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第9巻「仮面の盗賊団の戦い」

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14.吹雪

 北の街道を目ざして東へ急ぐ一行を、その夜、吹雪が襲いました。夕方から降り出した雪が風と共に吹きつけ、次第に強くなっていきます。

 普通のランプを掲げていてはすぐに風に吹き消されてしまうので、ゼンは北の峰から持ってきた灯り石(あかりいし)を自分の腰に下げていました。自ら光を放つ魔法の石です。それが暗闇の中を進む目印でしたが、雪が激しくなるに従って、光が見えにくくなってきました。フルートは鎧の外に金の石を出していましたが、その光も吹きつける雪の中に見えなくなってきます。夜道を急いで駆けていた馬たちの足取りが、どんどん遅くなり始めます。

 フルートは風の中に呼びかけました。

「ゼン――! ちょっと待って! これ以上走るのは危険だよ!」

 馬自身がもう吹雪の中を見通せなくなっていて、走り続けてはちりぢりになる危険があったのです。ゼンは手綱を引いて馬を停まらせ、仲間たちが合流するのを待って、今度は馬を歩かせ始めました。

 吹雪がうなりながら彼らをたたき続けます。夜の暗がりの中に、白い風が渦を巻いているのがわかります。行く手はまったく見えません。白い闇の中にいるようです。それでも、ゼンはためらうことなく進み続けました。ドワーフはどんな闇の中にあっても、自分のいる場所や方角を見失うことがありません。その血をひくゼンも、決して迷うことはないのでした。

 痛いほどの雪と風に顔をたたかれ、少年と少女たちは無口になっていました。お互いを見失わないように寄り添いながら、ただゆっくりと進み続けます。風の音がいたる場所でうなり続けています。無数の風の犬が叫びながら駆けめぐっているようです。

 

 すると、ふいにルルが声を上げました。

「ポポロ!」

 振り向いた仲間たちは、ぎょっとしました。馬を進ませていたポポロが、その鞍の上からゆっくりと滑り落ちていったのです。降り積もった雪の中に、どさりと落ちます。

「ポポロ――!」

 フルートが馬から飛び下りました。あわてて少女を抱き上げます。

 ポポロは震えていました。雪に受け止められたので怪我はないようですが、抱かれても目を開けることができず、返事もできません。全身を激しく震わせ、歯を鳴らしながら、体をこわばらせています。フルートが手を当てた顔は、氷のように冷たくなっていました。

 フルートは自分のマントの中にポポロをくるみ込み、強く抱きしめました。そのマントやポポロのコートの裾を、吹雪は激しくはためかせます。どれほど強く包み込んでも、風がその中に入り込んできます。ポポロは氷点下の風に体温を奪われて、寒さに動けなくなってしまったのでした。

「ポポロ、ポポロ――!!」

 フルートが必死で呼び続けると、やっと少女が目を開けました。唇を震わせながら、ごめんなさい……と小さな声で謝りますが、それ以上はことばが続かなくて、また口と目を閉じてしまいました。フルートの腕の中で震え続けます。

 フルートは唇をかみました。フルート自身は魔法の鎧を着ているので寒さを感じません。己のうかつさを呪いながら、ポポロを抱いて自分の馬に乗り、鞍の前の籠にいる子犬に呼びかけました。

「ポチ、ポポロを暖めてあげて」

「ワン、わかりました」

「私もそっちに行くわ」

 とルルもポポロの馬の上から飛び移ってきました。ポポロをくるんだマントの中に潜り込み、二匹でその体を暖め始めます。

 

 ゼンが馬から下りて、ポポロの馬の手綱をフルートの馬に結びつけていました。乗り手がいなくなってもはぐれないように、つないだのです。それから、もう一人の少女を見上げます。

「メール、おまえも寒いんだろう。こっちに来い」

「な――なんでさ。あたいは平気だよ!」

 とメールが言い返しましたが、その声はやっぱり震えていました。メールはコートの下に袖無しのシャツと半ズボンを着ているだけです。ポポロと同じように、コートの隙間から入り込んでくる風に体温を奪われていたのでした。

 ゼンはさっさとメールの馬を自分の馬につなぐと、また馬にまたがって手を伸ばしました。子猫か子犬でもつかまえるように、ひょいとメールを自分の後ろに移してしまいます。

「きゃっ! な、何すんのさ! あたいは平気だって――」

「いいから一緒に乗ってろ! 寒さを甘く見てると死ぬぞ。俺にできるだけ貼り付いて、風を防いでろ!」

 ゼンは乱暴にそう言うと、返事を待たずに馬を歩かせ始めました。メールの馬が、おとなしくそれについてきます。

 迫力負けしたメールは、ゼンの腰に両腕を回しました。初めは渋々と、すぐに、ぴったりと背中に体を寄せてきます。痩せた体が小刻みに震えているのが、毛皮の服を隔てても、はっきりと伝わってきて、ゼンは思わず舌打ちしました。

「ったく。強がるのもいい加減にしろ、鬼姫」

 

