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第9巻「仮面の盗賊団の戦い」

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第6章 コネルア

19.町

 「やっと着いた。コネルアだよ」

 馬にまたがったフルートが、町の始まりを示す門に刻まれた文字を読んで言いました。仲間の少年少女と青年たちが、馬の足を止めて行く手を眺めます。

 彼らが急いできた石畳の道の先に小さな町がありました。周囲に巡らした壁の上から、家々の屋根や教会の尖塔がのぞいています。町の周りに広がっているのは、今は枝だけになったブドウ畑と、冬でもうっそうと茂る針葉樹の森です。森はやがてなだらかな山地へつながり、さらに深い森になっていました。

「どうやら無事だったみたいだな」

 とゼンが町に目をこらしながら言いました。ここへ来る途中、彼らは盗賊たちに壊滅させられた町をいくつも通り過ぎてきたのです。どの町も真っ黒に焼けこげていて、人は誰も残っていませんでした。行く手で街壁や建物の壁が白く光っている光景に、なんだか心底ほっとした気持ちになります。

 けれども、すぐにオリバンがいぶかしそうな顔になりました。

「人の姿が見当たらんぞ。町に人の気配がない」

 フルートたちがオリバンやユギルと合流して丸二日が過ぎていました。彼らが北の街道に入って北上している間に天候は回復して、今日は日差しがいっぱいに降りそそぐ上天気だというのに、町の通りには人影がまったくありません。一行は顔を見合わせると、馬の横腹を蹴ってコネルアの町に駆け込んでいきました――。

 

 町の中を進んでいっても、やはり人はどこにもいませんでした。ゼンやメールが試しに家々の戸をたたいても返事はありません。窓からは、がらんとした部屋が見えるだけです。コネルアの町全体が、まるで廃墟のように静まりかえっていました。

「町の住人はどこへ行ったのだ?」

「盗賊を恐れて町を離れたのかな?」

 オリバンとフルートが同時に言って、それぞれユギルとポポロを振り向きました。

「左様ですね……」

 とユギルは色違いの瞳を細め、ポポロも遠いまなざしをしました。見えない場所を見る目になって、住人たちを捜そうとします。

 すると、先に立って通りを歩いていたポチが、突然鋭くほえました。

「ワン、待ってください! みんな止まって!」

 驚いて馬を止めた人々の足下で、ルルも言いました。

「進んじゃだめよ、みんな。あそこに罠が張ってあるわ」

「罠?」

 ゼンが馬を下りてかがみ込み、ルルが示す場所をすかして眺めました。きらりと銀色に光る線が見えます。

「なぁる、極細の針金だ。とすると――」

 そのまま鋭い目を道の両脇に向けながら立ち上がります。

「下がってろ。危ねえぞ」

 と仲間たちに言いながら、自分は逆に進んでいって、道の上に張り渡された針金に足を伸ばし、靴先に引っかけて勢いよく引っ張ります。

 とたんに、ガラガラッと両脇の家の間から音が響いて、何本もの丸太が倒れかかってきました。勢いよく石畳の道の上に落ちて、行く手をふさぎます。激しい音に馬たちが驚いていななき、後ずさります。

「単純な罠だな。馬や人がここを通り抜けるときに引っかかるようにしてあったんだ」

 とゼンが言うと、ユギルがさらに先の方を指さしながら言いました。

「ご注意を。罠はまだいくつも仕掛けられております」

 けれども、針金はとても細いので、他の者たちの目にはほとんど見えませんでした。メールが肩をすくめました。

「盗賊に用心して仕掛けたんだね。でも、関係ないヤツが通りかかって巻き込まれるとは考えなかったのかな?」

「すぐ北隣のカドの町が襲われているのだ。自衛に死にものぐるいなのだろう」

 とオリバンが考え込むように言いました。やっぱり町の中に住人の気配はありません。罠を仕掛けたまま、町を捨てて逃げ出したのでしょうか……。

 

 すると、突然リンリンと鈴の鳴る音が響いて、家々の間から路上に何かが飛び出してきました。小さな黄色いボールです。丸太が何本も倒れた先の石畳を転がっていきます。意外な光景に一同は思わず身構えました。これも何かの罠だろうかと考えます。

