らって飛んでいきます。どちらの風もかなりの勢いですが、ポチの勢いのほうが勝っています。ついに盗賊に飛びかかって、地面に押し倒してしまいます。

 ルルはユギルに一番近い場所でナイフ男と戦っていました。風の牙で男の腕にかみついてナイフを落とそうとすると、それより早く男がナイフを振り下ろしてきました。とたんに、ルルの風の体が真っ二つになります。男とルルとの間に数メートルの距離があったのに、まるでナイフの刃先が突然伸びたように、ルルの体を切り裂いたのです。

「へっ、ざまぁ見ろ、怪物!」

 とナイフ男が叫びました。

「俺はナイフから真空の刃が出せるんだ! 切り裂けないものなんか何もねえのさ!」

 勝ち誇って笑う男の目の前に、ごうっとルルが舞い下りてきました。巨大な風の顔を近づけて、犬の顔で笑って見せます。

「やぁね、馬鹿みたい。風の犬に風の攻撃が効くとでも思ってるの?」

 男の目の前で、切れた体がみるみる一つにつながっていきます。青ざめた男に向かって、ルルがウォン! と大きくほえると、ナイフ男は悲鳴を上げて逃げ出しました。

 

「大丈夫のようですね……」

 とユギルはつぶやくと、なおも戦場を見渡し続けました。

 銀髪の占者は虚空に象徴を映し出すことで先を読むことができます。媒介の占盤を使った時のように遠い未来まで読み取ることはできませんが、状況の変化が激しい戦場では、これでも充分役に立つのでした。

 と、ユギルは眉をひそめました。色違いの瞳を、野原の向こうへ向けます。

「いけませんね」

 とつぶやいた占者の視線の先には、金の鎧兜の少年と小柄な少女が乗った馬がいました――。

 

 フルートは炎使いの盗賊と激しく切り結んでいました。振り下ろされてくる盗賊の刀を、剣で受け止めては返します。

 炎使いは仰天していました。目の前にいるのは、本当に小さな少年です。兜の下に見えている顔はまるで少女のように優しい顔立ちで、しかも、馬の後ろには本物の女の子まで乗せています。それで戦っていること自体、何かの冗談のように思えるのに、少年は尋常でなく強いのです。どれほど男が渾身の力で刀を振り下ろしても、がっちり受け止め、跳ね返してきます。勢いに押されて男の方が馬ごとよろめいてしまうほどです。

「貴様――何者だ!?」

 と炎使いはどなりました。絶対にただ者ではない、と確信します。

 フルートは銀のロングソードを構えたまま盗賊を見返しました。少し考えるような沈黙の後、はっきりとした声で答えます。

「ぼくは、金の石の勇者だ」

 炎使いは絶句しました。金の石の勇者の噂ならば、盗賊の彼らも聞いています。例え姿は子どもでも、その並外れた強さは、ロムド中に知れ渡っているのです。

「なるほどな!」

 と言って、炎使いは剣を鞘に戻しました。一瞬のことです。次の瞬間には両手を突き出し、金の鎧の少年を強くにらみます。

 とたんに、少年が馬をジャンプさせました。たった今まで少年がいた場所が、炎を吹いて激しく燃え出します。

「すばしこい奴め!」

 炎使いが後を追ってまた両手を向けてきました。フルートは素早く手綱をポポロに渡しました。

「離れて!」

 と言うなり馬から飛び下り、そのまま全速力で走ります。それへ向かって盗賊は両手を突きつけ、鋭い目でにらみつけます。

 とたんに激しい炎がわき起こり、少年の全身を包みました。

「フルート!!」

 とポポロは悲鳴を上げました。

「ざまあみろ! 勇者の丸焼きが一丁上がりだ!」

 炎使いの盗賊があざ笑います。

 

 すると、その耳元でごうっと風の音がして、笑うような声が聞こえてきました。

「ワン、甘いなぁ。金の石の勇者のこと、よく知らないんでしょう」

 ぎょっと身を引いた炎使いの脇を、風の怪物が吹きすぎていきました。巨大な白い犬の姿をしていますが、その体の後ろ半分は、蛇か異国の竜のように長く伸びています――。野原の真ん中で燃え上がっている勇者へ、まっすぐ飛んでいって、その回りで渦を巻きます。

 すると、炎がたちまち吹きちぎれて消えました。中から少年が姿を現します。金に輝く鎧兜を着た体は少しも焼け焦げていません。

「ワン、お待たせしました、フルート」

 とポチが言うと、フルートはにこりと笑いました。

「大丈夫だよ。この鎧は炎にも、炎の魔法にも強いからね。君の方こそもう大丈夫なの?」

「ワン。あの太った盗賊は気絶しちゃいました。風がぼくに効かないってわかったら、てんで弱くなっちゃうんだもん。情けないですよねぇ」

 そう話しながら、風の背中にフルートを拾い上げます。

 フルートは、茫然と立ちすくんでいる炎使いの盗賊へ剣を向けました。いつの間にか、銀のロングソードから黒い魔剣に持ち替えています。とたんに、少女のような顔の中で、青い瞳が鋭く光りました。

「おまえはたくさんの町の人たちを焼き殺してきた――。その人たちがどんなに苦しかったか、身をもって味わってみろ!」

 険しい声で言い放って魔剣を振ります。

 とたんにその切っ先から炎の弾が飛び出して、炎使いの男の前で破裂しました。野原の草が燃え上がります。続いて、もう一発放つと、今度は後ろの草が燃えます。炎使いが操る炎より、ずっと大きくて激しい炎です。たちまち燃え広がって、男を取り囲みます。

 男は青ざめました。炎の輪の中から逃げ出すことができません。次にやってくるとどめの炎に向かって、むなしく手を挙げます。

 ところが、フルートの方でも、炎の剣を構えたまま、それを男へ振り下ろせなくなっていました。厳しい戦士の表情を刻んでいた顔が、急に迷って、苦しげな表情に変わります……。

 

 すると、そこへ別の盗賊が駆け寄ってきました。

「『炎』――!」

 ゼンに馬を射殺されて、自分の足で走ってきた男です。黒い仮面を光らせながら、燃え上がる火へ両手を差し向けます。

 とたんに、あたりが激しい吹雪に包まれました。空には雪雲さえなかったのに、いきなり風と雪がわき起こって野原を吹き荒れ、炎使いの周りで燃える炎を消してしまいます。こちらは、吹雪使いの盗賊だったのです。

 吹雪は空にいるポチとフルートにも吹きつけてきました。風の犬は激しい雨や雪に遭うと、風でできた体を吹き散らされてしまいます。ポチはたちまち元の子犬の姿に戻って、フルートもろとも空から落ちてしまいました。

「ポチ!」

 フルートはとっさに腕を伸ばして、子犬を自分の胸に抱きかかえました。そのまま背中から地面に墜落します。ガシャーン、と激しい音を立てて、鎧を着た小さな体が地面に激突します。

 そして――そのまま、少年と子犬は動かなくなってしまいました。

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