燃える町の炎に照らされた野原を、盗賊たちの馬と町の住人を守る者たちの馬が駆けていました。盗賊たちの馬は十頭、それに対抗する馬はたったの四頭。圧倒的な差に、盗賊たちは仮面の下で余裕の笑いを浮かべています。
ところが、先頭を走っていた盗賊の馬が、突然どうと音を立てて倒れました。乗っていた鼻の盗賊が地面に投げ出されます。馬は体に白い矢を突き立てて絶命していました。
盗賊たちは驚きました。行く手の馬に大きな弓を構えている人影があります。走っている馬の上から矢を放ち、馬を殺したのです。しかも、たった一本の矢で――。
「えぇい、あわてるな! いくら火が燃えてたって、この距離だぞ! まぐれに決まってる!」
とリーダー格の炎使いの盗賊がどなった瞬間、今度はその左隣の盗賊が悲鳴を上げて馬から転げ落ちました。その肩にも白い矢が突き刺さっています。続けてもう一頭の馬が転倒します。馬は眉間を矢で貫かれて即死していました。
「気をつけろ! 狙いがどえらく正確だぞ!」
と三頭目の馬から投げ出された盗賊がどなりました。馬がなくなったので、刀を抜いて自分の足で走り出します。
炎の盗賊が後ろを振り返りました。
「『力』! 弓を持ってる野郎を押さえ込んでひねりつぶせ!」
「がってん」
小柄な盗賊が先頭に飛び出してきました。馬上から目の前へ片手を伸ばします。とたんに、盗賊めがけて飛んでくる白い矢が地面に落ちました。見えない手で払い落とされたような動きです。
「いい気になるなよ!」
と言いながら小柄な盗賊は弓を持った人影へ手を向けました。そのまま気合いを込めます。
とたんに、射手を乗せた馬がぴたりと止まりました。それこそ、まるで見えない手で押さえ込まれてしまったようです。小柄な盗賊は、にやにやしながら言いました。
「どんなに離れていたって俺様の『力』は三十人力よ。すぐにその首根っこをへし折ってやるからな」
「ゼン!」
とメールが声を上げました。メールの前でエルフの矢を連射していたゼンが、突然動きを止めてしまったのです。乗っていた黒星もいきなり立ち止まります。何か見えない力に押さえられているのです。黒星は鼻を鳴らし、どっどっと地面を蹴って走り続けようとしますが、前に進むことができません。
「ゼン――!」
とメールは少年の腰に回した腕に力を込めました。彫像のように動かなくなってしまった少年を、身を乗り出して見上げようとします。
すると、ゼンが言いました。
「前に出るな、馬鹿。おまえまで捕まるぞ」
意外なほどのんびりした声です。メールは目をぱちくりさせました。
「だ……大丈夫なのかい?」
「馬鹿でかい透明な手が俺と馬をつかんでるのは感じるけどな。大した力じゃねえや」
言いながら、ゼンはぐっと身を引きました。メールが一緒に後ろに押されます。
すると、盗賊の先頭で小柄な男が悲鳴を上げました。馬の鞍の上でつんのめって転げ落ちそうになったのです。はぁん、とゼンは言いました。
「変な力を使ってくるのはあいつだな。ドワーフの俺と力比べしようなんて、馬鹿な人間だぜ」
むしろ楽しそうにそう言うと、弓を素早く背に戻して馬の横腹を蹴ります。
「そら行け、黒星! 俺たちはまずあいつからだ!」
黒い馬がいななきを上げ、また激しく駆け出しました。たちまち小柄な盗賊に駆け寄っていきます――。
ゼンより先に盗賊たちに迫りながら、ユギルが言いました。
「あの背の高い男にご注意ください。あの男が両手を上げたら、三秒以上あの男の視線の先に留まりませんように」
「いやに具体的だな」
とオリバンが驚きましたが、その男が本当に両手を伸ばして自分を見たので、手綱を操って視線を避けました。とたんに、すぐかたわらの地面が火を吹きました。野原の枯れ草が燃え上がります。今まで火の気もなかった場所です。
「これで町を燃やしたんだ――」
とフルートが驚くと、その後ろにしがみついていたポポロが言いました。
「これは闇の魔法よ。あの盗賊、闇魔法を使えるんだわ」
「にらみつけたものが可燃物であれば、発火させて燃え上がらせることができるようです。ご注意を、殿下、勇者殿。人も馬も可燃物です」
ユギルが落ちついた声でなかなかすごいことを言います。
すると、フルートがユギルとオリバンを追い抜いて先に飛び出しました。
「ぼくが行きます。ぼくは魔法の鎧を着てるから――」