 メールを後ろに乗せたゼンと、ポポロと犬たちを抱きかかえたフルートは、吹雪の中を進み続けました。夜明けまではまだかなりの時間があります。風はいっそう強まり、雪もますます激しくなっています。本当に、ここがどこなのか、周囲の様子がどうなっているのか、まったくわかりません。

 フルートはゼンに尋ねました。

「北の街道まで、あとどのくらいかかると思う?」

「わかんねえ」

 とゼンは答えました。

「進んだ距離は見当がついても、街道までどのくらいあるのか、それがわかんねえからな。あの地図は人間の作ったもんだから、距離まで正確にぴったり、ってわけじゃねえんだろう? しかも、この吹雪だ。全然先が見えねえ」

 いくら夜目の利くゼンでも、吹雪の中まで見通すことはできないのです。こういう場面で頼りになる魔法使いの目も、ポポロが寒さで動けなくなっている今は使えません。震え続ける少女たちを気づかいながら、ただ馬を進めていくしかありませんでした。

 

 ところが、それから一時間ほど過ぎた頃、突然ポチがマントから頭を出しました。耳をぴんと立て、行く手の吹雪と闇をにらみながら、ウゥーッとうなり始めます。

「ワン、馬の鼻息の音が聞こえます……。人の気配も。誰かいますよ。それも、一人や二人じゃない」

 フルートとゼンはたちまち緊張しました。この吹雪の中、しかも、こんな真夜中にいるのが普通の人間のはずはありません。

「盗賊か!?」

 と二人同時に聞き返すと、ポチは答えました。

「わかりません。だけど、かすかだけど防具の匂いが伝わってきます。剣の匂いも――」

 少年たちは馬を止めました。どうしよう、と青ざめた顔を見合わせてしまいます。こんなに早く盗賊と出くわすとは思ってもいませんでした。少女を抱き、後ろに乗せた状態で戦うのは、どう考えても困難です。しかも、周囲にはまだ吹雪が荒れ狂い続けているのです。

 すると、ポポロがフルートの腕の中でもがきました。

「下ろして、フルート……あたし、もう大丈夫よ」

 フルートは思わず強くポポロを抱き直しました。確かに、犬たちに暖められてポポロはまた話せるようになっていましたが、その体はまだ小刻みに震え続けていたのです。夜が更けて、気温はますます下がっています。強い風が寒さをさらにつのらせます。

「どこから来るのさ?」

 とメールが尋ねました。その声もまだ寒さに震えています。ゼンが行く手をにらみつけながら答えました。

「見えねえ……。この雪と闇だ。向こうにもこっちは見えねえと思うんだけどな」

 ポチが鞍の前の籠に飛び込み、吹雪の中に耳を澄ましました。

「ワン、近づいてきますよ。まっすぐこっちに向かってきます」

 少年たちはまた緊張しました。どういう方法かはわかりませんが、向こうにはこちらの場所がわかっているようです。

 ルルがポチの籠に飛び込んできて、ウゥゥーッとうなりました。

「吹雪でさえなかったら、変身して戦ってやるのに!」

 と悔しそうに言います。ポチとルルは、吹雪の中では風の犬になれません。激しい雨や雪の中で変身すると、風の体を散らされて消滅してしまうのです。

 

 吹きすさぶ雪と風の中、行く手から近づいてくる馬の足音が、フルートたちにも聞こえてきました。ザクリザクリと凍った雪を踏む音です。確かに、一頭や二頭ではありません。

 フルートは左腕でポポロを抱きしめ、右手を背中の剣にかけました。黒い剣の柄を握ります。火の魔力を持つ炎の剣(つるぎ)です。ゼンも腰からショートソードを抜きました。行く手から敵が現れたら、即座に切りかかっていこうと手綱を握りしめます。背中でメールが同じくらい緊張して身構えているのが伝わってきます――。

 ふいに風が弱まりました。横殴りの雪が頭上から降りしきるようになります。雪を透かして、行く手に灯りが見えました。数頭の馬が灯りを囲むように進んできます。馬の上に人影も見えます。

 その瞬間、フルートは迷う顔になりました。ためらうように右手の剣を放し、改めて握り直します。炎の剣ではありません。切れ味は良いものの、何の魔力も持たない銀のロングソードです。夜の闇と雪の中、そんなフルートの変化を見る者はありません。ただ、ポポロだけが、抱かれた腕を通じて、少年のとまどいを感じ取っていました。

 雪の中に馬たちが立ち止まりました。先頭の馬に大きな人影が見えます。じっとこちらをうかがっているようです。少年たちは敵が襲いかかってきた瞬間に迎え撃とうと、全身の神経を張り詰めました。剣を握るフルートの手の内側が、冷たい汗に濡れていきます……。

 

 すると、突然人影がどなりました。

「貴様らは死ぬ気か――!? この大馬鹿者が!!」

 まだ若い男の声です。

 フルートたちは、ぽかんとしました。この声はよく知っています。彼らに向かってこんな言い方をする人物も、世界中にたった一人しかいません。

 少年と少女たちは思わず声を合わせて叫びました。

「オリバン!?」

 彼らの行く手に馬に乗って現れたのは、大柄なロムドの皇太子だったのでした――。

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