金の石が魔王の復活を告げ、フルートたちがロキを助けるために出発して六日目、一行はビスクの町を経て、北の街道まであと一日の場所にあるクセラという町まで来ていました。夏場でも一週間以上かかる道のりを、彼らは急ぎに急いで駆け抜けてきたのです。
ところが、そこから北へ向かえば目ざすコネルアの町まで一本道だというのに、彼らは足止めを食らってしまいました。コネルアの手前の橋が落ちていて、川を越えることができない、と立ち寄った雑貨屋で聞かされたのです。
「なぜですか!?」
とフルートは通行止めを教えてくれた店員に食ってかかりました。
「どうして橋が――!? 他にコネルアに行ける道はないんですか!?」
「道はあるよ。北の街道へ行く道は何本もあるからね。南回りでコネルアに行くことはできるさ。でも、今そっち方面に行くのはやめておいたほうがいい。国王陛下からも、北の街道への立ち入り制限の命令が出ているんだ」
まだ若い店員が親切に教えてくれます。少年少女たちは顔を見合わせてしまいました。国王が街道の通行を制限するとはただごとではありません。
「あんたたち、このあたりの人間じゃないね」
と店の奥から口ひげを生やした店長が声をかけてきました。
「最近の北の街道の騒ぎを知らないんだろう? 悪いことは言わない。命が惜しかったら、北の街道には立ち入らないことだ」
「何が起きているんですか――?」
「怪物でも出るのかよ!?」
フルートとゼンは口々に尋ねました。
「盗賊だよ」
と店員が答え、意外な答えに驚くフルートたちに、さらに説明してくれました。
「北の街道には以前から盗賊が出没したんだけどね、問題の連中は、突然どこからともなくやってきて、街道沿いの町を片っ端から襲い始めたのさ。とても残虐な連中で、根こそぎ金品を盗んで、住人を皆殺しにして、家に火を放っていくんだ。連中が現れたのはほんの数日前だって言うのに、もういくつもの町が全滅させられているんだよ……。国王陛下はすぐに軍隊を派遣されたけれど、それに抵抗した盗賊たちが、北の街道に通じる橋を落としたのさ。コネルアに通じる橋もそうだよ」
まあ、おかげで盗賊がこっちへやってくる心配もなくなったんだけれどね、と店員は続けましたが、フルートはもう聞いていませんでした。叫ぶように尋ねます。
「住人は!? コネルアの人たちはどうなったんですか!?」
「あんたたち、コネルアに知り合いがいるのかい」
と店長が言いました。真っ青になっている少年少女たちを気の毒そうに眺めます。
「橋が落とされたのは一昨日の夜のことだよ。その前に、コネルアの町の方角の空が真っ赤に染まっていたって話だ。おそらくコネルアの町も盗賊の連中に――」
フルートたちは店長の話が終わる前に店を飛び出しました。外につないであった自分たちの馬に飛び乗り、そのまま町の外へと走り出ます。町の郊外には雪におおわれた畑や林が広がっています。一行は人目を避けて林の中に入り込み、そこでようやく話し始めました。
「やべぇぞ! どう考えたって、盗賊ってのは魔王の手下だ!」
とゼンがどなると、ポチがうなずきました。
「盗賊ってのは、普通、どんなに残虐に見えても、よほどのことがなければ町を全滅させたりはしないんですよ。そんなことをしたら、次にまたそこを襲うことができなくなるし、領主や国王の警備隊からたちまち目をつけられますからね。この盗賊たちはどう聞いてもやり過ぎです。尋常じゃない」
「ポポロ、コネルアを透視できる? あっちの方角になるけど」
とフルートが北を指さして見せました。ポポロは遠いまなざしになりましたが、すぐに首を振りました。
「だめ……全然見えないわ。闇が淀んでいて見透かせないのよ」
やっぱり、と一同は考えました。闇が北の街道を襲っているのです。
「さっき、店員は別の道からコネルアに行けるって行ってたよね? どのルートさ?」
とメールが尋ね、地図が広げられました。
「今、ぼくたちがいるクセラはここ……西の街道と北の街道の中間にある町だ。ここから北上すれば、北の街道と合流するところにコネルアの町があったんだけど、その手前の橋が落とされている。だとしたら、東へ向かって、ガズムの宿場町から北の街道に入るか――」
「もっと南側に王都ディーラに行く道もあるのね。ロムド城に助けを求めることもできるんじゃない?」
とルルが言います。
一同の脳裏にロムド城の人々の顔が浮かびました。賢王と呼ばれるロムド王、中央大陸一の占者と名高いユギル、頼もしい兄のような皇太子のオリバン、フルートの剣の師匠でロムド王の重臣のゴーリス……これまでずっと彼らを助け続けてくれた人々です。ほんの一瞬、本当にロムド城に駆け込み、事情を話して協力を求めようか、と考えてしまいます。
けれども、フルートはすぐに首を振りました。
「そんな余裕はないよ。コネルアは盗賊に襲われたんだ。ロムド城に回っていたら時間がかかりすぎる。ここから東のガズムへ。そして、北の街道を北上して、コネルアに向かおう」
ゼンもうなずきました。
「だな――。地図を見せろ、フルート。俺が道案内してやる。俺はドワーフだ。方角は絶対に間違えないし、暗がりでも目が見えるから、夜通し先導してやれるぞ」
夜中走ってコネルアに駆けつけようと言うのです。冬場には無茶な行軍ですが、仲間たちは誰一人それに不平を言いませんでした。
ワン、とポチが言いました。
「ぼくとルルが風の犬に変身して偵察してきましょうか? 北の街道の様子がわかるかもしれない」
「いや、それはだめだ」
と即座にフルートが答えました。
「ぼくのそばから離れたら、金の石の守りの力から出ることになる。君たちの姿が闇から見えるようになって、ぼくたちの動きがつかまれるよ」
「全員一緒で駆けつけるしかないってことだね。――そうと決まったら、さっそく行こうじゃないか。ロキを助けにコネルアにさ!」
とメールが言いました。彼女は渦王の鬼姫と呼ばれる戦士です。もう馬にまたがっています。
ゼンがフルートに地図を返しながら言いました。
「道は覚えた。本当に夜通し駆けるぞ。ポチ、馬たちにしっかりついてこいって伝えろ。他の連中は、馬を走らせながら食べられるものを、すぐに取り出せるところに準備しとけ。休憩もとらねえから、覚悟しとけよ」
ワンワン、とポチが馬たちに話しかけました。この子犬は半分普通の犬の血が混じっているので、他の動物たちと会話をすることができるのです。少年少女たちは急いで荷物から食料を取り出し、コートのポケットや鞍の脇の荷袋に詰め込みました。
フルートは顔を上げて北の方角を見ました。その彼方にあるコネルアの町に向かって、心で呼びかけます。
ロキ、待ってろ。今すぐ行くから。絶対に間に合ってみせる。今度こそ、必ず君を助けてみせるから――!
冬の空は灰色の雲におおわれ、今にも雪が降り出しそうに寒々と光っていました。