 すると、続いて一人の子どもが出てきました。まだ足下もおぼつかない、幼い子どもです。小さな体を丸め、自分が転がりそうな様子でボールを追いかけていきます。リンリンリン、と鈴の音が鳴り続けます。

 とたんにフルートは、はっとしました。子どもの行く手に、きらりと光る銀色の線があったのです。黄色いボールが針金の罠の下をくぐり抜けていきます。小さな子どもは罠になどまったく気がつきません。ただボールを追って走っていきます。

「いけない!」

 フルートはとっさに馬から飛び下り、丸太の上を飛び越えました。子どもを引き止めようとします。が、一瞬遅く、子どもは針金に足を引っかけました。そのまま前のめりに転びそうになります。

 とたんに、ガラガラッと道の両脇から音が響きました。

「危ない!!」

 と仲間たちは思わず叫びました。太い丸太が何本も子どもの上に倒れかかっていきます。

 フルートは地面を蹴って子どもに飛びつきました。腕の中に抱え、体でかばいながら路上を転がります。そのすぐ後ろに丸太が落ちました。激しい音と共に木片が飛び散り、金の鎧に当たります――。

「フルート!」

「おい、大丈夫か!?」

 仲間たちが丸太を乗り越えて駆けつけてきました。フルートは顔を上げました。

「うん。なんとかね」

 小さな子どもは泣くこともなく抱かれていました。何が起きたのかまったくわかっていないようで、近くに転がっている黄色いボールを取ろうと、フルートの腕の中で身をよじって手を伸ばしています。一歳過ぎくらいの男の子です。

 とたんに、フルートは、ふっと表情を変えました。改めて子どもの顔をのぞき込みます。その子どもは、大きな灰色の瞳をしていました――。

 

 その時、ゼンが緊張した声を上げました。

「おい!」

 他の者たちもいっせいに周囲を見回します。

 太い丸太が散乱する通りに、いつの間にか十数人の男たちが現れて、彼らを取り囲んでいたのです。手に手に弓矢や剣を構えて、切っ先を彼らに向けています。男たちは皆普段着姿です。仮面もつけていません。

 すると、男たちの方でも口々に言いました。

「仮面をつけていないぞ!」

「盗賊団じゃないのか!?」

 ユギルが穏やかに言いました。

「町の住人ですね。罠の音に隠れ家から駆けつけたのでしょう」

 そこで、オリバンが男たちに向かって言いました。

「我々は敵ではない。盗賊団を退治するためにロムド城から来たのだ。おまえたちはコネルアの住人だな? 他の者たちはどこにいる」

 オリバンはロムドの皇太子ですが、最近まで辺境部隊と共にいて人前には姿を現さずにいたので、国民にほとんど顔を知られていません。男たちも、それが自分たちの皇太子だとはまったく気がつきませんでしたが、オリバンの放つ威圧感に、たちまちそのことばを信用しました。

「ロムド城から……!」

 と泣き笑いするような安堵の表情を見せます。残虐な盗賊団の襲撃に神経をとがらせ、おびえきっていたのです。

「町の者たちは森の中に隠れてます……。洞窟がいくつもあるんで、そこに別れております」

 とまだ若いオリバンに向かって丁寧に答えます。

 

 ところが、そこへ若い女の声が聞こえてきました。

「ロキ――! ロキ、どこなの――?」

 勇者たちは、いっせいにはっとしました。

 フルートが腕の中の小さな子どもを見下ろします。

 通りに一人の女の人が出てきました。きょろきょろとあたりを探し回っていましたが、丸太が散乱した通りと人々の姿に目を見張り、フルートが抱いている子どもを見たとたん声を上げました。

「ロキ!!」

 駆け寄って子どもを抱き上げ、少年の顔を見てまた目を丸くします。

「まあ、フルートじゃないの! どうしてこんなところに!?」

 やっぱり……とフルートは考えました。一年半前、生まれたばかりの赤ん坊を腕に、「この子の名前はロキなのよ」と言っていた若い母親だったのです。

 一同は、母親に抱かれた小さな男の子を声もなく見つめてしまいました。子どもの方でも彼らをじっと見ています。その瞳は大きな灰色、髪は茶色い色をしていました。まるで――北の大地に住むトジー族のように。

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