「ねえ、それで、その子はどこにいるの?」
とルルが尋ねました。金の石が投げる淡い光を受けて、長い毛並みの中で銀毛が光ります。
「ロキが生まれ変わったのかもしれないって子よ。シルの町の住人じゃなかった、ってさっきフルートは言ったでしょう?」
「コネルアって聞いてる……。北の街道にある町だよ」
とフルートが答え、他の仲間たちは以前フルートから見せられたロムドの地図を思い出そうとしました。ポチが言います。
「ワン、ロムド城がある王都ディーラからは、東西南北に四つの大きな街道が出ています。北に向かって延びているのが北の街道です。ブドウの栽培が盛んな地域で、大小さまざまな町が街道沿いにあるんですよ」
すると、フルートが考えながら続けて言いました。
「北の街道はディーラを通って行こうと思うと遠いんだけど、ここからもう少し南にある分かれ道から別の街道に入ると、ビスクの町を通って、まっすぐ北の街道まで出ることができるんだよ。こっちを通れば、大幅に日数を短縮できるんだ」
それを聞いて、ゼンが言いました。
「ってことは、あいつを助けに行くんだな? あいつが住んでる町まで」
「放っておくわけにはいかないよ。魔王が狙っているんだ。守らなくちゃ。――それが本当はロキじゃなくてもさ――」
言って一瞬つらそうに目を細めたフルートに、ふいにポポロが近づいてきました。床に膝をつき、フルートをのぞき込んで言います。
「あたしは、そこにいるのは本当にロキなんだと思うわ……。アリアンはあたしよりもっとすごい透視の目を持っているんだもの。あの人が自分の弟を見間違えるはずがない……。助けに行きましょう、フルート。そして……そして、今度こそ……」
ポポロはとても泣き虫です。大きな瞳がたちまち涙でうるみ、声が震えてそれ以上は言えなくなってしまいます。
フルートは思わず胸がいっぱいになりました。見上げてくる少女の瞳は驚くほど真剣です。フルートが今、何を思っているのか、ポポロにはちゃんとわかっているのです。
フルートは、うなずき返しました。
「うん、行こう。そして、今度こそ――ロキを助けるんだ」
ポポロがにっこりとほほえみました。大粒の涙が頬の上にこぼれていきます。
フルートの隣に座っていたゼンが、膝にほおづえをつきました。
「ったく。なんか、ものすごくうらやましい気がするぞ。おい、おまえもこんなふうに励ましたりしねえのかよ?」
見上げた相手はメールです。長身の少女は肩をすくめました。
「なに馬鹿なこと言ってんのさ。お尻ならいくらでもたたいてあげるよ。さあ、さっさと北の街道へ行く準備を始めな! ってね」
「ちぇ。ほんっとに優しくねえよな、おまえ」
「あんたが優しくしてもらうような性格してないんだろ。そっちこそ、ちっとも優しくなんかないくせに」
「抜かせ。海の鬼姫に何をどう優しくしろってんだ」
「ふんだ。そんなこと言ってるようなヤツには、死んだって優しいことばなんかかけてやるもんか。自業自得!」
いぃーっとメールが顔をしかめて見せ、ふん、とゼンがふくれます。仲がいいくせに、どうもロマンチックな雰囲気とは縁遠い二人です。
フルートは笑い出しました。今まで心のどこかにずっと重くのしかかっていたものが、ほんの少しだけ軽くなってきたような気がします。
仲間たちを見回しながら、フルートは言いました。
「よし、それじゃ回り道だ。ミコンに行く前に、北の街道のコネルアへ。魔王からロキを――」
その時、突然部屋の真ん中に金の光がわき上がりました。
ふくれるように広がった光は、人の形をとり、少年の姿に変わりました。夜目にも鮮やかな金の髪と瞳――金の石の精霊です。驚くフルートたちに向かって、いきなりどなります。
「君たちは! 本当に、何を考えているんだ!?」
少年少女たちはますます驚きました。目をぱちくりさせてしまいます。
「何をそんなに怒ってやがんだ、おまえ……? 俺たちに魔王退治に行っちゃいけねえとでも言うのかよ? 魔王が復活したって教えたのは、おまえだろうが」
