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第9巻「仮面の盗賊団の戦い」

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18.残虐

 町の中は血の臭いでいっぱいでした。

 道ばたにも家の前にも中にも、死体がごろごろ転がっています。刀で切りつけられ、矢を全身に突き立てられて絶命した人々です。男も女もいれば、年寄りも若者も、子どももいます。

 逃げていくところを追い詰められ、背中から切りつけられたとわかる死体は、行く手をさえぎる壁に血しぶきを飛び散らせていました。倒れながら必死で助けを求めたのでしょう。壁に長く深い爪痕が残っていました。

 木造の大きな建物を、馬に乗った男たちが取り囲んでいました。全員が顔の上半分を黒い仮面でおおっています。手に手に血で汚れた刀を握り、仮面や服にも血の斑点を散らしています。仮面の左側には紅い血が筋になって流れていますが、それは模様でした。男たちはかすり傷一つ負っていません。血しぶきはすべて、彼らが切り殺した人々のものでした。

「生き残ってた奴らは全員閉じこめたか?」

 と一人が他の者たちに尋ねました。

「ざっと五十人かな。かんぬきなんかかけて、立てこもってるつもりだぜ」

 と小柄な男が答えました。男たちは皆、同じ黒い仮面をつけていますが、体格はそれぞれに違います。

 彼らの目の前の木造の建物は学校でした。戸をぴったりと閉じ、窓から外の盗賊たちの様子をうかがっています。町の住人たちが逃げ込んでいるのです。

「あいつらは外に出たくねえんだ。絶対に出すなよ」

 とまた別の男が楽しそうに言いました。先の小柄な男が肩をすくめるように笑いました。

「出たくたって出られないぜ。俺が『押さえて』いるんだからな」

 けれども、そう言った男は馬にまたがっていて、どこも押さえてなどいませんでした。

 

 すると、一同の中でも特に痩せた男が、仮面をつけた顔を上げ、鼻を高く突き出すようにして、くんくん、と匂いをかぎました。

「まだ『匂う』ぞ――そっちの方向だな。そこの家の中あたりが怪しいんじゃねえのか?」

 と近くの家を指さします。

「どれ」

 と言ったのは太った男です。黒い仮面を家に向け、ふうぅ……と大きな息を吹きつけます。とたんに、町の通りにすさまじい風が巻き起こり、一瞬で建物の壁と屋根を吹き飛ばしてしまいました。中の家具も一緒に飛ばされます。その中に白髪頭の男がいました。住人が隠れていたのです。

「ひとりだけでそんなところにいるんじゃねえよ。みんなと一緒にいろ」

 と小柄な男が言って、馬の上から手を伸ばしました。空をつかんだだけですが、とたんに白髪の男の体が高々と中につり上げられました。もがいても腕を振り回しても、まったく抵抗することができません。そのまま見えない手に空中を運ばれていきます。

 と、かんぬきを下ろしたはずの学校の扉が突然開きました。中で様子をうかがっていた住人たちが、ぎょっと後ずさります。白髪の男はその中に投げ込まれ、扉はまた音を立てて閉まりました。

「これで全部だ。始めていいぜぇ」

 と言われて、最初の男がにやりと笑いました。

「よし、それじゃ派手に祭りを始めるとするか!」

 馬の上から両手を突き出します。

 

 とたんに、目の前の建物が火を吹きました。

 今までまったく何ごともなかったのに、建物の中で巨大な炎がはじけたのが窓越しに見え、次の瞬間には窓ガラスを破って炎が外に飛び出してきました。壁の隙間、屋根の隙間からも火が吹き出し、あっという間に建物を炎の中に包んでしまいます。

 数え切れないほどの悲鳴が燃える建物の中から上がりました。ドンドン、と扉を内側から激しくたたく音が響きます。けれども、扉は開きません。壊れた窓から逃げ出してくる人もありません。

「出られねえよ」

 小柄な男が馬の上から建物に片手を向けていました。仮面の下からのぞく口元が、にやにや笑い続けています。

「どれ、ちっと風を送ってやるか――よく燃えるようにな」

 太った男が建物に向かって口をすぼめます。とたんに、ごうっと風が吹き出して炎をあおりました。建物はますます激しく燃え出します。中からは人々の絶叫が響き続けています。

 ガラスのなくなった窓から外へ出ようとするように、二本の手が窓枠をつかんだのが見えました。細い女の手です。けれども、見えないガラスが立ち続けているように、手が窓の空間からはじき返されました。また手が窓をつかみます。また跳ね返されます――。三度目にすがりついた手は、渦巻く炎に包まれて、そのまま見えなくなっていきました。

 

 そこへ数人の別の男たちがやってきました。全員が同じ黒い仮面をつけ、大きな袋を担いで馬にまたがっています。

「しけた町だったが、いただくものはいただいた。引き上げよう」

 と一人に言われて、炎を囲んでいた男たちがそれに従いました。建物はまだ燃え続けていましたが、悲鳴はもう聞こえなくなっていました。ただごうごうという炎の音が響き、火の粉と真っ黒い煙が空に立ち上っていくだけです。

