「勇者フルートの冒険」シリーズのタイトルロゴ

第9巻「仮面の盗賊団の戦い」

前のページ

16.納屋

 闇の怪物が消えたのを見て、ポポロが駆け寄ってきました。

「フルート!」

 ポポロの魔法使いの目は、夜の中でも人の表情を読み取ることができます。金の石の光で怪物を消滅させたフルートが、まるで自分自身に痛みを感じているように顔を歪めているのを、はっきりと見ていたのでした。

 呼び声に我に返ったように、フルートが振り向きました。馬から飛び下りて、自分からポポロの方に駆け寄ります。

「ごめん、ポポロ。放り出したりして。怪我はしなかった?」

 心配そうに尋ねるフルートは、もういつもの優しい表情に戻っていました。ううん、とポポロは首を振りました。

「雪が積もっていたから、全然何ともないわ。ポチやルルも大丈夫よ」

 言いながら、なんだか泣きたいような気分になってきます。フルートは怪物に攻撃する前に、ポポロや犬たちを馬から投げ出していったのです。戦いに巻き込んでしまわないために――。

 ゼンはメールやルルと今まで怪物がいた空間を見ていました。

「あのでかぶつ、フルートが金の石の勇者だって気がついてねえみたいだったな。単なる通りすがりの怪物か?」

「それにしちゃずいぶん危なそうなヤツだったね。吹雪の時って、あんなのが出やすいのかな?」

 とメールも言います。ルルが考える顔で答えました。

「たぶん、北の街道の闇の気配に引き寄せられていたのね。闇の怪物は、闇の濃い場所へ集まっていく習性があるから」

 オリバンの方は、馬から下りて従者にかがみ込んでいました。闇の触手に生気を吸われた男は、まだ倒れたまま起き上がれずにいます。

「ワン、大丈夫そうですか?」

 とポチが近寄って尋ねました。男は死人のように青ざめていますが、それでも他の従者たちの呼びかけに返事をしていました。

 オリバンは答えました。

「なんとかな。金の石の光が癒してくれたので、命はとりとめた」

「ワン。でも、金の石は生気まで回復はできないですからね。どこかでしっかり休ませてあげないと」

 すると、ユギルがこの世ではない場所を見るまなざしで言いました。

「このまま街道を東へ参りましょう。途中で一夜の宿を借りられます」

 ロムドの一番占者のことばは確実です。一同はすぐにまた馬に乗ると、負傷した従者を仲間の従者が注意深く抱きかかえて、東へと進み始めました。

 やがて、一行はユギルの占い通り、途中の農家の納屋を借りることができました。納屋と言っても、農夫が作業小屋に使っている煉瓦造りのしっかりした建物で、奥の壁には暖炉もあります。暖炉に火を起こして部屋が暖まってくると、全員がほっとした気持ちになりました。干し草を積んだ上にマントを重ね、そこに弱った従者を寝かせます。

「この雪は明朝にはやみます。そうしたらロムド城に知らせをやって、馬車に迎えに来させるとよろしいでしょう。心配には及びません。城の魔法医の治療を受ければ、この者もすぐに元気を取り戻します」

 とユギルが保証したので、一同はまた安心しました。

 外ではまた風が出てきていましたが、建物の中は静かでした。吹雪のうなり声が遠く聞こえるだけです。建物が風で揺れることもありません。

 暖炉の前の床に直接座り込んだオリバンが、同じように座っている少年少女たちに話しかけました。

「さて、それでは先ほどの話の続きだな。我々は、魔王が待ちかまえる北の街道におまえたちが向かっているのを知って、止めるために駆けつけたのだが、おまえたちは魔王のことも、これが罠だということも承知の上だった、と言う。おまえたちが守ろうとしている子どもというのは、いったい何者なのだ」

 フルートは金の鎧をつけた膝を抱えていましたが、そう聞かれて答えました。

「名前はロキ。コネルアの町に住んでいて、歳は一歳半くらいのはずです。彼は――ぼくらの友だちの生まれ変わりかもしれないんです」

 オリバンは驚きました。

「生まれ変わり? どういうことだ」

 そこで、フルートは北の大地で友だちになった少年のことをオリバンたちに話して聞かせました。雪と氷におおわれた白い大陸での出会い、大トナカイに乗って北を目ざした旅、数え切れないほどの獣や怪物たちとの激戦、裏切りと和解、自分の命と引き替えにフルートたちを魔王から救った最後の戦い、そしてその後の出来事――。

 フルートが途中でことばに詰まって語れなくなってしまうと、ゼンが話を引き継ぎ、ゼンも口が重くなってくるとポチがさらに語り継ぎました。とても長い物語でしたが、その間、少女たちは口をはさみませんでした。ただ、二人と一匹の少年たちが何度も唇をかみ、つらそうに目を細め、北の大地での戦いを昨日のことのように思い出して語るのを見守り続けます。

 少年たちがすっかり話し終わると、納屋の中はまた静かになりました。外で荒れ狂う吹雪の音だけが、遠く聞こえ続けています。

 やがて、オリバンが、なるほどな、と口を開きました。

「おまえたちが北の大地に渡って魔王を倒し、世界の異変を未然に防いだことは聞いていたが、そんな戦いだったのか。……おまえたちが、そのロキという子どもを特別に思う気持ちは理解できるな」