「おい、フルート!」
オリバンは引き止めようとしましたが、フルートはまっすぐ炎の盗賊めがけて駆けていきました。その後ろにはポポロを乗せたままです。思わず後を追いかけようとすると、ユギルがまた冷静な声で言いました。
「あれは勇者殿のお相手です。殿下は他の連中をお願いいたします。この仮面の盗賊たちは、どうやら皆、闇の魔法が使えるようです。一筋縄ではいかないことでしょう」
「さすがはロムドの一番占者だな。頼りになることばだ」
皮肉たっぷりにユギルに言い返して、オリバンは剣を握り直しました。行く手でフルートが炎の盗賊と激突しようとしていました。双方が剣を手に握っています。他の盗賊たちが、その脇をすり抜けてこちらへ向かってきます。
「よし、来い! 私を相手に選んだことを後悔させてやるぞ!」 オリバンは叫ぶと、これまた馬を走らせて盗賊たちめがけて駆け寄っていきました。
疾走する馬たちから少し遅れて走りながら、二匹の犬たちが話していました。
「ワン、ぼくたちも行きましょう、ルル」
「そうね。フルートもゼンも後ろに人を乗せていたら戦いにくいわ。私たちが風の犬になってポポロとメールを――」
その時、オリバンに迫ってくる馬の上で、太った盗賊が突然身をそらしたのが見えました。そのまま勢いよく顔を前に突き出します。
すると、音を立てて猛烈な風が吹いてきました。オリバンとユギルのマントが吹きちぎられそうなほどはためき、馬たちが思わず二の足を踏みます。
ポチとルルは同じ風に吹き飛ばされそうになって、あわてて地面に爪を立てました。強風をやり過ごして顔を見合わせます。
「ワン、あいつ風を起こしましたよ」
「風使いなのね。上等じゃない。私たち風の犬とどっちが強力か思い知らせてあげましょうよ」
そう言っているそばから、ごうっと音を立ててルルが変身しました。幻の竜のような巨大な風の犬になります。ポチも身を伏せました。その体が爆発するようにふくれあがり、半透明の蛇のような体を長々と伸ばした風の犬の姿になります。犬の時にはポチの方がルルより二回りも小さいのですが、風の犬になった時には二匹ともほとんど同じ大きさです。
二匹の犬たちは宙を飛んで盗賊たちに向かいました。先頭で太った男がまた口をすぼめ、オリバンとユギルに強風を吹きつけようとしています。盗賊たちはもう目の前です。風を食らったところに切りかかられたら、オリバンたちには受けきれません。
「先に行くわよ!」
と言ってルルが飛び出しました。太った男に突撃して、そのかたわらを吹きすぎます。とたんに、男の馬が鋭くいなないて血しぶきを上げました。ルルが風の刃で馬の胴を切り裂いたのです。
膝を折って崩れていく馬の上から、太った男が風を吹きました。風は他の盗賊たちに追い風になりながら、オリバンたちに吹きつけてきます。オリバンとユギルが思わず身構えます。
すると、二人の間をすり抜けてポチが前に飛び出しました。真っ正面から風にぶつかり、そのまま体をひねって力任せに風の向きをねじ曲げます。ごごごぅっとうなりを上げて風がつむじを巻き、上空へと吹いていきます。
他の盗賊たちが叫び声を上げて襲いかかってきました。全員が黒い仮面をつけ、手に手に刀を握っています。その中に一人だけ、もっと短い刃物を両手に握っている男がいました。先ほど、小娘を切り刻むのは何より楽しいと言っていた男です。ユギルが武器を持っていないのを見取って、そちらへ襲いかかっていきます。
「男のくせにえらいべっぴんなヤツだな。その綺麗な顔を切り裂いてやるぜぇ!」
と笑いながら両手のナイフをひらめかせます。
ユギルは手綱を引いて馬を立ち止まらせると、落ちついた声で呼びかけました。
「ルル様、こちらへ――。お相手を願います」
「いいわよ!」
風の犬のルルがすぐさまうなりを上げて飛び戻ってきました。ユギルの目の前で身をひるがえし、ひゅうっとナイフ男の体をかすめていきます。とたんに、男が来ている服の胸がすっぱりと切れてはだけました。まるで、見えないナイフで切り裂かれたようです。ナイフ男が、ぎょっと立ち止まります。
オリバンが三人の盗賊を相手に戦い始めていました。剣がひらめき、刃と刃がぶつかり合います。それ以外の場所でも、次々に戦いが始まっています。
森の手前の野原に刃の音が響き始めました――。