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第9巻「仮面の盗賊団の戦い」

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17.正体

 ひとしきり笑った後、フルートはまた真面目な顔になって言いました。

「オリバン、ぼくたちは北の街道で盗賊が暴れている話は聞いていたし、それが魔王の手下だろうとも思っていたけれど、実際には詳しいことは何も知らないんです。盗賊っていうのはどんな奴らなんですか?」

「ロキがいるコネルアの方が襲撃されてた、っていう噂も聞いたぞ。どうなんだ?」

 とゼンも尋ねます。

 オリバンは、うむ、とうなって太い腕を組みました。

「常識では考えられない連中だな。北の街道に姿を現したのは、つい六日ほど前のことだが、それから連日街道沿いに襲撃を繰り返して、すでに十あまりの町や村が全滅させられている。まるで敵の軍隊が攻めてきているようだ。だが、おまえたちの言うコネルアは無事だな。襲撃を受けたのは、そのすぐ北にあるカドの町だ。百三十人あまりの住人が皆殺しにされた」

 ロキの町が無事だと知って一瞬顔を輝かせた少年少女たちが、たちまち青ざめました。殺された人数が半端ではありません。

「それ、本当に軍隊の仕業じゃないわけ? どこかの国で自分の兵隊に盗賊のふりをさせてるとかいうことはないの?」

 とメールが尋ねると、ユギルが答えました。

「それはあり得ません……。盗賊が現れた場所を考えても、周囲の国々との関係を考えても、どこからもそのような軍勢を送り込んでくる状況にはありません。それに、外国が我が国に軍を動かせば、わたくしの占盤にそれが表れないはずはないのです」

 穏やかな物言いの中に、ちらりと国の一番占者の自負がのぞきます。

「ワン。それじゃ魔王が闇の怪物を盗賊に仕立てている可能性は?」

 と尋ねたポチには、オリバンが答えました。

「盗賊たちは人間だ。襲われた町や村にも、ほんのわずか助かった者がいて、証言している。人数は十数人とも百人あまりとも言われていて、正確な人数はわからないが、全員が馬に乗った男たちで、同じ黒い仮面をかぶっているという話だ」

 

 仮面? と少年少女たちはいっせいに聞き返しました。盗賊や強盗が覆面をする話はよく聞きますが、仮面というのはなんだか意外な気がします。

 オリバンは話し続けました。

「盗賊たちは真っ黒な仮面で顔の上半分をおおっているのだ。不気味な赤い模様がついていて、それが流れる血のように見えるらしい。北の街道の住人は、連中を仮面の盗賊団と呼んでいる」

「仮面の盗賊団――」

 フルートたちは顔を見合わせました。

 ユギルが目の前の占盤を見つめて言いました。

「今、この北の街道には底知れない闇が淀んでいます……。これほどの闇を創れる者は、魔王以外には考えられません。仮面の盗賊団は確かに人間ですが、闇の気配に染まっているのです。闇の中から突然現れて町や村を襲撃し、また闇の中へ駆け戻っていきます。まるでつむじ風のような勢いで、どこが襲撃されるのか、どこへ逃げていくのか、このわたくしにもまったく見当がつきません。国王陛下が派遣されたワルラ将軍たちも同様です。神出鬼没の盗賊たちに、いつも後手に回ってしまって、見つけることさえできずにおります」

 ユギルが見ている占盤は、他の者たちにはただの石の円盤にしか見えません。そこに映し出される象徴は、ユギルの心の目にしか読み取れないのです。フルートは荷物から自分の地図を取り出して広げました。北の街道の西側を走る細い道を指でたどりながら言います。

「ぼくたちは今、この横道にいる。ここを東に向かえば北の街道だ。そして、ロキがいるコネルアは、北の街道の真ん中あたりになる……。仮面の盗賊団はどのあたりに出没するんですか?」

「それこそ、中部あたりだな。だが、そうは言っても広い。しかも、その街道の近辺は山地で、大小の森が広がっている。以前から盗賊や強盗団の根城になっていた場所だ」

 とオリバンが話します。

「その昔からの盗賊や強盗は?」

「仮面の連中が現れてから姿を見せていない。恐れをなして森に潜んでいるのかもしれんな――」

 とたんにフルートは考え込みました。その様子に、なんだ? とゼンが尋ねます。

 