 と言って、自分の後ろにいた占者を振り向きます。

「どうなのだ、ユギル? そのコネルアにいる子どもは、本当に北の大地にいたロキの生まれ変わりなのか?」

 銀髪の青年は皇太子と同じように床に座り込み、片膝を立てて目の前の床を見つめていました。そこにあるのは黒い大理石を磨き上げた占盤です。右が青、左が金の色違いの瞳が、じっと石の表面を眺めています。

「一年半前の北の大地の戦いの時、わたくしは占盤でずっと勇者の皆様方の象徴を追い続けておりました――」

 ユギル自身はまだ若いのに、語り出した声は、ひどく年をとった人物のようにおごそかでした。

「確かに、お嬢様方は魔王の闇に捕らわれておいででしたし、勇者殿やゼン殿、ポチ殿はそれを救いに北へ向かわれていました。その隣にはずっと、二つの象徴が一緒にありました。闇の少年のロキと、闇のグリフィンのグーリーの象徴でございましょう。ですが、わたくしはそれが闇のものだとは気がつかずにおりました。象徴が闇に染まっていなかったからです……。お嬢様方と一緒に捕らわれていたという、アリアンという方も同様です。占盤の上で、その方たちは闇ではありませんでした。楽しげに転がる灰色の玉と、大きなワシ、それに美しい鏡と見えておりました」

「楽しげに転がる玉? それってロキのことか?」

 とゼンが目を丸くしました。なんだか思いがけない象徴です。

 ユギルは静かに話し続けました。

「占盤にはそのように映ったのです。とても小さな石の玉で、勇者の皆様方を表す光の象徴の周りを、笑いながら転がっているようでした。皆様方を守っていたワシの象徴も、やはり楽しそうな様子に見えていました。……そのロキという少年とグリフィンは、皆様方と一緒に旅をできて、きっと本当に楽しかったのでございましょう。だからこそ、命がけで皆様方を守ろうとなさったのだろうと思います」

 少年たちは顔を見合わせました。なんだか急に胸がいっぱいになってしまって、ことばがまったく出てこなくなります。どこまでも白く凍りついた北の大地の風景の中、えへへっ、と得意そうに笑うロキの顔が浮かんできます――。

 すると、オリバンが言いました。

「それで、私の質問だ。そのロキは、本当に人間に生まれ変わったのか? コネルアにいるという男の子が、本当にそのロキなのか?」

 ユギルが頭を振りました。銀の髪が揺れます。

「わかりません……。わたくしの占いの目は、死者の国まで見通すことはできません。そこに下り、別の命となって生まれ変わったとすれば、象徴もまた変わってしまいます。勇者の皆様方が出会ったという赤ん坊が、本当に北の大地のロキの生まれ変わりかどうか、確かめることはできないのです」

 なんとも言えない沈黙が、また建物の中を充たしました。少年たちがうつむいてしまいます。自分たちはただ思いこみで行動をしているのだろうか、という不安が胸の内をよぎっていきます。

 その時、暖炉の前に座っていたポポロが、ふいに声を上げました。

「そこにいるのは、きっと本当にロキです。だから、魔王もそれを狙っているんです」

 いつも本当におとなしくて控えめなポポロです。どんなに一生懸命言っても、蚊の鳴くような細い声にしかなりません。それでも、少女のことばははっきりと聞こえました。強く信じようとする響きです。

 メールがその隣で肩をすくめました。

「ポポロの言うとおりさ。それに、例えそれが本当はロキでなかったとしたって、あたいたちは絶対に助けに行くよ。だって魔王に狙われてるんだからね」

「そうよ。金の石の勇者の一行として、放っておけるわけないわ」

 とルルも言います。

 少年たちは目を丸くしました。少女たちが自分たちを励ましてくれているのを、はっきりと感じたのです。気弱になったことを恥じるようにちょっと顔を赤らめ、なんとなく笑顔になります。

 ふむ、とオリバンはつぶやきました。太い腕を組んで少しの間考え込んでから、落ちついた声でこう言います。

「では、私も共に戦おう。私はロムドの皇太子だ。ロムドを襲う魔王や盗賊どもを金の石の勇者たちだけに任せるわけにはいかない」

 それを聞いて、同行してきた従者たちは仰天しました。殿下、危険でございます、国王陛下のご許可がありません、それにザカラス新王の戴冠式に出席するご予定が……と口々に止めようとします。

 けれども、皇太子は考えを変えようとはしませんでした。また後ろを振り返って言います。

「良いな、ユギル。私は彼らと共に北の街道へ行くぞ」

「一つだけ条件を呑んでいただけましたら、殿下」

 と占者の青年が落ちつきはらって答えます。

「条件――? なんだ」

「わたくしも、殿下と共にお連れくださいますように」

 この返事には、オリバンだけでなく、勇者の少年少女たちも驚きました。

「ユギルさんも一緒に来てくれるのか!? ホントかよ!?」

 とゼンが聞き返したので、ユギルは穏やかにほほえみました。

「きっと殿下程度にはお役に立てるかと存じますが」

 とたんにオリバンが口を尖らせました。

「殿下程度には、というのはなんだ、ユギル? なんだか、私があまり役に立たないような言い方ではないか」

 生真面目な雰囲気が急に変わって、少年のような表情がのぞきます。

 一同は思わず声を上げて笑ってしまいました――。

素材提供素材サイト「スターダスト」へのリンク