 後から来た男たちが担ぐ袋の一つで、何かがしきりに動いていました。中からたくさんの音が聞こえてきます。

「何匹いた?」

 と建物を炎上させた男が尋ねました。

「八匹。生まれたばかりのもいるから、中で死んでるかもな」

 と聞かれた相手が答えます。けれども、その男が担ぐ袋から聞こえてくるのは獣の声ではありませんでした。人間の赤ん坊と幼い子どもたちの泣き声です――。

「まあ、あとはお頭が好きなようにするだろうよ」

 と炎の男は答え、盗賊たちは一団となって駆け去りました。

 血に染まり、煙の漂う町の中、燃える建物が音を立てて火の中に崩れていきました――。

 

 森の奥の隠れ家に到着すると、二人の男たちはまっすぐ首領の部屋へ向かいました。炎を使った男と、泣き声のする袋を担いだ男です。炎の男は、今日の襲撃のリーダー役を務めていたのでした。

 分厚い絨毯やカーテンで何重にもおおわれた部屋の真ん中で、彼らの首領がのんびりと長椅子に横になっていました。まるで貴族か王族のような態度ですが、痩せた体は鍛え上げられていて、そんな恰好をしていても一分の隙もありません。その顔の上半分は、やはり仮面におおわれていました。手下たちのような黒ではなく、艶のない白い仮面です。左半分には流れる血のような模様がありましたが、白い色をしている分、その不気味な色はいっそう際だって見えました。

「すんだか」

 と首領が尋ねました。かたわらのテーブルに酒を置いて手酌で呑んでいますが、声は少しも酔ってはいません。ひやりとするような響きがあります。

「へえ、お頭」

 と言って手下たちは担いできた袋を急いでその場で逆さにしました。中から子どもが転がり出てきます。まだろくに話すこともできないような、幼い子どもばかりです。赤ん坊も混じっています。

 暗い袋の中からいきなり外に出された子どもたちは、恐怖と混乱でいっそう激しく泣き出しました。口のきける子どもたちが親を呼び、部屋の中が一気に騒々しくなります。

 それを白い仮面の奥からじろじろと眺めてから、首領は面白くなさそうにつぶやきました。

「違うな」

 また長椅子にもたれかかると、手下たちに命じます。

「次の町を襲いに行け。小さな子どもは殺さずに一人残らず連れてくるんだぞ」

「ですが、お頭!」

 と炎使いの手下が声を上げました。

「俺たちはワロウの町から戻ってきたばかりですぜ? 休みもなしに次の襲撃なんてのはとても――!」

「昼飯にしろ。飯を食ったら、また出かけるんだ」

 首領の命令は冷ややかです。仮面の下からのぞく顔も、まったく表情を変えていません。とりつく島がなくて、二人の手下は部屋を出ました。泣きわめく子どもや赤ん坊はそのまま残していきます。

 

 袋を担いできた男が仮面を外しました。頬に傷のある、いかにもふてぶてしい顔をしています。不満の表情も露わに隣の男に食ってかかります。

「お頭はいったい何を考えてるんだ!? いくらなんでもやり過ぎだぞ! 俺たちを働きすぎで殺すつもりか!?」

 炎使いの男も仮面を外しました。こちらもいかにも盗賊らしい面構えをしています。無精ひげの伸びた顎をなでながら首をひねります。

「お頭は何かを捜しているよなぁ。小さな子どもに執着してるが、ぜんたい、なんでそんなもんを――」

 その時、首領の部屋から騒々しく響いていた泣き声が、突然ぴたりとやみました。そのまま恐ろしいほどの静寂に包まれてしまいます。

 

 二人の手下は顔を見合わせると、あわてて首領の部屋に駆け戻りました。

 扉代わりのカーテンを押しのけて中に飛び込むと、贅沢な絨毯を敷いた部屋の中に子どもや赤ん坊の姿はありませんでした。どこにも気配さえも感じられません。消えてしまったのです。

 白い仮面をつけた首領は、長椅子に横になったままでした。その場所から動いた様子はありません。

 手下たちは気味が悪そうに自分たちの親方を見ました。得体の知れない恐怖に襲われて、子どもたちの行方を尋ねることができません。いつもそうでした。彼らが町や村からさらってきた子どもたちは、いつの間にか首領の前から姿を消してしまうのです――。

 すると、首領の冷ややかな声が響きました。

「てめえら、仮面を外すな」

 手下たちは大あわてでまた黒い仮面をつけました。一瞬でもぐずぐずしたら、自分たちまでが子どもたちのように消されてしまいそうに感じたのです。

 とたんに、彼らの目が仮面の奥で表情を変えました。恐怖が消えて、またふてぶてしい残酷さが戻ってきます。

 それを確かめて、首領は言いました。

「余計なことは考えるんじゃねえ。おまえらは片っ端から町を襲っていけばいいんだ。わかったらとっとと行け」

「へい、お頭」

 二人の手下たちは声を揃えて返事をすると、くるりと背を向けて部屋を出て行きました。自分たちの首領には、もう一言も不満を唱えませんでした。

 首領は、ふん、と鼻で笑って長椅子の中でほおづえをつきました。男の指先で、白い仮面の上の血の模様は、先よりも濃く紅くなっているようでした――。

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