 フルートはさらに少し考え込んでから話し出しました。思い出すような口調でした。

「三年前、ぼくが初めて金の石の勇者としてロムド城を旅立ったとき、ぼくは最初に北に向かったんだ。ユギルさんが、北の峰へ行けばきっと仲間を見つけられる、って言ったから」

 ゼンは目を丸くしました。

「おう……。ドワーフの洞窟で俺と初めて会ったときのことだな。で、それがどうした?」

「うん。あの時にも、ぼくは北の街道を旅したんだ。あの時はロムド全体を黒い霧がおおっていて、やっぱり闇の気配が街道を包んでいた。盗賊たちにも襲われたんだよ。ぼくを金持ちの貴族の子どもだと思ったみたいでさ――。不気味な霧に包まれているって言うのに、盗賊たちはすごく威勢が良かった。ほら、森や山の生き物たちだってそうだったじゃないか。大部分は闇に恐れをなして隠れていたのに、一部の生き物だけは、逆に凶暴になっていた。闇を多く持つ者や闇に近い生き物たちは、闇の気配を感じると逆に元気づくんだよ」

 それを聞いて、ルルがうなずきました。

「その通りね。さっき吹雪の中で出会った怪物もきっとそうだわ。闇の濃い北の街道に行って、そこで暴れるつもりだったんでしょうね」

 すると、フルートが地図の北の街道を指さしたまま言いました。

「盗賊や強盗たちは闇に近い者たちだから、絶対に勢いづいているはずだ。なのに、よそ者の盗賊団が北の街道に来て好き放題暴れていても、何もしないってのはおかしな気がする。自分たちの縄張りが荒らされてるんだ。盗賊団同士で争いが起こったって不思議はないんだよ」

 大真面目でそんな話をするフルートを、ゼンがあきれて眺めました。

「おまえなぁ……正義の味方のくせに、そんな裏の世界のことまで読むなよ。ま、確かに言うとおりだけどよ」

「ユギル」

 とオリバンが占者を振り向きました。銀髪の青年は占盤をのぞき続けています。

「闇が濃いので、詳しくは見えません。ですが、確かに北の街道でそのような抗争が起こった様子はありませんし、これからもないだろうと占盤が言っています。と言うよりも、北の街道からこれまでの盗賊たちの象徴が消えてしまっているのです。――どうも面白くない気配がいたしますね」

「どんな気配だ」

 とオリバンが聞き返します。

 ユギルは色違いの瞳を細めました。占盤をおおう闇を何とか見透かそうとするように、じっと目をこらしながら言います。

「仮面の盗賊団……その正体は、よそから来た者たちではないのかもしれません。これほど凶悪な者たちならば、必ずそれは象徴となって、街道へ向かう姿が見えたはずなのに、連中が襲撃を始めるまで、わたくしにはその存在がわからなかったのです。それは、この盗賊団がこの場所で生まれたものだからなのかもしれません……」

「どういうことだ? 意味がわかんねえぞ!」

 とゼンが声を上げると、フルートが言いました。

「北の街道にもともといた盗賊や強盗たちが、仮面の盗賊団になったのかもしれない、っていう意味だよ。魔王に凶悪な盗賊集団に変えられたんだ」

 ゼンはまた目を丸くして友人を見つめ、すぐにうなずきました。

「なるほど。それならわかった」

 

「ねえさぁ、魔王ってのはデビルドラゴンが取り憑いた依り代によって能力や手下の種類が違ってくる、って前に話したよね――」

 とメールが言いました。

「盗賊たちを凶悪な殺人集団にして従えるような魔王の正体って、いったい何なんだろうね?」

 一同は思わず考え込みました。が、いくら考えても、今はまったく思いつきません。

「まずは盗賊団を捕まえるしかないだろうな。そうすれば、その上に何者がいるのかわかるだろう」

 とオリバンが重々しく言います。

 フルートはうなずくと、一同を見回して言いました。

「明日の朝、吹雪がおさまったらまた北の街道へ出発する。とにかく、ロキがいるコネルアに急ぐんだ。盗賊退治の作戦は、そこで練ることにしよう」

 例え年上のオリバンやユギルがいても、このグループのリーダーはフルートです。全員がその決定に承知しました。

 

 一同がいる建物の外では、風がうなり続けていました。雪もまだやむ様子はありません。

 けれども、彼らが目ざす北の街道がある方角では、空が少しずつ明るくなり始めていました。雪の中、ゆっくりと朝焼けに染まっていきます。

 それは流れる血のような、不気味な紅い色でした――。

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