とゼンが尋ねると、精霊の少年はいっそう怒った顔と声になって言いました。
「君たちの間抜け加減にあきれているんだよ! まったく。これが罠だってことに気がつかないのか!?」
罠? と皆が聞き返す中、フルートがすぐに、そうか、と気がつきました。
「デビルドラゴンはぼくを見つけようと血眼になってる。ぼくを引っ張り出すために、ロキを捕まえようとしているんだ――」
「そのとおり」
と金の石の精霊が答えました。一瞬でいつもの冷静さを取り戻します。
「君たちの姿は闇から隠されている。ぼくが聖なる力で守り続けているからね。たとえデビルドラゴンや魔王であっても、君たちがどこにいるのか把握することはできない。だから、君たちを見える場所に引き出そうとしているんだ。ロキは君たちを誘い出すための餌なんだぞ」
少年少女たちはことばを失いました。精霊の言いようは辛辣ですが、確かにその通りだと納得したのです。
精霊は言い続けました。
「北の街道へ行けば、そこには魔王の配下が待ちかまえている。闇の敵だ。それと戦えば、魔王には君たちの居場所がわかる。そこにいる、と知られてしまったら、もうぼくには君たちの姿を隠し続けることはできなくなるんだ」
「だけど、あいつをこのまま放っておけるわけねえだろうが!」
とゼンが反論しました。メールも言います。
「そこにいるのは魔王なんだろ? 他の人たちにだってひどいことをするんだろうし、世界にだって。見逃せないよ」
「だからと言って、魔王の期待通りにのこのこ敵の膝元まででかけていく必要はない。ぼくが君たちに魔王の復活を教えたのは、ちゃんと作戦を練ってほしかったからだ。もっと考えろ」
精霊のことばは、いちいちもっともです。
すると、フルートが言いました。
「アリアンは、魔王がロキを捜している、と言った。魔王はまだロキを見つけていないんだ。急げば間に合うかもしれない。ロキを魔王に渡すわけにはいかないんだよ」
仲間たちは、お、という表情をしました。フルートの言い方が、あの確固とした口調に変わってきていたからです。優しく見えるし、実際とても優しいフルートですが、その本質は頑固です。一度自分でこうと決めたことは、誰がなんと言っても変えなくなります。どれほど困難に見えても、危険が待ちかまえているとわかっても、絶対に考えを曲げようとはしないのです。
フルートは金の石の精霊に向かって言い続けました。
「ぼくたちはロキの町に急行する。さすがにこの季節に夜通し走るのは無理だけれど、できる限りの速さで駆けつけて、魔王が見つける前にロキを守る。ロキを魔王に渡したりはしないんだ。――もう二度と」
強い口調に、精霊の少年が圧倒されたように一瞬黙りました。怒った目でにらみ返します。
「君は……本当に馬鹿だな、フルート」
「馬鹿でもいいさ。彼を守れるならね。それに、君は守りの魔石だ。守りに行くぼくたちを止めることはできないはずだぞ」
精霊はますます怒った表情になると、ぷい、と顔をそむけました。
「勝手にしろ」
と言い捨てて、淡い光になって消えていきます。
仲間たちは、複雑な想いでそれを見送りました。精霊が、なんだか今にも泣き出しそうな顔をしたように見えたからです。
けれども、フルートは強い口調のままで言い続けました。
「空が明るくなってきたら、夜明けを待たずに出発するよ。このまま南へ向かって、分かれ道から北の街道を目ざして北上する。ゼン、ルートの打ち合わせだ。メールは宿の人を起こして食事の支度をしてもらって。ポポロはルルやポチと一緒に馬の準備だ。――急げ!」
仲間たちは、はじかれたように動き出しました。少女たちと犬たちが部屋の外に飛び出していきます。
部屋のランプに灯りをつけながら、ゼンはフルートの胸で揺れるペンダントを見ていました。金の石が灯りを返して光っていますが、フルートはペンダントを見ようともしません。ルートを確認するために、テーブルに地図を広げています。
「おまえも苦労するよなぁ……」
金の石に向かって思わず苦笑いでつぶやいたゼンでした。